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第22話 俺とお前とかき揚げうどんと進化論

俺は―― 知らなくていい世界を知ってしまった。 もうダメだ……俺、帰ってこれない。 目の前がキラキラして、天井がグルグル回ってて、筋肉が尊くて。 こんな快感が存在してたなんて、誰が想像できただろうか。 世界は広くて、筋肉は奥深い。 ちょっと待って、俺って何属性だったっけ!? どっち!? どっちの民なの!?!?! ……ああ、誰か俺の記憶を消してくれ。 いや、やっぱこのままでいい。 この快楽は墓まで持っていく。 聞くな、掘るな、触れるな。完全封印案件。 ……って言いながら、明日も同じことしてたら、俺はもうそういう人間なんだと思う。 まどろみの中で、誰かの指が俺の髪をそっと梳いているのがわかった。 その手つきが、驚くほど優しくて――つい、そのまま意識が溶けそうになる。 でも、ふとした瞬間に目を開けてしまった。 そしてすぐに気づく。 その手は、ガウルのものだった。 目の前にある彼の顔。 そして……あと数センチで、唇が触れてしまいそうな距離。 「……眠れたか?」 低く優しい声と、額に落ちたひと筋の銀髪。 寝起きの頭が一気に覚醒した。 (え、ちょ……ちょっと待って!? 何この距離!?) 慌てて体を起こそうとしたら、今度はすぐ傍らで膝をついていたアヴィが、そっと手を取って囁いた。 「おはようございます、ご主人様。……朝食の準備ができています」 真面目な微笑みに、どこかいつもよりも優しげな色が混ざっていて――ドキリとした。 そして最後に、足元側のベッドの縁に腰掛けていたクーが、するりと身を寄せてくる。 「ユーマ、朝ご飯いっしょに食べよ♡」 正面から頬をすり寄せてくる分厚い胸板の包容力に、理性がぐらつく。 (なにこの状況!?!?) 俺、いつの間に逆ハーレム夢主ポジションになったんだ?? ていうか昨夜の“アレ”のあとで、どういう顔して三人と向き合えばいいのか分からないんですけど!? なのに全員、以前にも増して妙に距離が近いって……何この全方位からの“甘やかし包囲網”!?!? (……とりあえず、朝ご飯食べながら考えよう) 心も胃も、朝から消化不良のフルコース。 でも……俺って、つくづく優しいよな?? 普通この状況、さっさと荷物まとめて夜逃げコース一択だろ。 三人ともイケメンマッスルな地雷だぞ? 常識的に考えて危険物だぞ? なのに、逃げない俺がここにいる。 たぶんそれは―― 一度、情が沸いたら、もう簡単には引けないから。 考えてもみろよ。 小さくて可愛くて、懐いてきた子犬を大事に育ててきたのに、数年後、クソデカな猟犬になったからって「ハイ解散」なんて―― できるかよ!!? いや、犬と同列にするのはどうかと思うけど。 でも今の俺の心境、本気でそれに近いから困る。 俺? うん、糞ビッチな自覚はあるけど、なにか? ──文句ある? いやマジで。 俺に手を出してくる奴らがみんなイケメンってどういうこと!?? こっちが何人いると思ってんだよ!? 一人だからな!? それなのに、朝起きたら隣にガウル、昼にはアヴィに口説かれ、夜はクーがベッドに入り込んでるんだぞ? 三交代制かよ!? ていうか、 押し倒してくる奴が多すぎんだよ!! 何!? 全員発情期かよ!? 命がいくつあっても足りねぇわ!!! ……あのな、 俺だって最初は清い心だったんだよ。 「恋ってひとりにするもんでしょ?」とか思ってた。ええ、過去形です。 でも気づいたら、 みんな俺のことを「僕のもの」だの「あんたのもの」だの言い出してさ…… だったら全員まとめて幸せにしてやるよ、ビッチ道を極めてな!! ――うん、もう開き直った。 俺、清純派ビッチとして生きていく。 後悔は……ない。 朝食は、驚くほど平和に始まった。 テーブルにはアヴィ特製のスープと焼きたてのパン。クーがてきとうに切ってきたらしい果物が山盛りで、ガウルが淹れた濃いコーヒーの香りが立ちのぼる。 ……完璧すぎて怖い。 三人とも笑顔だった。 それぞれが俺にだけ優しかった。 「ユーマ、コーヒー。