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第2話 俺のヒールが人生を変えたそうです①―ヒール職なのにモテ期来た件―

ギルドで報酬を受け取った後、俺たちは街の酒場に来ていた。 酒場と言っても、ちゃんとした食事も提供してるし、味も悪くない。 冒険者御用達って感じで、夕飯どきになると満席になるらしい。今はまだ少し早い時間だから、席も空いていて静かだった。上の階は宿屋になっていて、昨夜はここで俺も世話になった。 俺とガウルは、テーブルの隅に向かい合って座っていた。 湯気の立つ具沢山のスープが二つ、木製のトレイに乗って運ばれてきて、目の前に置かれる。 「15万ギニーだ」 ガウルはスプーンを手に取り、スープを一口すすりながら、金の詰まった革袋をジャラッと無造作にテーブルの上に置いた。 一瞬、俺はその金額が理解できずに固まった。次の瞬間には思わず声が裏返る。 「……は?」 「これで、礼は返せたか?」 「え、いやいやいや!? 返せたかって、なにが!?」 信じられない。これ、俺のヒール1発ぶんの報酬ってこと? いや、確かにあのとき助けたかもしれないけど、それって、足に挟まった罠を外して、ちょこっと回復しただけで── 「俺のしたことって、ただのヒールだよ!? 小回復だよ!? 唾つけたようなもんだよ!?」 俺は思わずそう叫んでた。 でもガウルはというと、まったく動じた様子もなく、ただ小さく首を傾げただけ。 「……違う。俺の人生を変えた」 さらっと、そんなとんでもないことを言うなよ。 俺は言葉を失った。 え、それ……マジで言ってんの? 俺が? お前の人生を? 「それに、今日はあんたがいなかったら、ドレイクに狙われてたのは俺の方だ」 ……なんか、こういうところなんだよな。 この子──いや、この人は。言葉少ないくせに、たまに心臓にド直球をぶつけてくる。 俺はごまかすように笑って、グラスの水を飲んだ。 「……15万ギニー、じゃあ、ありがたく半分だけもらっとくよ」 「いらない」 「いやいや受け取ってくれ! 頼むから!」 たぶん、こいつは、俺に金を使わせたいわけじゃなくて、礼をきちんと返したいだけなんだ。 だからこそ、なおさらズルい。真っ直ぐすぎて。優しすぎて。 俺はそっと袋を押し戻しながら、ため息をついた。 ふと、ガウルの手の甲に、うっすらと赤く残る傷跡が目に入った。 ドレイクの爪……だろうか。戦いの最中、あの至近距離で無傷で済んだとは思えない。 「おい、手……見せて」 そう言って、彼の手をそっと取る。案の定、浅いけど裂けたような痕が数本。血は止まってるし、既にかさぶたになりかけてるけど──。 俺は右手をかざして、いつものようにヒールを込めた。 「……ヒール」 ほんのりと、淡い緑の光が手のひらから漏れる。魔法の発動に反応して、傷が少しずつ閉じていくけど……やっぱり限界はある。 「……でも、しないよりはいくらかマシか……?」 思わず、ため息がこぼれた。 あんな強い相手に、俺は結局、なにもできなかった。 ただ隣で見てるだけの、足手まといで──。 そんなことを思いながら顔を上げると、ガウルがこちらを見ていて、視線を泳がせていた。 え……? 目が合った瞬間、彼はパッと手を引っ込めて、ローブの中に隠してしまった。 その頬は、ほんのりと、桃色に染まっていて── (おいおい、なんだその可愛い反応!?) いやいやいや。待て待て待て。おかしいだろ!? あんなドレイクを一瞬で倒した、冷静沈着・無敵のプラチナランカーが、ヒールひとつで顔赤くするとか──ギャップで俺が死ぬぞ!? こっちはガチで鼓動がヤバい。心臓がもたん。 そんな俺の心情を知ってか知らずか、やがてガウルが視線を逸らしたまま、ぽつりと呟いた。 「……ユーマ。俺と、パーティーを組んで欲しい」 それは、不意打ちのように投げかけられた言葉だった。 俺はスープのスプーンを落としかけた。 「……は?」 「おれには、あんたが必要なんだ」 ガウルはまっすぐ俺を見ていた。あの、フードの奥で光っていた鋭い眼光と、まったく同じ目で。 ふざけてない。誤魔化してもいない。本気の──眼差し。 「……おれは、強くなった。ユーマに気づいてもらえるくらいには。ずっと、それだけ考えてきた」 声が震えてるわけでもないのに、不思議と胸に響いた。 これまでの無愛想さや、ぶっきらぼうな態度からは想像もつかないほどの、真っ直ぐな想いだった。 