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第23話 「明日みんなで花火、見に行こうな」

五日後、俺たちは西方の森の入り口でオロと合流することになっている。 不安がないと言ったら、嘘になる。 国家に逆らうことになるかもしれない――それは、冗談でも軽口でも済まされない覚悟だ。 下手をすれば、反逆と見なされる。捕まるのは、俺だけじゃ済まない。 アヴィも、クーも、ガウルも……巻き込むことになる。 それでも、誰一人として文句を言わなかった。 俺のために、ただ黙って隣を歩いてくれる。 みんながいるから、大丈夫――そう思いたいのに、胸の奥にこびりついた不安は、まだ拭いきれない。 本当は、怖くて仕方ない。 それでも、いつもの笑顔で「行こう」って言ってくれる仲間がいる。 そんな仲間に恵まれた俺が、立ち止まっていられるはずがなかった。 夜。夕食を終えた後も、明かりの灯るダイニングに、俺たちは静かに集まっていた。 温もりの残る食卓を囲みながら、それぞれの想いを胸に、言葉を探している。 「うまくいくといいけど、最悪、もうこの家にいられなくなるかもしれない。国外逃亡、とか、放浪の旅とか……」 俺が笑ってみせても、心の奥は冗談で済ませられるほど軽くなかった。 そのとき、隣にいたガウルが無言で俺の手に、自分の手を重ねる。 「……それでも、いいんだ」 一拍置いて、ふっと笑う。 「どこへ逃げても、俺はあんたの隣にいる。それだけは決めてる」 その言葉に息を呑んだ瞬間、向かいの席でクーが椅子の背もたれにぐでっともたれかかる。 「そっかー。でもさ、そうなったら、また新しい家、みんなで探せばいいじゃん」 くいっと身を起こすと、そのままテーブルに前のめりになり、頬杖をついた。ニカッといたずらっぽく笑いながら、続ける。 「今度はさ、ちゃんとベッド三つ置ける部屋にしようね! ……あ、ユーマはオレの上ね♡」 「いや俺のベッドも用意してくれ!」 思わずツッコむと、クーは楽しそうに肩をすくめた。 その軽やかな口調とは裏腹に、その目はどこか優しくて。 ――まるで、俺を安心させようとしてるみたいだった。 アヴィはカップをそっとテーブルに戻し、まっすぐ俺を見た。 「……僕も“伴侶”として、当然ご一緒しますよ。これ以上、ご主人様を勝手に伴侶認定する輩が増えないよう、僕が見張っていなければ」 「って、いやいやいや!! 勝手に伴侶認定したの、まずお前らだからな!? 棚にあげるな??」 クーがふっと笑い、指をひとつ立てる。 「オレは父親公認だから♡」 「いや、勝手に既成事実つくるな!?」 そして、隣のガウルが妙な圧とともに、静かに確信めいた一言を落とす。 「……言っておくが、最初に唾をつけたのは俺だからな」 「いや、縄張りみたいに、俺にマーキングするな……!?」 相変わらず俺の人権は行方不明だけど―― たとえこの家を出ることになっても、きっと俺は一人じゃない。 胸の奥に、じんわりとあたたかい灯がともった気がした。 *** 魔法省管轄の施設から獣人ショタを救出する作戦決行まで、あと四日。 (……いや、我ながらこの作戦名、もうちょっとなんとかならなかったの!?) そんなツッコミを脳内でかましつつ、いつものようにギルドへ向かっていると、街全体がやけにざわついているのに気づいた。 「なんかさ、最近やたら人が多くない?」 俺の問いに、隣を歩いていたガウルが周囲を一瞥し、軽く頷く。 「ああ。明日から三日間、建国記念の祭りがある。他所の街からも人が集まってきてるらしい。しばらくは賑やかになるぞ」 「へえ、建国記念日……」 聞き覚えのある響き。でも、俺には縁遠い言葉だった。