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第14話 みんなの抱き枕にされて眠れない夜(けど寝た)※微R
クーとアヴィは、並んで静かな寝息を立てていた。
さっきまであんなに騒いでいたのに、寝つきが早いのはいつものことだ。
俺はといえば――やっぱり、昨夜のことが少し気になっていた。
アヴィのことを、どうしても意識してしまう。
ガウルがいないせいでベッドには余裕がある。
……のだけど、俺は一瞬、本気で床に寝袋を敷いて寝ようかと考えた。
(でも……それって逆に、変じゃないか?)
別に何かあるわけでもないのにわざわざ距離を取るのも、意識してますって言ってるようなもんだ。
(いや、俺が意識してんのは間違いないんだけど……!!)
思考がぐるぐる回って、顔が熱くなる。
(あーーーっ! なんかもう、変に意識してる自分が一番恥ずかしいんだけど!?)
結局、俺はベッドの端っこにそっと腰を下ろし、なるべく静かに、音を立てないように横になった。
アヴィとの距離は、たぶん手を伸ばせば届くくらい。
……意識したら負けだ。寝よう、俺。
クーの寝息は規則的で、アヴィも――目を閉じて、静かに眠っているように見えた。
でも、ベッドに潜り込んでしばらくしてから、妙に背中があたたかいことに気づいた。
(……ん?)
ごく自然に背後に人の気配がある。
その体温は、そっと、しかし確かに俺へと寄り添ってきて――
「っ……!?」
アヴィの腕が、俺の腰にまわされる。
(な、なにこれ……寝ぼけてる?)
思わず体が硬直する。けれどアヴィの動きは止まらない。
彼の手は迷いなくシャツの裾をめくり上げ、俺の肌へと忍び込んできた。
「――っ……アヴィ……?」
その指が腹を、胸を、ゆっくりと撫でる。
まるで自分の形を刻み込むように、優しく、けれど明確な意図をもって。
(ま、待て、これ絶対起きてる! 完全に起きてる!!)
「あ、アヴィ……。昨日みたいなのは、その……やめてほしいんだけど……」
必死に声を絞り出す俺に、アヴィはふっと、柔らかく笑った。
「昨日みたいなこと、って……なんのことでしょうか?」
その声は、いつもより少し低く、甘やかで、くぐもった笑みを含んでいた。
(この声……完全に分かってて言ってる……!!)
やばい――!!
エクストラヒールで全快したアヴィの剛腕が、本気出して俺を抱きしめてくるとか、
そんなの……逃げられるわけないだろッ!!
背後からガッツリと押さえ込まれて、身動き一つ取れない。
まるで熊に抱きしめられてるみたいな密着感と筋肉密度。
いや、アヴィは兎獣人《クニクルス》だけど……!?
ていうか、マッチョの兎って何!?
その2ワード、物理的に共存しちゃダメなやつだろ!?!?
(くっ……やばい……剛腕すぎて抜け出せない……ッ。 しかも、これ……俺の弱いとこ、完全にバレてる……!?)
胸元を撫でる手が、指先で乳首をくすぐるように触れた。
「ぁ、アヴィ……っ、本当に……やめ――っ」
「大丈夫です、ご主人様。痛いことはしませんから」
耳元で囁かれながら、さらに強く抱き寄せられる。
(ちがう……そうじゃない……そうじゃ……ない……けど……!!)
そしてその直後だった。アヴィの唇が、俺の右耳にそっと触れた。
「っ……!」
まずは、浅く噛む。
それから、くすぐるように舌を這わせて、耳のふちをなぞって、柔らかく吸い上げて――
湿った吐息が、耳の穴の奥まで響いてくる。
「ふっ、ぅ……や、やめ……っ、アヴィ……!」
「……そんなに敏感なんですね、ご主人様。右耳、弱いんですね」
低くて甘い声が、すぐ耳元で囁く。
さっきまで柔らかかった唇が、また右耳に吸いついてくる。
ふいに、吐息だけで「すぅっ」と耳の穴へ吹きかけられた瞬間――
「ひっ……!」
全身が跳ねる。力が抜ける。なのに、アヴィの腕にがっちりとホールドされて動けない。
「ダメですよ。クーさん、起きちゃいますから……」
そう言って、アヴィの手がそっと俺の口元を塞いだ。
(ちょ、ま……!? 声、出せない……ッ)
唇に押し当てられた指の感触が妙に熱くて、なのに逃げられない。
ただ、右耳だけを執拗に攻められ続けて、思考がどんどん溶けていく。
(耳だけで、こんな……変になるって……おかしいだろ……!?)
