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第32話 ショタと筋肉と俺と、いつか魔法学院
ほどなくして、元魔獣の虎少年とリーヤは“危険性なし”と判断され、城の保護下から解放されることになった。
俺の魔力切れもすっかり回復。
愛しのショタたちが待つ天国――いや、客室へスキップで直行したい気持ちを必死に抑える。
なぜなら、背後にアヴィとクーとガウルがピタリと張り付き、完全に監視モードだったからだ。
「なんかユーマ、顔がにやけてる」
「前科2犯ですからね。監視は必須です」
「……この辺うろついてたら、俺たちに一報入れるよう、城のやつに頼んどくか」
(俺、いつの間にか凶悪犯扱いに……!?)
だが、誰に何と言われようと、これは俺にとって何よりも大事なことだ。
外から見れば平気そうに笑っていても、心の奥には消えない傷が残っているかもしれない。
ふとした拍子に悪夢のような記憶が甦ったり、時間が経ってから痛みに押し潰されることだってある。
――そんな思いを、もう誰にもさせたくない。
だから俺は、迷わず“ソウルリトリーバル”をかけることにした。
子どもたちの心が少しでも軽くなるなら、それでいい。
それが俺にできる、唯一の役目だから。
扉の前で、深呼吸をひとつ。
ノックを二度、軽く叩き――ゆっくりとドアを開ける。
その瞬間。
中にいた14人の少年たちの瞳がきらりと光り、俺を射抜いていた。
「――ッ!!」
慌てて扉を閉め、壁に手をつき、膝から崩れ落ちるように廊下へヘタり込んだ。
(こ、これが……これが“尊死”というやつか……!!!!)
救出作戦の最中は、必死すぎてそんな余裕なんて一欠片もなかった。
今になって押し寄せてくる破壊力に、心臓がバクバクと暴れる。
――その葛藤を容赦なくぶった斬るように、背後からガウルの低い声が響いた。
「……早く入れ」
眉間にシワを寄せたガウルに首根っこを掴まれ、そのまま俺はずるずると仔犬みたいにしょっ引かれながら部屋に押し込まれた。
(や、やめて……心の準備が……!!)
「はーい!ちゅうも〜く♡
ここにいるローブのお兄さんが、みんなに魔法をかけるよ〜♡」
クーの号令で、わらわらと子どもたちが尻尾を振り、耳をピコピコさせながら俺の周りに集まる。
きらきらとした期待の眼差しで、何が始まるのか俺を見上げてくる。
尻尾、耳、ケモショタ……尊い!!
そして……これ、完全に体操のお兄さんになった気分だ!!
(ちなみに体力テストは全項目、平均値以下の俺だけどな……)
よしよし、だいたいみんな魔法陣の範囲内に収まってるな。
「ちょっと、そのまま動かないでね」
俺はまず、一番近くにいたクーの肩にそっと手を置いた。
まだクーでは筋肉バフの効果を試していなかったので、試しにヒールを唱えてみることにした。
軽く息を整え詠唱すると、その魔法はクーの体を媒介にして自然に変化し、エクストラヒールとして周囲に広がった。
「……やっぱり、クーでもエクストラヒールになるんだな」
思わずつぶやいた俺に、クーはきらきらした目で笑いかけてきた。
「へへっ♡ オレもユーマの役に立てて嬉しいな!」
魔法陣の光が部屋いっぱいに広がると、光の粒がふわりと集まり、やがて小さな蝶の形を成して舞い上がる。
「……!?」
一匹、また一匹――光の蝶が宙を漂いながら、子どもたちの周りをくるくると飛び回る。
子どもたちは目を輝かせ、思わず「わあ!」と歓声を上げた。
「クー! ナニコレ……!?」
「んー? オレもよくわかんない。でもキレイだね〜♡」
この魔法陣、ガウルやアヴィのときとは明らかに違う。
……いや、もしかすると二人のときも違っていたのに、俺の目には見えていなかっただけかもしれない。
おそらくこれは、きちんと“鑑定師”に見てもらわなければ判別できない類のものだろう。