熱いから気をつけろ」 無表情のまま、ガウルが俺のカップに濃い色のコーヒーを注ぐ。 その瞬間、ふわっと立ちのぼった香りに――俺の背筋がゾワッとした。 (……ちょ、待て!? この香り……まさかの高級豆じゃない!? 魔法貴族の実家だって、あれ飲んでるの見たことなかったぞ!?) (……いや、まあウチ貧乏貴族だったけどさ!!) 「ガ、ガウル……これ、もしかして……」 「ああ。ポケットマネーだ。気にするな」 (気にするわ!! この一杯で塩何袋買えると思ってんだよ!?) 「い、いや、俺にはもったいないっていうか……ほら、客人が来たとき用とかにさ……」 「……あんたのために用意した。なんで他人にやらなきゃならない」 さらりと、当たり前みたいに言い放つガウル。 その顔にまったく悪気なし。むしろ誇らしげな気配まである。 (くっ、そういうとこだぞ……!! イケメン筋肉……ッ!!!) するとアヴィがすっと俺のカップに手を伸ばし、当然のようにひと口。 「……香りはいいですね。味は――」 「勝手に飲むな」 ガウルの低音、即ツッコミ。 「毒味です。ご主人様が飲むものに、万が一毒でも混入していたら――」 「ないよ!? 誰が毒入れるの!? この朝の流れに!?」 そこにクーが勢いよく割り込んできた。 「オレも飲むー!」 「どうぞ」 アヴィ、即パス。 「おい」 ガウルの低音が一段深くなる。 「にっっが!! なにこれ!? ……はい、ユーマあげる!」 「いやいやいや!! なんで“回ってきた感”出してんの!? それ俺のだってば!?」 三人に回されたコーヒーが俺の前に戻ってくる。 高級豆とは。いったい。 そのとき、不意にガウルが動いた。 「……ユーマ、それ、飲まなくていい。淹れなおす」 「えっ……?」 「口つけられたやつは、嫌だろ。……俺が淹れなおすから、待ってろ」 静かにキッチンに戻りながらそう言ったガウルの背に、アヴィがすぐさま反応した。 「心外ですね。まるで僕たちが、ばい菌みたいじゃないですか」 「ガウル、神経質すぎ~。オレたち家族じゃん?」 「お前らが無神経すぎるんだろ」 ガウルの声、低音ストレートパンチ。 (いやもう……朝からこの三人の温度差が激しすぎて、俺の胃がついていかない) ああ……でも、平和だな。 前世では、こんなふうに食卓を囲む相手もいなくて、毎日がただの繰り返しだった。 それに比べたら、筋肉だらけのこの家も――うん、全然いい。 思い描いてた理想とは少し違ってしまったけど。 でも、誰かがそばにいるって、やっぱり……あったかい。 (……仲間って、いいな) そう、思ったその時だった。 コン、コン。 玄関のドアが、控えめに二度、ノックされた。 その音に、全員の動きが止まった。 コーヒーの香りだけが、まだ空気に残っている。 「……誰だろ?」 立ち上がろうとした俺を、 クーがそっと手で制した。 「……オレが出る」 声にはせず、けれどまっすぐな目で、そう告げてくる。 ガウルもアヴィも、どこか張り詰めた気配をまとっている。 クーがそっと玄関の扉を開けた――その瞬間、俺は思わず目を見張った。 そこには、とんでもない大男が立っていた。 (……いや、クーよりデカいって何!? どんだけ巨大なんだよ!?) でかすぎて、男の顔は―― 玄関の鴨居の上に、完全に隠れて見えなかった。 「失礼する」 低く、落ち着いた声とともに、男が玄関のドアをくぐって入ってくる。 その瞬間、ようやく顔まで見えた彼の全身像に、思わず息をのんだ。 ――熊獣人(ウルスス種)。 クーと同じ種族、けれどクーを遥かに凌ぐ体格。 そして、右腕の――二の腕から先が、なかった。 (……この人、まさか……) 「……オロ?」 無意識に名前が口を突いて出る。 それと同時に、目の前の巨躯が、静かにうなずいた。 「……とう、さん? ……その姿……」 思わず漏れたクーの声は、驚きとも戸惑いともつかない震えを帯びていた。 そして、オロの返答は――淡々と、だがどこか遠くを見るような響きだった。 「ああ。……戻れた」 一拍置いて、彼は続けた。 「お前たちと別れて、しばらくしたある日……まるで呪いが解けるみたいに、目が覚めた。