親に連れられて祭りに行った記憶なんて、一度もない。 いつも他人事みたいに過ぎていっただけで――だから、すっかり忘れてた。 そんな俺の顔をじっと見ていたガウルが、不意にぽつりと呟いた。 「行ってみるか?」 「えっ、いいの? ……って、いやちょっと待って!? これから国家に喧嘩売ろうとしてる俺たちが、建国記念日祝ってていいの!?」 自分で言って自分でツッコむ俺に、アヴィがくすっと笑って言った。 「いいじゃないですか、ご主人様。どうせなら気晴らしに、しっかり楽しみましょう」 「そうだよユーマ! こういうのは“楽しんだもん勝ち”って言うでしょ〜♡」 なんだそのポジティブな乗り方……と思いつつ、浮かれた二人の顔を見ていると、なんだか悪い気もしてこない。 「……そっか。うん。じゃあ、明日はギルドの仕事は休みにして――みんなでお祭り、楽しんじゃおっか」 「やったー! ユーマとデートだ♡」 はしゃぐクーの声にかぶせるように、前を歩くガウルがちらりと視線を寄越した。 「祭りの期間中、夜には花火も上がるぞ」 その言葉にアヴィが小首を傾げる。 「花火……とは?」 俺は思わず笑って、アヴィの方を振り返る。 「そっか。アヴィは、花火を見たことなかったんだな。じゃあさ――明日、みんなで一緒に見よう。すっごく綺麗だからさ」 アヴィはほんのわずかに目を細め、口元に淡い微笑みを浮かべた。 「……本音を言えば、ご主人様と“二人きり”が理想でしたけどね。 まあ、今回は――妥協してあげます」 ふふ、と冗談めかすように口元をゆるめたアヴィに、すかさず「性格が悪い」「なんか上から目線!」と軽口が飛ぶ。 そんな何気ないやり取りに、俺は肩の力を抜いて笑った。 “建国記念日”なんて、俺たちにとってはただの賑やかな日常の一部で―― それでも、このひとときがどこか愛おしくて。 束の間の平和を、ぎゅっと胸の奥に抱え込むようにして、俺はみんなを順に見やりながら、そっと目を細めた。 *** その日の午後。 ギルドで依頼達成の報告と、討伐したモンスターの素材を納品し終えた俺たちは、 帰り道ついでに街の市場へ立ち寄り、夕食用の食材を調達してから家路につくことにした。 「祭り本番前って感じの賑わいだなー……朝より明らかに人増えてる」 市場のある大通りは、朝以上の人出で賑わいを見せていた。通り沿いの家々や店先には、建国祭を祝う花飾りや色とりどりのランタンが揺れていて、街全体がどこか華やいで見えた。 露店で豆と野菜を買い終えたところで、店主が人懐っこい笑顔を向けてきた。 「兄ちゃん、こっちの芋もどうだい? 今年は豊作でね、安くしとくよー」 「なにこれ、ジャガイモもどきじゃん! おじさん、それください! たくさん買います!」 「まいどっ!」 俺が元気よく返事をして麻袋を受け取ったその横で、ガウルが微妙な顔をしていた。 「なに、ガウル。芋嫌いなの?」 「……食感が、どうにもな」 「揚げて食べたことある? フライドポテト的なやつ」 「いや。スープに入ってるのしか食べたことない」 「人生損してるって! フライドポテトは正義。油と塩の魔力だよ。子供にも大人気」 「……誰が子供だ」 不機嫌そうに唇を引き結ぶガウルに、俺はふっと笑った。 「じゃあ今日、揚げてやるよ。大人向けに、カリッと仕上げたやつな」 そこへ、クーがぴょんっと俺の背後から顔をのぞかせてきた。 「オレ、大盛りでお願いね♡ ユーマのごはん、なんでも美味しいもん!」 「はいはい。クーの分は“お子様ランチ”仕様にしといてやるからな」 「ほんとー? やったぁ♡」 デカい図体に似合わず“お子様ランチ”で大喜びするクーに、思わず苦笑いしてしまう俺。 そこへアヴィが、涼しい顔でふっと微笑んだ。 