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第24話 癒し系男子(仮)、王族に囲まれて戸惑う
あれ……? なんだこのふかふかなベッド。
俺んちの、あのバネが悲鳴あげてるボロベッドとは次元が違う。
身体が沈む、っていうか……浮いてる? いや、包まれてる?
ふわふわ……ふかふか……なんだこれ、天国か?
寝返り打っただけで背中が「ありがと~」って言ってくるレベルの優しさ。
……っていうかこれ……
これが……「人権」……!?
ベッドに宿った人権の化身ってこういうことだったのか……!!!
人権……いや、もはや王権レベルかもしれない。
ふかふかすぎるベッドで目を覚ました俺は、目の前に広がる光景に一瞬思考がフリーズした。
……天蓋付き。しかも、レース。カーテンふわふわ。金色の飾り。枕、ふかふかどころじゃねぇ。
まるで絵本の中から飛び出したみたいなベッドだった。
「……え? ここ、どこ……???」
あわてて飛び起きた拍子に、シーツの肌触りが気持ちよすぎて二度寝しそうになった。
が、目の前に広がる部屋が、さらに衝撃的だった。
白を基調にした高い天井、大理石の床、壁には織物のタペストリーが下がってる。
なにこの中世ファンタジーの王子様の私室……え、俺、ついに二度目の転生でもした!?
(いやいやいや、待て待て……誰だ俺をここに運んだのは……!)
……っていうか、なんで俺、こんなとこにいんの!?
たしかさっきまで、ガウルたちと市場でのんきに買い物してたよな?
あの時――そう、ぶつかってきた女の子。あの子に変な紙切れ渡されて……
(……魔法陣……? あれ、まさか……)
思い出した瞬間、寒気が走る。
――もしかして、あの紙、転移魔法だったのか!?
(は!? 待て待て、こんな古典的な異世界トラップ、実在するんか!?)
ぐるぐる思考が暴走していたそのとき。
部屋の隅で静かに控えていた、いかにも“執事です”みたいな格好をしたおじいさんが、俺が目覚めたのを見て、慌てて駆け寄ってきた。
「ユーマ様……お目覚めになられたのですね!」
「え? あっ、えっと、あの……」
「少々お待ちください。只今、“グローデン陛下”をお呼びして参ります」
(……ちょっと待て、今“陛下”って言った!?)
陛下って、あれだよな!? 王様ってやつだよな!?!?
やばい! やばいやばいやばい!!
ま、まさか……!?
オロと一緒に計画してた、あの“実験施設から獣人ショタ救出作戦”――
バレた!? バレたのか!?!?!?
やっぱり、国家ぐるみで管理してた案件だったのか!?
俺、まさか――国家転覆を企てたテロリスト認定!?!?
それか、リセルを通じて、魔法省からの要請に従わなかった罪とかで、処刑コース!?!?!?
(あれか!? 生贄にされるやつ!? 地下牢に投げ込まれてからの、断罪ルートか!?)
「帰らせてくださーーーい!!!」って叫びたかったけど、口から出たのは情けない悲鳴にもならない息だけだった。
そんな最悪すぎる妄想が脳内を駆け巡っていると――
突然、廊下の向こうから「ドタドタドタッ」と慌ただしい足音が響いてきた。
え、ちょ、まさか!? 本当に“処刑ルート”来た!?
「陛下、どうかご冷静に! これではユーマ殿がご不安に……!」
「冷静でいられるか! 魔法省の連中が“自分たちでやれる”と威張り散らしたくせに、このザマだ。
最初からこちらで動いていれば、こんな時間のロスはなかったんだぞ……!」
「陛下……っ」
「──もういい、おまえは下がれ!」
ガチャアアァンッ!!
勢いよく開かれた扉にびくぅっ!と肩が跳ねた瞬間――
俺は反射的に、ベッドから転がり落ちて、そのまま床に正座していた。
背筋はピンッと伸び、冷や汗が背中を滝のように流れる。
(え、なに!? 王様!? いま、“王様”本人登場!?)
おかしいだろ!?
部屋に入ってきたの、まさかの王様本人!?
普通もっと儀式的な前振りとかあってもよくない!?!?