気がついたら、この姿に戻ってた」 静かだった。 でも、その言葉の端々には、言葉にしきれない想いと、覚悟の重さが滲んでいた。 「……父さん!」 クーの声が上ずった。 次の瞬間、大柄な体に似合わない勢いで――涙を浮かべたまま、オロの胸に飛び込んだ。 「お、おい……」 オロが少しだけたじろぐ。 だが、次の瞬間には優しく片腕でクーを受け止め、ふっと目尻をゆるめた。 「クー……少し見ない間に、でっかくなったな」 オロはゆっくりとクーの肩に手を置き、その顔をじっと見つめた。 まるで、何かを確かめるように。 「……“見つけた”んだな。お前は、ここで」 「……? 見つけたって……何を?」 クーが首をかしげる。その表情はいつも通りの素直なものだったけど―― オロはそれを見て、ふ、と小さく笑った。 「なんだ、自覚はないのか。まあ、それならそれでいい」 一拍の間のあと、オロの視線がこちらに移る。 「――ユーマ。少し、中で話せるか?」 その声は静かで、けれど決して断れないような、妙な圧があった。 気がつけば、俺は黙って頷いていた。 ダイニングの椅子に、オロは遠慮の欠片もなくどっかりと腰を下ろした。 椅子がミシッと悲鳴を上げたのは、気のせいじゃないと思う。 聞けば、クーの匂いを頼りにここまで来たらしい。 いや、獣人の嗅覚ってどうなってんの!?とツッコミたくなったけど、 そういえば昔、俺をストーキングしてきたガウルも、同じようなことを言ってたっけ。 ……うん、深く考えたら負けだ。そっと飲み込んだ。 俺は急いで、テーブルにもう一つマグカップを置き、ガウルのコーヒーを差し出した。 「……どうぞ」 その横顔をじっと見つめるのは、明らかに納得してないガウルだった。 (いや……分かるけど! その豆高いもんな!? 分かるけど!) でもガウルは何も言わなかった。 ただ、なんともいえない顔で静かに口を結んでいる。 「ユーマ、まずは礼を言おう。クーの面倒を見てくれたこと、感謝する」 真正面からそう言われて、俺は思わず背筋を伸ばした。 その声には重みがあって、礼なんて言われ慣れてない俺には、ちょっとくすぐったいような、居心地の悪さがあった。 「あ、いや……そんな、俺はただ自分にできることをしただけで……。あの、もしかしてそれを伝えに来たんですか?」 オロはコーヒーをひと口飲み、ゆっくりとカップを置いた。 その手つきが、なぜかやたらと静かで、逆に緊張感を煽ってくる。 「……いや、それもあるが」 低く落ちたその声に、思わず息をのむ。 「実はユーマ。お前に、ひとつ確認したいことがある」 「……?」 「俺の、あの“化け物”になった呪い――あれを解いたのは、お前か?」 心臓が、ドクンと跳ねた。 その時―― ふと、一つの答えが、脳裏に浮かんだ。 “ソウルリトリーバル”。 リセルが言っていた、呪いやトラウマに囚われた魂を癒し、失った希望を取り戻すための魔法。 あのときは、ただ話として聞き流していたけど……まさか、本当に俺が、それを――? オロが“戻った”という話に、妙な納得感があった。 俺が意識せずにあの魔法を使っていたとしても、オロの呪いが解けたことに、説明はつく。 そうだ。クーを守るように、俺たちの前に立ちはだかったとき―― あの時のオロは、もう“自分”をほとんど保っていなかったはずだ。 理性も、言葉も、獣じみた本能の奥に沈んでいて……。 それでも、俺は……その目を、まっすぐ見た。 恐怖じゃなく、怒りでもなく――ただ、ひとりの親として、あの人を見たんだ。 そして俺は、いつものようにヒールをかけた。ただ、それだけだった。 ――もし、あれが“ソウルリトリーバル”だったとしたら。 (……マジかよ。俺、本当に使えてたのか? そんな、たいそうな魔法……) 「……正直、俺にも分からないんです」 言いながら、自分の言葉に自信が持てないのがわかった。 「弟が、“兄さんにはその力がある”って言ってくれただけで……自分の目で確かめたことは、まだ一度もなくて」 静かに沈黙が落ちる。 その中で、アヴィが穏やかな声で口を開いた。 