「それより――ご主人様の手料理という時点で、既に全メニューがご馳走ですよ。 ……もしよければ、作り方を教えてくれませんか? 僕もお手伝いします」 「うん、ありがとな。でも適当に切って素揚げするだけなんだけどな、これ」 くだらない話で盛り上がっていたその時―― 「おっとっと!?」 不意に、足元に小さな何かがぶつかってきた。 下を見ると、転びそうになった俺を見上げる、小さな女の子がいた。 「ごめんっ、大丈夫?」 「うん! あのね、お兄ちゃんに、これあげる!」 女の子はにこっと笑って、何かを差し出してきた。 それは、小さく二つ折りにされた紙切れのようなものだった。 受け取って開いてみると―― 中には、まるで魔法陣のような、見たことのない文様が描かれていた。 「……? これ、何?」 女の子がくるりと振り向いて、広場の向こう側――民家の壁際を指さした。 「あのね、あそこにいるおじちゃんが、お兄ちゃんに『これ渡してきて』って……」 俺は思わず、指さされた方を目で追った。 人々が行き交う喧騒の向こう―― その中に、白いローブをまとった男が、一人だけ浮くように静かに立っていた。 「じゃあね」 女の子がぽつりとそう言って、俺の手に紙切れを渡すと、そのまま人混みの中へと消えていった。 (……誰、あれ) 目が合った、と思った。その瞬間だった。 視界が、ぐにゃりと歪んだ。 まるで、自分だけ時間の流れから切り離されたみたいな――そんな感覚。 (……なにこれ……) 心臓の音が、一拍遅れて聞こえる。 足元から、感覚がすうっと抜けていく。 その時―― アヴィとクーが、俺の名を叫んだ気がした。 ドサッ。 ガウルが振り向くと、そこにユーマの姿はなかった。 代わりに、アヴィとクーが言葉を失ったまま立ち尽くしている。 その視線の先――足元には、さっきまでユーマが手にしていた麻袋と、そこから飛び出した芋が無残に転がっていた。 「……ユーマ?」 呼びかけても返事はない。 耳の奥で、何かがザァッと音を立てた気がした。 理解が追いつかない。手足はじわじわと熱くなるのに、心臓だけがスッと冷えていく。 身体の中心が、どんどん空っぽになっていくような錯覚。 「――ユーマ!?」 もう一度声を上げた。今度は怒鳴るように。 だが、空気を打った声は虚しく弾け、返ってくるのは沈黙だけ。 焦りが喉を焼く。言いようのない不安が胸を締めつけ、ガウルはぐしゃっと麻袋を掴み上げた。 そこにあるのは、確かにユーマの持っていた袋だ。 間違いない――でも、肝心の本人だけが、どこにもいない。 「どういうことだ……どこに行った……!?」 拳を強く握る。すでに呼吸は乱れている。目の奥が熱く、頭の中がうるさくなってきていた。 「クソッ……なんで気づけなかったッ!!」 「ガウルさん! さっき、あそこに白いローブの男が……っ」 「ダメだよアヴィ、もういない……姿が消えてる」 (まさか……連れていかれた?) アヴィは震える指先で、地面に落ちていた紙切れを拾い上げた。 そこには、見覚えのない、歪な文様の魔法陣。 「ガウルさん、これ……!」 アヴィの声に、ガウルは紙をひったくるように受け取り、素早く目を走らせる。 「その紙を子供から受け取った、ほんの一瞬後なんです。ご主人様が……霧のように、掻き消えて……っ」 ――転移魔法か? しかも、周到に仕組まれた――! 考えるよりも先に、体が動いていた。 「どこへ行くんですか、ガウルさん!?」 「……決まってるだろ。魔法省だ。ユーマを、取り返す」 「一人で行く気ですか!? いくらガウルさんでも、単身で魔法省に踏み込むのは危険ですよ……! 一度、落ち着いて――」 「落ち着いていられるか!!」 怒鳴ったガウルの声は、確かに荒れていた。 だがその奥にあるのは怒りではない。