「……ユーマだな。ようやく目を覚ましたか」
扉を勢いよく開けて入ってきたのは、威風堂々たる男だった。
グローデン国王――
年の頃は四十代半ば。日に焼けた肌に鋭い眼光。背中で語るような分厚い体躯を持ち、
しなやかに鍛え上げられた筋肉を、金の縁取りが施された軍装風のローブが包んでいる。
(……え、なにこの、見た目だけで勝てる男……)
肩幅がエグい。首が太い。胸板が重厚感の塊。
しかも、無精髭がやたらと似合っていて、雰囲気はまさに――
「歴戦の王」って感じの、戦場仕込みのイケオジ。
(詰んだ……これ、詰んだヤツだ……)
俺は震えながら、床に額を擦りつけた。
「ユーマ・クロード、ただいまより、貴殿に問う!」
ひいいいいぃぃぃ!!?!?!?
やばい、問われた!! 問われちまったよ俺!!!
(何を!? 何を問うつもりだ王様ァァァ!?!?)
「貴殿が――“ソウルリターナー”の系譜の者であるというのは、真実か?」
「……へ?」
思わず顔を上げた俺の目の前には、なぜか王様が片膝をついていた。
その大きな手が、まるで何かを確かめるように、俺の肩にそっと触れている。
「陛下、ユーマ殿は転移直後です。まだご自身の状況すら把握できておられないのです。どうか……ご無理は」
控えていた執事の人が慌てて制止に入るが、王様は厳しい目でそれを遮った。
「分かっている。しかし……息子の命がかかっているんだ。悠長に構えていられるか!」
その瞬間、肩に置かれた王様の手に、ほんの僅かに力がこもった。
焦りと、痛切な願いが、目の奥から真っ直ぐに伝わってくる。
「あの、息子さんって……王子殿下のことですか!?」
(って、当たり前すぎるだろ俺!! 王様の息子=王子って、バカ丸出しじゃねーか!!)
情けなく心の中で頭を抱えながらも、俺がそう呟くと、王様は一瞬だけ目を伏せ、静かに頷いた。
「……ああ。嫡男のミシェルだ」
……嫡男。つまり、この国の第一王子ってことか。
っていうか俺、王族に興味なさすぎて――
自国の王様の名前すら知らなかったんだけど!?
「で、その……王子殿下の命が、危ないっていうのは……?」
俺が恐る恐る聞くと、王様はわずかに息を詰めるように間を置いてから、低い声で答えた。
「説明するより、直接見てもらった方が早い。――すまないが、俺と来てくれないか」
その声音は重く、切実で。
断る余地なんて、どこにもなかった。
国王に案内され、俺は重い足取りで奥の一室へと通された。
豪奢な調度に囲まれたその部屋は、誰が見ても「王子の私室」だった。
中央には、天蓋つきの大きなベッド。
その上に、ひとりの少年が静かに横たわっている――。
「……もう二週間になる。目も開けず、言葉も発せず……ずっと、このままだ」
国王の声は低く、沈痛なものだった。
「……!」
言葉を失いながら、俺は促されるままベッドの傍へと歩み寄った。
そこにいたのは、あまりにも痛々しい姿の少年だった。
髪は乱れ、肌はところどころ煤けたように黒ずみ、腕や頬には痣のような痕が浮かんでいる。
まるで、何か禍々しいものに蝕まれているような――
病とも呪いともつかない異常な気配に、背筋がひやりとした。
(……これが、王子……?)