「……オロさんと同じように、僕も――ご主人様に“救われた”一人です」 彼の声には、いつになく重みがあった。 「それが、ご主人様の魔法の力によるものなのか……証明はできません。 ですが一つだけ確かなことがあります」 アヴィは一瞬、ガウルとクーへ目を向けてから、真っ直ぐにオロを見た。 「――魔法省は、ご主人様の力を見過ごしていません。……もう、“ただの癒し手”として放っておくつもりはないように感じます」 オロはゆっくりと頷いた。 「……そうか。やはり、お前の力だったかもしれんな」 少し間を置いて、続ける。 「実は――姿が戻ったあと、昔の仲間たちと合流したんだ。 ……その中にいた一人の話だ。そいつの息子が、魔法省に連れ去られたって聞いてな。 俺は……どうにかして助け出せないかと、ずっと裏で動いていたんだ」 俺は、背中にじっとりと汗をかきながら、慎重に口を開いた。 「……それって、まさか……軍事利用のために、連れ去られたってことですか?」 オロの顔に、はっきりとした怒気が滲む。 「ああ、十中八九な。獣人は、生まれつき力が強い。だからあいつら、狙うのは決まって“男の子供”だ。 転移魔法を使って、連れ去った後は行方をくらます。……どこまで汚ねぇ手を使うつもりなんだか」 俺は、目の前のガウルたちを順に見渡してから、おそるおそる口を開いた。 「あの、やっぱり……獣人って“進化”すると、ここにいるみんなみたいにバカ力っていうか、規格外のパワーを手に入れるもんなんですか?」 オロは一度だけ頷いた。 「――ああ。だがな」 と、そこで言葉の調子が変わる。 「どれだけ管理して育てようが、閉じ込めておこうが……“進化”なんて起きやしない。 男しかいない、抑えつけられた環境で、俺たちは進化なんてしないんだ」 「……じゃあやっぱり、俺の――かき揚げうどんが……?」 「ん? なんの話だ?」 「いやっ、あの!! ここにいるガウルとクーとアヴィなんですけど!! 俺が作った“かき揚げうどん”を食べた翌日に、全員そろってマッスル進化してたんです!!」 「…………」 「これ、原因俺じゃないですか!? うどんに何か入ってたとか!? 進化触媒とか混入してたとか!?」 「――確かに、“原因”はお前にある」 「ヤッパリィィィィィ!?!?」 「落ち着け。たぶんその“なんちゃらうどん”は関係ない。俺たちが進化する条件は――“伴侶の存在”と“安らげる生活”だ」 「…………えっ?」 (……はんりょ? 今、“伴侶”って言ったよな……?) 「ちょ、ちょっと待ってください……!? お、俺、男なんですけど――!?!?」 「……まれに、そういうこともある。男同士でも、女同士でもな。 だが――どちらにせよ、抑圧された環境じゃ、“伴侶”がいたとしても進化には至らん」 (……え? え?? ちょっと待って?? 俺、ガウルとクーとアヴィに――無許可で“番《つがい》”認定されてたってこと!?) 「……クー。お前が進化したってことは、つまりユーマを“伴侶”として選んだってことになるんだ」 クーは無邪気に笑って言う。 「うんっ! オレ、ユーマ大好きだよ!」 (うわああああああ!!!!!) 「……ユーマ。お前はクーの選んだ男でもあるが、俺たちの恩人でもある。これからもクーをよろしく頼む」 「いやいやいや!? ちょっと待って!? なんか結婚の挨拶みたいになってない!?」 「頼んだぞ、ユーマ」 横でクーは満面の笑み。 「よろしくね、ユーマ♡」 (なにこの“既に祝言済ませました”みたいな空気!!!) すると、横からアヴィの低い声がすっと割り込んできた。 「……ふふ。第一夫人の座は、譲るつもりはありませんけれどね」 その言葉に、ガウルが静かに続ける。 「……なら、俺が正妻だ」 (ちょ、待って!? “俺がガ◯ダムだ”みたいなノリで宣言しないで!? ていうか、“第一夫人”と“正妻”って同じ意味じゃないの!? なんでみんなして、俺の“妻の座”を本気で取り合ってんの!?!?) そこへ満面の笑みでクーが口を挟む。 「え〜、オレ愛人ポジ〜? ……でもさ、愛人ってなんだかんだ一番愛されたりするよね〜♡」 (クー!! お前まで“お義父さん”の目の前で爆弾発言すんなーーーっ!!!) そんな俺の絶叫をよそに、オロが顎をさすりながら笑顔でうなずいた。 