“焦り”――それも、自分を責めるような色が滲んでいた。 「ユーマが……ユーマが攫われたんだぞ……!」 振り返った彼の目は血走り、握り締めた拳がわずかに震えている。 「……お前は、悔しくないのか!? 目の前でユーマを攫われて、なんでそんなに冷静でいられるんだよッ!!」 ガウルの怒声が響き、通行人たちは驚いたように足を止める。 「……なんか怖そうな人達が揉めてる」「関わらないほうがいいよ」と小声が飛び交い、誰もが距離を取るように足早に通り過ぎていく。 そんな視線の中で、アヴィはわずかに瞼を伏せた。 そして――低く、鋭く、吐き捨てるように言う。 「……僕が“冷静”に見えるのなら、それは――あなたが、僕の中を見ていないからです」 その声は淡々としていながら、張り詰めた糸のように危うかった。 皮膚のすぐ下で燻る激情が、今にも爆ぜそうな気配を孕んでいる。 「取り乱すだけでご主人様が戻ってくるなら、今すぐ叫んで、暴れてみせますよ」 アヴィの視線がガウルを真っ直ぐに射抜く。 その瞳は氷のように冷たく――けれど、奥底には焼け付くような熱が潜んでいた。 「ご主人様を取り戻すために。無駄な一秒すら、今は惜しい」 今にも掴みかからんばかりの勢いで詰め寄るガウルに、アヴィも一歩も引かず、真っ直ぐにその眼差しをぶつけ返した。 ――その二人の間に割って入るように、クーの声が響く。 「やめてよっ!! 今は、そんなこと言い合ってる場合じゃないでしょ!? そんなのしても、ユーマは戻ってこないんだから!!」 クーの瞳が揺れている。 きっと、いちばん怖いのはクーだ。 けれど、それでも――彼は震える声を、必死に振り絞っていた。 ガウルはしばらく黙っていた。 やがて、ゆっくりと息を吐き出し、顔を伏せたまま、額を押さえる。 「……悪い。俺が、一番冷静じゃなかった」 苦しげにそう呟いたとき、アヴィがそっとガウルの肩に手を添えた。 「……いえ。僕も同じです。 冷静でいろという方が――無理な状況でした。ですが……今は、ご主人様を取り戻すために、最善の策を考えましょう」 その言葉に、場の空気が少し落ち着きを取り戻す。 「うん……そうだよ」 クーが、ぽつりと呟いた。 「喧嘩してる場合じゃないし……ユーマを見つけるために、今できることをやらなきゃ」 彼は不安げに視線を落としながらも、しっかりと前を向いた。 「まずは、ご主人様がどこにいるのか、可能性を一つずつ絞り込みましょう。痕跡や手がかりを丹念に洗い出して――必ず見つけ出します」 アヴィのその言葉に、ガウルが顔を上げた。 その目には、さっきまでとは違う、獣のような鋭い光が宿っている。 「……奪われたんなら、取り返すだけだ」 3人は一度、家に戻った。 ダイニングテーブルの中央には、さっき拾った紙切れがぽつんと置かれている。 そして、その隣――いつもならユーマが座っているはずの椅子が、ぽっかりと空いたままだ。 ただの空席であるはずのそれが、今はやけに胸を締めつけた。 「……ユーマ」 ガウルは祈るように手を組み、そのまま額を預ける。 深く息を吐きながら、こぼれるようにその名を呼んだ。 「大丈夫。ユーマは……きっと戻ってくるよ」 根拠なんて、どこにもない。 でもそれは、ガウルを励ますためというより―― クー自身が、そう信じていたかっただけなのかもしれない。 アヴィが、静かに口を開いた。 「……あの広場にいた、白いローブを纏った男。これまでの使者とは……明らかに“格”が違いました。 気配も足音も感じさせず、まるで空気のようにそこに現れ、僕たち獣人の勘をも欺くほどの手練れ――並の者ではありません」 魔法省の手先は、ユーマの弟を帰したあとも、しばらくあとを絶たなかった。 