「……ん、っ……んんっ……!」
口を押さえられたまま、俺は情けない声を漏らすしかなかった。
アヴィの吐息と舌先が、右耳の裏を、ふちを、耳たぶの内側まで――丁寧に、じっくり、何度も往復していく。
唇を使って、時にはふうっと温かい風を吹きかけ、時にはふにっと吸いつく。
耳たぶを軽く甘噛みして、くすぐったいような、ゾクッとするような感覚を、何度も何度も刻んでくる。
(やばい……耳しか触られてないのに……頭、ぼーっとする……)
耳の奥がじんじんして、そこから何かが全身に広がっていくみたいだ。
吐息一つにまで、意味がありすぎて……だんだん思考がまともにできなくなる。
アヴィの指が、まだ俺の口元にそっと添えられていた。
でもその指先が、まるで“このまま黙っていてください”とでも言うように、ほんの少しだけ俺の唇を撫でる。
「ん、……アヴィ、や、め……ほんとに……ッ」
苦し紛れに呟いたのに、アヴィはまた囁いた。
「そんな声、もっと聞かせてください。……可愛い」
そう言って、また耳の奥に舌先を忍び込ませてくる。
「――っっっ!!」
熱い。耳の奥が熱い。
声が出そうになるのを必死に堪えても、アヴィの口元が俺の耳から離れることはない。
片手で口を塞いだまま、もう片方の手は俺のシャツの下に潜り込み、さっきよりも意図的に、敏感なところだけを撫でていく。
「んっ……ふ、ぁ……っ!」
声を出したいのに、出せない。
声帯の奥で震える熱が、口元で止められて、もどかしくて、どうしようもなくて――
「……やっぱり、ここ弱いんですね。こんなに反応するなんて」
(なにこれ……もう、こんなのって……)
右耳はもう、感覚がわからないくらい敏感になっていて、ちょっとした吐息にも身体がびくっと震える。
アヴィはそんな俺の反応をすべて楽しむように、すこしずつ、確実に理性を崩してくる。
抱きしめる腕の力も、そっと優しく締め直される。
耳を甘く噛まれて、しゃくっと吸われた瞬間――
思わず、喉の奥からこぼれそうになった喘ぎ声を、アヴィの手のひらが完全に封じていた。
「ん……っっ、んん……!」
「可愛い……ご主人様。大丈夫です、ちゃんと、もっと気持ちよくなれますから」
俺の理性はもう、限界ギリギリ――。
甘い声と、湿った舌と、優しすぎる腕に、俺はただ翻弄されるしかなかった。
そんなときだった。
――カチャリ。
静かな扉の開閉音が、遠くから微かに聞こえた気がした。
アヴィの動きが、ぴたりと止まる。
押さえていた手が、そっと俺の口元から離れて、代わりに優しく唇を撫でた。
(えっ……今の……)
「……思ったより早かったですね」
耳元で低く囁かれたその一言に、心臓が跳ねた。
アヴィは、俺を抱き寄せていた腕を緩めることなく、じっと気配に耳を澄ませている。
耳元にはまだ、彼の吐息の温もりが残っていた。
さっきまでの熱を帯びた愛撫の感触が、皮膚の奥にじんわりと染みついていて――
鼓動の速さだけが、それを物語っていた。
部屋の向こうから、ゆっくりと靴音が近づいてくる。
控えめな足音。けれど、確かにこちらに向かってくる――。
(この足音、ガウルだ)
その確信と同時に、外から戻った彼がローブを脱ぐ気配がした。
衣擦れの音。硬い金属の留め具が外される、微かな音――。
装備を外し、静かに置く音までもが、やけに鮮明に耳に届く。
身をこわばらせたままの俺を、アヴィは軽く抱きしめ直した。
そして、くす、と喉の奥で小さく笑う。
「……今夜は、ここまでにしておきますね」
囁きは名残惜しげで、それでいて――
続きを確信しているような、甘く低い声だった。
アヴィは寝返りを打つような自然な動きで、そっと俺から離れる。
数秒後、タイミングを見計らったかのように、部屋の戸が開いた。
冷たい夜の空気が流れ込み、わずかに緊張感を伴った足音が部屋へと差し込む。
「……お帰りなさい、ガウルさん」
アヴィの声は、ついさっきまで俺の耳を蕩かしていたものと同じとは思えないほど低く、静かだった。
「……お、おかえり、ガウル」
それに続いて出た俺の声は、自分でもびっくりするほど裏返っていた。
「……起こしたか?」
いつもの無表情。いつもの声。
だけど、ガウルの視線が、妙に鋭く感じるのは……気のせいか?