かすかに動く胸元だけが、生きている証のようだった。
「――もう、手は尽くしたのだ。医術師にも、宮廷魔導師にも……。だが見ての通り、この有様でな」
国王の声音には、重く沈んだ諦めと、それでも諦めきれぬ父親としての願いが滲んでいた。
「どんなに小さな望みでも、縋らずにはいられなかった。そんな折、魔法省から一通の報せがあったのだ」
王様はまっすぐに俺を見つめる。
その視線には、威厳よりも――切実な祈りがあった。
「“ソウルリターナーの資質を持つ者”として、貴殿の名が挙がったと」
……ソウルリターナー。
確かにリセルに言われたことはある。けれど、自分でもその力の正体はよく分かっていない。
「……貴殿を、攫うような真似をしてしまったこと――詫びよう。だが、どうしても他に手段がなかった」
そう言って、グローデン国王は静かに膝をつくと、深々と頭を垂れた。
堂々たる王冠を戴く男が、今この瞬間――俺に、頭を下げている。
その姿に、思わず息を呑んだ。
「頼む、ユーマ」
重く、ひとつ言葉を置いて、国王は顔を上げる。
その瞳は、支配者のものではなかった。ただの一人の“父親”の目だった。
「息子を……ミシェルを、どうか救ってやってくれ。もう、貴殿にしか頼れる者はいないのだ」
オロのときは、魔法省の手によって獣化させられていた身体が、俺の“手当て”のあと、しばらくしてから元に戻ったらしい。
直接目にしたわけじゃない。でも、あとになって「戻っていた」と聞かされた。
……もし、あれが本当に“呪い”で、
そして、それを癒したのが俺の魔法だったのだとしたら。
けど、それでも――。
「あの……助けたい気持ちは本当にあるんです。でも……俺が“ソウルリターナー”かどうか、まだ確証もないし……
仮にそうだったとしても、王子のあの状態が本当に“呪い”によるものなのか、判断もつかなくて……。
だから、俺に何ができるかって言われると、正直……わからないんです」
思わず目を伏せながらそう告げると、国王はゆっくりと息を吐いた。
「……承知の上だ。貴殿を責めるつもりなど、毛頭ない」
その声音は、静かだが、揺るがぬ意志を宿していた。
「だが、ほんの一雫でも……希望にすがる理由があるのなら――
その一滴すら、俺は見過ごしたくはないんだ」
俺は、ミシェル王子が静かに横たわるベッドを見つめた。
わからない。
自分にそんな“特別な力”があるなんて、まだ実感なんてないし、信じきれるわけもない。
だけど――今、目の前に瀕死の少年がいる。
何もしなければ、確実に命を落としてしまうかもしれない。
「……やってみるしか、ないよな」
迷いも、不安も、全部胸の内に押し込めて。
俺はそっと、ミシェル王子のベッドへ近づき、静かに膝をついた。
年の頃は――十二、三歳くらいだろうか。
まだあどけなさの残る年頃だ。
長く横たわっていたせいか、唇は乾いてひび割れ、頬も少しこけていて、水も食事も、ろくに摂れていないのがすぐにわかる。
(これが“呪い”だとしたら……いったい誰が、こんな――)
怒りにも似たものが、胸の奥にふっと灯る。
どれだけの苦しみを、この子は一人で耐えてきたんだろう。
俺の“癒し”が、この子に届くかわからない。
けれど――やるしかない。
王子の――煤けたように冷たい、その小さな手をそっと包み込む。
指先は氷のように冷えきっていて、まるでこの世から少しずつ遠ざかっているみたいだった。
俺は深く息を吸い、そっと目を閉じる。
祈るように、胸の奥で願いを込めて──
(……どうか、届いてくれ)
「……ヒール」
ぽうっと、掌から仄かな光が灯る。
淡くてやわらかい、春の陽だまりのような光が、王子の体全体にふわりと広がっていく。
すると――
王子の肌にこびりついていた黒い“もや”のようなものが、ゆらりと宙に浮かびあがった。
まるで塵が風に散るように、それは静かに空気へ溶けていき、跡形もなく消えていく。
「……ッ……」
背後で国王が息を呑む音が聞こえた。
俺も息を止めたまま、そっと目を開ける。
――そこには、
あまりに白く透き通った肌、長いまつげに縁どられた瞼、そして柔らかそうな金の髪を枕に散らした……とんでもない美少年が、静かに眠っていた。
まるで、長い夢からようやく目覚めようとしている天使のように。
その顔に、少しだけ血色が戻っているのがわかった。
信じられなかった。
だけど確かに、今、目の前で奇跡は起きていた。
「……効い、た……?」
自分の口から漏れた言葉に、自分で戸惑う。
(マジで……ホントに効いたのか? 俺の、魔法が――?)