「俺……ヒールしかできないよ? しかも、切り傷、擦り傷、ひびあかぎれ、目の疲れぐらいしか癒せないよ? オ◯ナイン軟膏の方がマシまであるよ?」 「それでもいい。ユーマがいるだけで、俺は安心できる。だから、俺と組んでほしい。ずっと──傍にいてくれ」 静かに、でも確かに告げられたその言葉に、俺は……言葉を失った。 あの無表情で冷静沈着、あのプラチナランクの最強獣人少年が、だ。 この胸の奥の、じんわりと温かくなる感覚は──なんなんだろう。 いや、わかってる。 俺はずっと、「こういう子」に救われたかったんだ。 強くて、美しくて、でもどこか寂しげで。 そして今、そんな彼が俺を必要としてくれている──だと……? ありがとう、異世界。 ありがとう、神様。 「……うん」 気づけば、声が漏れていた。ていうか勝手に漏れた。 「よろしくな、ガウル。これから、たくさん足を引っ張ると思うけど……」 「それも含めて、ユーマだろ」 そう言って、ガウルは少しだけ、口元を緩めた。 それは、初めて見た──心からの、笑顔だった。 ああ……その一言で、その笑顔で、世界のすべてが赦された気がした。 こんなにも尊い存在が、俺なんかの名前を呼んでくれる。 (控えめに言って神託) 今日から俺は、全力でこの少年を崇め奉って生きていく。 できれば朝晩の祈りも取り入れていきたい。 ありがとう、ガウル。 ありがとう、異世界(2回目)。 *** 結局あの後も、ガウルは頑なに金を受け取らなかった。 だから、あの15万ギニーは丸ごと俺が預かることになった。 彼とこれから本格的に冒険を共にするのなら、危険は避けられない。 せめて装備くらいは、まともなものにしておかないと。 俺はガウルに見立てを頼み、一緒に防具屋へ向かった。 店内には、冒険者向けの軽装から、重装備まで所狭しと並んでいる。 その中から、比較的動きやすそうなローブや胸当てを手に取りながら、試着鏡の前で肩に当てたり外したりしていた。 「……これは?」 「生地が弱い。牙の通り道になる」 「そっか……こっちは?」 「腹が甘い。心臓が狙われたら終わる」 ガウルの静かな指摘が頼もしすぎて、若干テンションが上がる。 そして──その時だった。 背後から聞こえてきた、金属の引きずるような音と、荒い声に、思わず振り返る。 「……あんた、またこいつ逃がしかけてんぞ。しっかり鎖持っとけっての!」 そこにいたのは、他の冒険者パーティと、その後ろで鎖を引かれていた、小柄な獣人の少年だった。 うさぎ耳がだらんと垂れたその子は、ボロボロの服のまま地面を引きずられるように歩かされており、手足は擦り傷だらけだった。顔は伏せられ、その瞳に生気は感じられない。 (……ひでぇ) 咄嗟に足を踏み出しかけたが、思わず立ち止まる。 男たちは三人組で、全身に軽鎧をまとい、粗野な笑いを浮かべながら何やら話し込んでいた。一人がこちらの気配に気づいて顔を上げ、顎をしゃくるような仕草を向けてくる。 見るからにガラが悪い。正直、関わりたくないタイプだ。 けど──。 隣に立つ気配が強くなる。 ガウルが一歩前に出た気がした。空気が、ぴんと張り詰めたように変わる。 俺はそっと横目で彼を見たが、表情はいつも通りで読めない。 だけど、なぜだろう。背中を押されたような気がした。 「すみません……その子、少しだけでいい、ヒールさせてもらえませんか?」 「はァ? なんだてめえ。関係ねーだろ」 リーダー格らしき冒険者が、面倒くさそうに舌打ちする。 「ただでってんなら、好きにしろよ。金は払わんぞ?」 「いりません。……ありがとう」 倒れかけていたその少年の前にしゃがみこみ、怖がらせないように「ちょっとだけ、触るよ」と声をかけ、そっと手を取る。 「……ヒール」 俺の手から微かに光がにじみ、擦り傷や打ち身がふわりと癒えていく。 少年の瞳が、一瞬だけこちらを見た。驚いたような、信じられないような目だった。 (……こんな顔をするなんて、どんな扱いを受けてきたんだよ) 兎獣人の子の瞳に、かすかに光が戻ったように見えた。 長く諦め続けた者だけが持つ、曇った光。 それが、ほんの一瞬で研ぎ澄まされたような、そんな錯覚を覚える。 彼は、傷の癒えた腕をゆっくりと持ち上げ、鎖を引いていた男たちを睨みつけた。 「……僕はもう、あんたたちの言うことは聞かない」 静かな声だった。けれど、そこには確かな意志が宿っていた。 俺は、息をのんだ。 「はァ? なんだとコラ。