ヤバイな、俺の筋肉嫁たち……まだまだ俺の知らない一面がありそうだ。
でも、まぁ……いいか。
笑い声と歓声が部屋に満ちる中、光の蝶がふわりふわりと舞う幻想的な光景に、俺は思わず顔がほころぶ。
こんな瞬間も、みんなを救えたからこそ味わえる、小さな幸福なんだ。
あとは、この子たちを親元に返せるかどうかだ。
唯一身元が判明しているのは、オロの仲間の攫われた息子――ウルスス種の少年だけ。
ウルスス種は一人しかいなかったので、この子で確定だ。
それ以外の子たちは、親がどこにいるのかすら分からず、名前すら知らない子もいる。
種族によって、子どもの育ち方や暮らし方は大きく異なる。
クニクルス種のように群れ全体で子を育てるものもいれば、ウルスス種のように親子単位で暮らすものもいる。
また、かつてのクーのように“幼体”のあいだはずっと親元で守られる種族もいれば、ガウルと同じ狼種のように“幼体”であっても、一定の年齢を迎えれば親元を離れ、自立していく種族もいる。
ただ――どの在り方であっても、親が不要だからといって支援が不要なわけではない。
自由を奪われていた彼らには、生活を支え、導く存在がどうしても必要だ。
ひとまず俺たちは、子どもたちの特徴や名前をまとめたリストを何部か用意し、ウルスス種の少年を連れて、クーの父であるオロのもとへ向かった。
オロの居場所は、ガウルが把握していたのだ。
保護した獣人たちのリストを手渡しながら、俺は頭を下げた。
「お義父さん、これを仲間に広めてください」
オロは力強く頷き、すぐに獣人たちのコミュニティに情報が届くよう動いてくれると約束してくれた。
その際、感謝の抱擁をもらったのだが――ウルススの豪腕に全身を締め上げられ、俺の骨は悲鳴をあげた。……聞こえないふりをしたけど。
少年はオロの保護下に託され、責任を持って親元へと引き渡されることになった。
俺ができることは、もう全部やった。
俺の役目も、ここまでだ――そう思っていたある日だった。
その日、俺はグローデン国王に呼び出され、王の執務室を訪れていた。
多忙を極める国王が、わざわざ直々に人を招くなど滅多にあることではない。
ただの叱責や報告ではない――胸の奥でそんな予感が膨らんでいく。
豪奢な執務室の中央、王座のように据えられた椅子に腰掛ける国王は、相変わらず威厳に満ちていた。
だが、その眼差しが俺を映した瞬間、わずかに柔らぐ。
緊張を抱えながらも、俺は姿勢を正し、用意されたソファに腰を下ろした。
「ユーマ殿。礼を言うのはもう二度目になるな」
国王の声音は重く、それでいて温かい。
「魔法省の長官と職員ら十名――王政に無断で獣人の子らを攫い、非人道的な実験を繰り返していた一派を拘束できたのは、ベアトリス中尉らの勇敢な働き、そして……貴殿らが彼らに寄り添い、行動を共にしてくれたおかげでもある」
「いえ……俺は導かれたにすぎません。中尉たちがいなければ、どうにもできませんでした」
思わずそう口にするが、国王は小さく首を振る。
「導かれる者が、正しく動かねば事は成らん。
貴殿がいたからこそ、真実は露わになった。――その事実は変わらぬ」
威厳に満ちた言葉に、俺の胸の奥がじんわりと熱くなる。
「それと――もう一つ、伝えねばならぬことがある」
国王はわずかに表情を和らげ、手元の書簡を机に置いた。
「ユーマ殿。約束していた件だ。王都に、貴殿と妻たちのための家を用意した」
「……!!」
思わず息を呑む。まさか本当に実現してくれるなんて――。
胸の奥で「新居だ新居だ!」と小躍りする俺をよそに、国王は続けた。
「加えて――獣人の子どもたちの件だが。
側近からの話では、貴殿の妻たちに懐いていると聞いた。
そこで提案なんだが……、心のケアと日常の世話を新居で貴殿らに任せたいと考えているが、どうだろうか」
(な、なんだって……!?