信じられない気持ちのまま、王子の寝顔を固唾を飲んで見つめ続ける。
するとその隣、俺の肩越しに王がそっと歩み寄り、ベッドの枕元に膝をついた。
「……ミシェル」
王子の名を呼ぶその声は、かすかに震えていた。
その瞬間――
閉じられていたまぶたの奥で、長い睫毛がぴくりと震えた。
ゆっくりと、重たそうにまぶたが開かれていく。
現れたのは、キャラメル色の澄んだ瞳。まだ焦点はぼんやりと宙を彷徨っていたが――
視界の中に、父であるグローデン国王の姿を捉えたとたん、確かにそこに“意志”の光が戻った。
「……父上……?」
王子の唇からこぼれたその一言に、国王の目が大きく見開かれる。
刹那、王は言葉もなく、王子の細い身体を強く――けれども優しく、抱きしめた。
「……よく戻ってきた……ミシェル……!」
その声音には、堪えていた想いが滲んでいた。
国の頂点に立つ者とは思えないほど、人としての感情があらわで、ただ一人の父として――息子を抱きしめる、そんな姿だった。
王子もまた、力ない手で王の背を小さく叩いた。
その動きが、今にも崩れそうな国王の肩を、確かに支えていた。
「父上……ごめんなさい、僕……」
「謝ることなど何もない。……もういい、何も言わなくていいんだ」
二人の姿を、俺は黙って見つめていた。
胸の奥がじんわりと熱くなる。さっきまで確かに“瀕死”だった少年が、こうして――生きて、息をして、誰かに名を呼ばれて、応えている。
(……生きてる……)
その事実が、まるで夢みたいだった。
「ユーマ殿……!」
後ろから、あの執事のような人が駆け寄ってくる。
「なんとお礼を申し上げれば……!」と何度も頭を下げるその姿に、俺はなぜだかうまく返せなくて、曖昧に笑った。
だって――俺自身、まだ信じられていないんだ。
(ほんとに……俺が、“救った”のか?)
でも、王子の瞳に灯った光は、確かに――奇跡そのものだった。
王子の小さな声が消えて間もなく――
国王は息を震わせるように吐いたあと、すっと立ち上がり、鋭い声で周囲に命じた。
「……誰か、王妃に伝えろ。ミシェルが目を覚ましたと――急ぎだ」
その言葉に、部屋の外に控えていた侍従たちが、一斉に動き出す。
「それと、ダリオスとロゼリアにも知らせろ。……家族全員で、あいつを迎えてやりたい」
感情を抑えきれずに揺れるその声音に、国王としての威厳の奥に、ひとりの父としての深い想いがにじんでいる。
「……ああ、それから、食事の用意も。消化に優しいものを用意してやってくれ。ミシェルの分も、ユーマ殿の分もだ」
振り向いた王様の目が、ちらりと俺を見た。
「……少しでも体を癒してもらいたい。貴殿のおかげで、息子は……この国は救われたのだから」
その言葉に、俺はまた、返す言葉を失ってしまった。
しばらくして――
廊下の先から高鳴る足音と、声が響いてくる。
「あなた……! ミシェルが、目を覚ましたって本当なの……!?」
「お父様! ミシェルがご無事だと聞いて……!」
豪奢なドレスに身を包んだ、まさに“ザ・王妃様”と“ザ・お姫様”な女性たちが勢いよく部屋に飛び込んできた。
「ああ……エマ、ロゼリア。まるで奇跡だ」
国王の声が震える。
王子はその声に反応して、うっすら目を開けたまま微笑む。
「……母上……姉上……」
「ミシェル……!」
王妃――エマ様は思わず口元を押さえ、滲む涙を隠すことも忘れてベッドへと歩み寄った。
王子の手をそっと包み込み、その額に優しく口づける。
「本当によかった……ありがとう、ありがとう……」
王女――ロゼリア様は、その光景を一歩引いたところで静かに見守っていたが、やがてふっと表情を柔らかくし、こちらへと振り向いた。
「あなたがユーマさんですね?」
パッと近寄ってきたかと思えば、両手で俺の手を握ってくる。
その所作も声も、まさに王家の姫といった品と礼儀に満ちていて、ただの庶民(もとい元貧乏貴族)な俺は一瞬フリーズした。
「……弟を救ってくださって、本当にありがとうございます」
そう言って微笑んだ彼女の瞳には、涙が光っていた。
張り詰めていたものがふっとほどけたような、安堵と感謝の滲む表情。
その優しいまなざしに、思わず息を呑む。
(うわっ……本物のお姫様だ!ていうか、なんでドレスってこう、胸元がガッツリ開いてんの!?)
俺は健全な男子。
泣きそうな瞳に胸がぎゅっとなる――はずだったのに、
それより先に、目が勝手に吸い寄せられたのは――谷間。
(あ、やば……! ちが、ちがう! 泣いてんのにどこ見てんだ俺ッ!?)