「い、いや……大丈夫。えっと、ほら、ステーキ。ちゃんと残してあるから……ね?」
自分でもわかる。
声がうわずってる。言葉がたどたどしい。
さっきまでの“行為未遂”が脳内でフラッシュバックしてるせいで、顔の温度もおかしい。
「せっかく今日、ステーキパーティーだったのに……どこ行ってたんだよ」
言いながら、なんとか平常運転っぽい空気を装ったその時。
「……でかいネズミが、家の周りをうろついててな。ちょっと追い払ってきた」
「……は?」
(で、でかいネズミ……? それもうヌートリアとかカピバラ級の話じゃないの?)
「マジか。そいつに食糧庫でも荒らされたら困るな……」
なんて、俺がのんきに返した直後だった。
「……“始末”は、済んだんですか?」
隣で、アヴィの声がふっと低くなった。
さっきまで俺を蕩けさせていた男とは思えない、張り詰めた空気をまとっている。
「……でかい“猫”が咥えて持っていった。もう残ってない」
「そうですか。なら、安心ですね」
アヴィは、ふ、と意味深に笑みを浮かべる。
(ちょっと待って、カピバラサイズよりデカい猫って、それもう完全に猛獣じゃん!? 猫って言ってるけどピューマとか山猫とかそっち系だよね!? そっちのが怖くね!?)
部屋に再び静けさが戻る。
ただ、俺の鼓動だけはまだ落ち着いていなかった。
俺はそっとベッドから抜け出し、床に寝袋を広げ始めた。
「……何をしている」
低く落ちた声に、手が止まる。
見れば、ガウルがこちらをじっと見ていた。
「なにって……寝る準備。ガウル、ベッド使うでしょ?」
「……アヴィ。お前が下で寝ろ」
「いや、いいって。俺がベッド使ってたし、そのままで……」
アヴィはベッドからするりと降り、穏やかに引き下がった――と、思った。
「……ご主人様。僕が寝袋を使います。どうぞ、ガウルさん……“ごゆっくり”」
どこまでも丁寧で優しい声だった。
なのにその語尾には、明らかに“何か”が混じっている。
俺の手が、寝袋を広げかけたまま、ぴたりと止まる。
(……え? 今の“ごゆっくり”って……どういう意味だ??)
問い返す勇気もなく、黙って顔を伏せた俺の前を、ガウルが無言ですっと通り過ぎる。
そして、まるで当然のように俺がさっきまで寝ていたベッドの端に腰を下ろした。
「……もう休め」
低い声でそう告げて、ガウルは片膝を立て、無骨な手でブーツを脱ぎ始める。
ベッドのきしむ音が、やけに耳に残った。
「ほら、ご主人様。僕は下でいいんで、ベッド使ってください」
アヴィが静かにそう言ったそのとき、
ガウルは何も言わずに、ベッドの真ん中に移動していた。
「……え、じゃあ、お言葉に甘えて……ありがと」
一瞬だけアヴィに視線を送ると、彼は笑って目を伏せた。
そういえば、昔はよくこうして、宿屋の狭いベッドを譲り合いながら、身を寄せて眠ったっけ――。
魔物の咆哮が遠くで響く夜も、ひび割れた窓の外から冷たい風が吹き込む夜も。
疲れ果てた体を横たえて、こうやって少しだけ安心を分け合っていた。
そんな記憶をふと思い出しながら、俺は目を閉じた。
今は――あの頃とは、少し違う。いや、もうきっとだいぶ変わってしまった。
それでも、何ひとつ変わらないものが――確かに、胸の奥に灯っていた。
……ん、あれ……?