てめぇは俺が奴隷商から買ったんだぞ!」 リーダー格の男が、声を荒げて一歩詰め寄る。 「関係ない」 彼は真っ直ぐに言い切った。 その声に、男たちの顔が一瞬引き攣る。 「……ってめえ、この野郎!」 男が拳を振り上げた、その瞬間。 気づけば、俺の体が動いていた。 「やめろッ!!」 彼の前に飛び出すと同時に、男の拳が俺の頬を捉える。 鈍い衝撃とともに、地面が跳ね、俺の体が吹き飛ぶ。 「ユーマ!」 誰かの叫ぶ声が聞こえた。 たぶん、ガウルだ。 視界がぐるりと回転し、地面に叩きつけられた俺は、ふらふらと起き上がりながら呟いた。 「クソ、いってぇ……」 (痛い。マジで痛い、死ぬほど痛い……だけど) 倒れたまま、じんじんと痺れる頬に手を当てながら、俺は目を細めた。 彼の小さな体が、まだ男たちの鎖に繋がれている。 それがどうしようもなく、許せなかった。 ──前世でも、ああして誰かを救えなかった。 助けられたはずの命を、見殺しにした。 もう二度と、あんな後悔をするのはごめんだ。 「……その子、いくらで買ったんだ?」 「はっ。何だよお前、買い取るってか? 偽善者が」 男が鼻で笑いながら、指を一本立ててきた。 「10万ギニーだ。払えるもんなら払ってみろよ」 男のニヤついた口元に、嫌な予感が走る。あきらかにふっかけてきた額だ 俺はゆっくりと立ち上がり、痛む頬を擦る。そのまま隣に立つガウルに目を向けた。 「……ガウル。あの金、使わせてもらってもいいか?」 問いかけに、彼は一瞬だけ黙ったあと、小さく頷く。 「ああ。あれはあんたの金だ。好きにしろ」 たったそれだけのやりとりで、背中を押された気がした。 もう、迷いはなかった。 俺は腰の袋から金貨の入った袋を取り出し、男に向かって投げるように差し出した。 男たちは一瞬面食らったような顔をしたが、すぐにその袋を掴み取る。 中身を開くこともせず、ただ手のひらで軽く重さを確かめてにやりと笑った。 「チッ、マジで払いやがったか。……ほらよ」 ぶっきらぼうな声とともに、少年を突き飛ばすように寄越してくる。 彼の小柄な体がよろめいて、俺の方へと倒れかけた。 慌ててその体を支えた俺の胸に、軽く湿った毛並みと、かすかに震える温もりが触れた。 「ったく、いくぞてめぇら……」 リーダー格の男がそう呟くと、彼らは店の出入り口からぞろぞろと出ていき、やがて姿が見えなくなる。 「大丈夫か?」 俺がそっと声をかけると、少年はそのまま俺の腰にぎゅっとしがみついた。 まるで離れたらまたどこかへ連れ戻されるとでも言うように。 「ガ、ガウル……どうしよう……?」 困った俺が助けを求めると、ガウルは軽く肩をすくめて言った。 「……あんたの好きにすればいい」 「って言われてもさあ。つい、成り行きと言うか、べつに、奴隷が欲しかったわけじゃないんだよね……」 「……っ!?」 突然、彼が俺の足元にひれ伏すように土下座した。 「っ、ご主人様ッ!!」 「……へ?」 「必ず……必ずお金はお返しします!どうか、僕を連れて行ってください!荷物持ちでも、雑用でも、何でもやりますから!」 「ちょ、ちょっと待って落ち着いて!?お金とか、ほんと、気にしなくていいからね!?」 ふと視線を感じて顔を上げると、防具屋の店主が無言でこちらを見ていた。 (……冷やかしならさっさと出てけよ) とでも言いたげな、あからさまに呆れた顔だ。 少年は地面にひれ伏したまま、変わらず「お願いします……!」と懇願している。 いたたまれなくなって、俺は慌てて声をあげた。 「わ、わかった! わかったから、とりあえず落ち着こう!? な? ちょっと、ここじゃアレだから、いったん外に出よう!」 その瞬間、目の前の少年の目が、ぱあっと光を取り戻した。 「はいっ! ありがとうございます!! 僕、アヴィって言います。よろしくお願いしますご主人様ッ!」 「…………」 (俺のなかの……何かが……目覚めそうだった) (ご主人様って……いいもんだな……?) (いや違う、そうじゃない、落ち着け俺) 「……よ、よろしく。アヴィ」 ほんの少しだけ声が裏返った気がするが、気にしないことにした。 「俺はユーマだ」 ……こうして、10万ギニーと俺の顔面を犠牲にして、俺たちのパーティーにまたひとり、尊い獣人ショタが加わったのであった。 さよなら10万ギニー。 ありがとう、異世界(3回目)。

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