慌てて視線を逸らし、顔まで熱くなりながら口をぱくぱくさせる。
「い、いえっ、そのっ……はいっ!!」
俺はたしかに“ショタ派”かもしれない……。だがしかし、これはそれ以前の問題なんだ。
「おっぱいは正義」。
そう――、生き物としての本能なのだ。
(……って!! 誰になんの言い訳をしてるんだ俺……!?)
妙な汗が背中を伝う中、俺は人生初の“王族からの感謝”という経験に、ただただひたすら緊張していた――。
王子のベッドを囲むように、王と王妃、姉君、そして目を覚ましたばかりのミシェル王子が集う。
互いに手を取り、涙を流し、何度も無事を喜び合うその光景は――まるで絵画の中の一幕のようだった。
俺は少し離れたところで、その眩しいくらいに温かな団欒を見つめていた。
不思議な感覚だった。ここは間違いなく王城で、さっきまで自分とは何の縁もゆかりもなかった王族の一家。
なのに、その中心にいる少年を、自分が助けたのだという事実だけが、
まるで夢の中のような現実感を持って、胸の奥をじんわりと満たしていた。
(……よかったな)
そう呟いた自分の声が、ふっと空気に溶けていく。
誰に届かなくてもいい。ただ、その幸せそうな風景を見ているだけで、
どうしようもなく――心があたたかくなった。
そのあたたかな空気を裂くように、
廊下の奥から、重く鋭い靴音が響いた。
ゆっくりと扉を開けて現れたのは、がっしりとした体躯に格式ある衣を纏った男。
だがその表情はどこか曇っており、瞳には底の見えぬ企みのような光が宿っていた。
(息子じゃないな……歳も立ち振る舞いも違う。もしかして、王様の……弟?)
男――国王の実弟ダリオスは、ミシェル王子の姿を見た瞬間、目を見開いた。
「……バカな。ありえない……ッ!」
思わず口にしたその言葉に、室内の空気がひやりと凍る。
ダリオス自身も、はっとしたように口元を引き結び、視線を逸らす。
だが――その一言を、国王が聞き逃すはずもなかった。
国王は、静かに、重く、ダリオスを見据える。
その瞳には、父親としての怒りと、王としての威厳が燃えていた。
「……ダリオス」
名を呼ぶ声は静かだった。けれど、その抑えられた声音の奥には――
爆ぜる寸前の怒りが、ひりひりと張り詰めていた。
「貴様……“ありえない”とは、どういうことだ?」
「ち、違うッ! 俺じゃない! そんなはずが――!」
慌てて言い訳を叫ぶダリオスの声が、虚しく室内に響いた。
国王は一歩、ダリオスのほうへと足を進める。
まるで、部屋の空気すらその重みにひれ伏すかのようだった。
「ホントに知らないっ、兄上、俺はっ!!」
必死に叫ぶダリオスの声が、廊下に反響する。
けれど国王は一度も振り返らず、ただ短く告げた。
「言い訳は――後でたっぷり聞こう」
バタン、と扉が閉まり、場に残された空気がひりついたまま沈黙した。
「……すみません、ユーマさん。なんか、大変なことになってしまって……」
ロザリア様が気まずそうに眉を下げて俺を見た。
「い、いえ! 俺こそ、巻き込まれてばっかですみませんっ……!」
頭をぺこぺこと下げながら、内心はぐるぐるだった。
(いや……何この展開!? 王子の呪いが解けたと思ったら、いきなり謎の陰謀発覚で、王様キレて実の弟を連れてったんだけど!?)
(つかこれ……ホントに一件落着……なのか……?)
そっと視線をミシェル王子に向けると、彼は疲れたように穏やかに眠っていた。王妃と王女がそっと手を握って、安堵の涙を流している。
ほんの少しだけ、温かい空気が戻ってきたような気がした。
でも――
(……ガウルたち、絶対めちゃくちゃ心配してるよな!?)
俺がいなくなってから、どれくらい経ったんだろう。
事情も何も伝えられないまま、ひとり変な天蓋ベッドで目覚めて、気づいたら王様に頭下げられて、王子を回復させて、で、今……。
(……帰りてぇぇぇ!!!)
ぐったりしながら、俺は豪華すぎる椅子にもたれかかった。
もう少しだけ、全部が落ち着いてから――ちゃんと、説明しに戻ろう。
そう、自分に言い聞かせながら、
俺はひとつ、深くため息をついた。
──まったく、異世界ってやつは油断ならない。
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