まぶたの裏に、ぼんやりとあたたかさを感じて目が覚めた。
まだ夜みたいで、部屋の中はしんと静まり返ってる。
……なんで、俺……ガウルの胸にいんの……?
気がつけば、俺はガウルの腕の中にすっぽり収まってた。
えっ、ちょ、待っ……これ、どういう状況!?
ほんの少しだけ顔を動かすと――
……ガウルの顔が、そこにあった。
(うそ、近っ……)
それどころじゃない。
俺の腰には、ガウルの腕がしっかり回されていて、まるで子どもでも抱くみたいに、柔らかくけれど逃がさない強さで引き寄せられていた。
体がぴったりと重なって、足の先までどこもかしこもくっついている。
(……マジで、なんでこんな……)
ドクン、ドクン、と自分の心臓の音が、ガウルにまで伝わってそうで怖い。
こんな密着してたら、絶対バレる。
耳元で、ガウルの寝息が静かに響いてる。
穏やかで、安心するような、でも、今はまるで落ち着けない。
肌が……熱い。
シャツ越しに感じる、ガウルの胸の硬さ。
わずかに汗ばんだその肌が、触れているところからじんわり熱を伝えてくる。
しかも、ガウルの腕の内側が、俺の背中にピタリと沿って、動くたびに肌が擦れて――
(やば……なにこれ……変な感じ……)
妙に下腹がムズムズしてきて、でも身じろぎひとつできない。
俺の太腿に、ガウルの脚が自然と絡んでいて。
その位置が……微妙すぎて……。
(……って、何考えてんだ俺……!!)
ガウルの体温が、じわじわと染み込んでくる。
腕の力は緩んでるのに、俺の腰を抱えるその手は、どこか名残惜しそうで。
肌が触れ合ってるところが、妙に熱くなってきた。
(……ダメだ……このままじゃ……眠れない……)
でも、動いたらガウルを起こしそうで、なんとなくそれもイヤで。
(頼む、早く朝になってくれ……!!)
そんなことを願いながら、俺はただひたすら目を閉じて、心臓が落ち着くのを待つしかなかった。
――はずなのに。
気がつけば、朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいて。
……あれ、なんかやけに弾力のある感触……?
「ユーマ、おはよ♡」
頭上から聞き慣れた甘い声。
……って、え? ちょっと待って??
ゆっくりと目を開けると、そこには、俺のことをニコニコしながら見下ろしているクーの顔。
そして――俺は、なぜかクーの上で寝ていた。
「うわぁあああ!!?」
慌てて跳ね起きた俺は、状況を理解するより先に叫んでいた。
……おかしい、確かに昨夜はガウルの腕の中にいたはずなのに。 夢? いや、現実??
「なんだか、また見覚えある光景だな……!?」
俺は頭を抱えながら、朝から盛大に混乱していた。
「ちょっ、クー、だからソレッ……!!」
「うん、ごめん。朝だからね♡」
意味が分からない。いや、分かるが分かりたくない。
「いやごめんで済むかぁああああ!!!!」
……なんでだ。
なんで俺が、みんなの抱き枕にされてるんだ……!?
昨日はアヴィに抱きしめられ、
夜中にはガウルに引き寄せられ、
朝になったらクーの上で寝てて、
しかも太ももに何かが当たってるという地獄の朝ッ!?
なにこの連続搾取イベント。
俺の人権、どこいった? 誰か落とし物として届けて……!?
そして何より納得いかないのは――
俺、ずっと受け身なんだけど!?!?!?!?
(……これはもう、主従関係とか、パーティーバランスとか、そういう問題じゃない……)
(ただの、理不尽だ。)
……もう誰か、筋肉ぶとんは間に合ってるから、俺に人権という名の布団をかけてくれ。
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