「……じゃあ俺は通い妻にでも立候補するか」 (やめて!? お義父さんまでノらないでぇぇぇ!?) 「冗談はさておきだ」 急に真顔に戻ったオロの声に、場の空気が一気に引き締まる。 「――ユーマ。本題に入るが……お前を見込んで、頼みがある」 その一言で、空気が一変した。 オロの瞳には冗談の色は一切なかった。ただ、深い憂いと、強い決意だけが滲んでいる。 「魔法省に――連れ去られた子供たちを、助けてほしいんだ。……そのために、お前の力を借りたい。協力してほしいんだ、ユーマ」 オロの声は低く、静かだった。けれど、その奥に込められた強い意志が伝わってくる。 「魔法省が子供たちを収容している実験施設は、極めて巧妙に隠されていた。俺がクーを連れて逃げ出したあと、さらに場所を移されて追跡も難しくなっていたが……ようやく、ついにその位置を突き止めた」 少し言葉を切って、オロは厳しい目で俺を見る。 「だが、そこにいるのは“ただの子供”じゃない。中には、かつての俺のように完全に獣化してしまった者もいるかもしれない。あるいは、心を壊されて、もう何もわからなくなっている子もいるだろう」 握りしめた拳が震えていた。 「だからこそ、ユーマ……お前の魔法が必要なんだ。お前なら、彼らを“救う”ことができるかもしれない」 オロに協力するということは、すなわち――国家を敵に回す可能性がある。 それでも、魔法省がそんな非道なことをしているのを、見て見ぬふりなんてできるはずがなかった。 もし俺がここで目を背けたら。 きっとまた、後悔する。 それに―― (……きっと俺は、この場所で、今一緒に笑ってくれているみんなと並んでいる資格さえ、失ってしまう気がする) だから俺は、迷わず言った。 「……はい。分かりました。俺でよければ、協力させてください」 オロの目がわずかに見開かれる。そして静かに頷いた。 「礼を言う、ユーマ。……実は5日後、仲間たちと共に、施設を襲撃する手はずを整えている。お前には、そこへ同行してほしい。もちろん、危険がまったくないとは言わん。だが――」 「――俺が守る」 ガウルの声が遮るように割って入った。 鋭く力強い瞳で、俺をまっすぐ見て言い切る。 「ユーマを危険に晒すくらいなら、俺が全部引き受ける。命に代えても、守り抜く」 「僕も行きます」 アヴィが静かに一歩前に出た。 その穏やかな笑みには、絶対に揺るがない決意が宿っていた。 「ご主人様が向かう場所なら、僕も一緒に行くべきです。……そうでしょう?」 「もちろんオレも行くよっ!」 クーはいつもの調子でにぱっと笑い、俺の肩に片手を回す。 けれどその瞳の奥には、いつになく真剣な光が宿っていた。 「だってオレ、ユーマを守るために強くなったんだもん。ね?」 ――ああ。俺は一人じゃない。 背中を預けられる仲間がいる。どんな未来が来ても、きっと大丈夫だと思える。 ……それが、こんなにも心強いなんて。 オロが、皆に向かって深く頭を下げた。 「……お前たちまで、すまない。よろしく頼む」 その日の昼下がり、俺はまた“かき揚げうどん”を作った。 今度はもう、足で踏まなくてもいい。 ガウルたちの腕力で練り上げた生地は、見事にモチモチの麺へと仕上がった。 湯気の立つうどんをすすりながら、クーとオロが三度もおかわりをするのを見て、思わず笑ってしまった。 ああ、本当に親子なんだなって。 ……だからこそ、許せなかった。 あんなにも自然に笑い合える家族を―― 引き裂く権利なんて、誰にもあるはずがない。 助ける。 この手で。 この仲間たちと――必ず、救ってみせる。 たとえ国家を敵に回してでも。 もう、誰一人として取り残さない。 静かに箸を置き、窓の外を見つめる。 変わらない日常の風景。けれどそのどこかで、ひとりぼっちで泣いている子がいる。 胸の奥に、静かに、確かに――熱い闘志の灯がともった。 ――必ず、俺たちが取り戻してみせる。

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