恐らく、弟が兄を庇ってついた嘘が、すでに見抜かれていたのだろう。 その度に“始末”して――ようやく諦めたように姿を見せなくなった矢先の出来事だった。 「……転移魔法というのは、魔法使いなら誰にでも使えるものなのか?」 「いいえ。あれを扱える魔法使いは、ごく一部です。たいていは、魔法省の上層部か……もしくは、宮廷魔導師クラスのはず」 「宮廷魔導師……。じゃあ、今回の計画がどこかから漏れて、ユーマだけ狙って攫われたって可能性は?」 「……否定はできません。十分ありえます」 「クー。嗅覚ならお前の方が上だ。この紙切れから、何か分からないか?」 「うん、やってみるね」 クーはテーブルに置かれた紙片に手を伸ばし、そっと拾い上げて鼻先に近づけた。 「紙とインク……それに、ユーマの匂いも少しだけ残ってる。あと……なんだろう、花みたいな、ふわっとした香り。……でも、ごめん。オレ、この匂い、覚えがないや」 ガウルが無言で手を差し出す。 紙片を受け取ると、クーと同じように鼻先へ。 クーが言っていた、“もうひとつ”の香り。 ほのかに立ちのぼるその香は、確かにどこかで―― 「……この匂い……どこかで……」 ガウルの眉がわずかに動いた。 記憶の奥を探るように、瞳に微かな戸惑いが宿る。 どこだ……この香り、記憶のどこかに引っかかってる。 確かに、一度は感じた匂いだ。 思い出せ。焦るな…… きっと、これがユーマの居場所の手がかりになる。 いつだ? いつの匂いだ……? 香のような匂い。それを嗅ぐ機会があるとしたら……。 ……そうだ。この匂い、思い出した。 まだ俺が、プラチナランクに上がる前のこと―― 王都まで行く行商人の護衛依頼を受けた時だ。 積み荷の中に、この匂いとそっくりなものがあった。 鼻に残る、微かに甘く、どこか香のような匂い。 依頼人の男は、荷の上で誇らしげに胸を張って言っていた。 「これは特別な品だ。王城に納めるんだよ」と。 ユーマを狙ったとなれば、真っ先に疑わしいのは魔法省だ。 だが――もし“宮廷魔導師”が関与しているのだとしたら、話はまるで別になる。 王族に連なる立場の者が、なぜユーマを? たとえ計画が漏れていたとしても、“ユーマだけ”を狙って攫ったことには、やはり違和感がある。 ……いや、最初から“ソウルリターナー”として、王家の意向で確保しようとしていた可能性も考えられる。 いずれにせよ、魔法省も、そして宮廷も王都にある。 ならば――王都へ行けば、何かしらの手がかりは掴めるはずだ。 そして、ユーマがそこにいるのなら――この匂いを辿って、必ず見つけ出す。 「……何か、分かりましたか?」 アヴィの静かな問いに、ガウルは短く息を吐き、視線を真っ直ぐに返す。 「……王都へ行く。ユーマがそこにいる可能性が高い」 「王都には検問があります。正面から行く気ですか?」 「……バカ正直に門をくぐるほど、間抜けじゃない。夜のうちに壁を越える」 「ねぇ、ユーマ……生きてるよね……?」 クーがうつむいたまま、かすれた声でつぶやく。指先が不安げに揺れていた。 アヴィが視線を逸らさず、冷静に言った。 「……命が狙いなら、もっと直接的な手段をとっていたはずです」 「そうだな」 ガウルが低く頷く。 「ユーマみたいな力を持つやつを、わざわざ攫って殺す理由がない」 「……行きましょう。みんなで、ご主人様を迎えに」 「……うん」 その一言で、迷いは断ち切られた。 焦る気持ちを、ぐっと押し殺す。 不安や悔しさに呑まれそうな心を、ただ一つの想いで支えていた。 ユーマを、取り戻す。 今度は、必ず――あいつの手を離さない。

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