新居+ショタ=楽園《パラダイス》ってことじゃないか!?!?)
「もちろん、親探しは国として全力で続ける。だが、それまでの間、あの子らを安心させられるのは、もはやユーマ殿とその妻らしかいまい」
国王の言葉は実に真摯だ。
だが俺の頭の中ではすでに「ショタハーレム in マイホーム」の文字がネオンのように輝いていた。
「……喜んで、お引き受けします!!」
勢いよく立ち上がり、思わず大声になってしまった俺に、国王が苦笑を浮かべた。
「……ふむ、返答が早いな。いや、助かる」
国王は机上の書類を静かに閉じ、真っ直ぐに俺を見据えた。
「……そして、ユーマ殿」
「は、はい……!」
「貴殿が“魔法を学びたい”と望んでいると聞いた」
「――え?」
思わず声が裏返る。
「実は先日、貴殿の妻たちから口添えがあってな。彼らは、ユーマ殿の志を何よりも尊重したいと語っていた。どうか学ぶ機会を与えてやってほしい、と」
――あいつら……。俺の知らないところで、そんなことを……。
「もし貴殿が望むのであれば――入学まで半年ほど待つことになるが、王立魔法学院への入学を許可しよう」
胸を突かれるような申し出に、呼吸が止まった。
(……え? 俺、王立魔法学院に通えるの……? いやいや、ちょ、ちょっと待て、これ裏口入学とかじゃないよな!?)
「まぁ、その場合は、普段は学院生として過ごし、宮廷魔道士として貴殿の力を借りたい時は、その都度呼び立てるという形になるだろうが……」
「あ、あの……学院って、才のある人しか通えないんじゃ……」
「何を言う。貴殿はミシェルを救った“才”を持っている。それで十分だ。――ただし、以前にも言ったが、この力について口外は禁止だ」
そ、そうか……。俺の“ソウルリトリーバル”って、ちゃんとした才なんだ。
今までずっと“おまけ”ぐらいにしか思ってなかったのに。
「……それと、学費についても心配するな。貴殿の妻らが、費用を工面すると約束している」
「ガウルと……クーと……アヴィが……?」
名前を口にした途端、胸の奥がじんわりと熱くなった。
三人の姿が脳裏に浮かぶ。
不器用なくせに、いつも真っ直ぐな瞳で俺を見守る顔。
時に意地悪を言いながらも、誰より優しく気遣ってくれる手。
軽口を交わしながら、いつだって力強く背中を押してくれる声。
――ああ、そうだ。
俺はずっと、あの三人に支えられてきたんだ。
俺の知らないところでも、変わらず、こうして守ろうとしてくれている。
胸が詰まり、喉の奥が震える。
言葉にならない想いが押し寄せてきて、呼吸すらうまくできない。
それでも、どうにか声を出そうとした瞬間――
「……っ、すみません……!」
堰を切ったように涙が零れ落ちた。
国王は目を細め、穏やかに頷く。
「……いい伴侶を得たな」
「……はい」
――胸にこみ上げる熱を抱えたまま、執務室を後にする。
足取りは自然と早まり、心はもう、あいつらのもとへ駆けていた。
「ユーマおかえりー♡ 王様からの呼び出し、なんだったの?」
居室に戻ると、開口一番クーが身を乗り出してきた。
「実はさ……王都に俺たちが暮らす家が準備できたらしいんだ。で、保護した獣人の子たちも、しばらく一緒に世話してくれないかって頼まれて……」
「承諾したのか?」
腕を組んだガウルが、鋭い視線だけをこちらに向ける。
俺は空いていたソファに腰を下ろし、気まずそうに答えた。
「う、うん……まぁ。だってほら、獣人同士だし、やっぱりお前たちに懐いてるだろ? 一緒にいた方が安心できると思ってさ」
(二つ返事で快諾したことは、黙っておこう……!)
「……ご主人様。本当は即答で“はいっ”て言ったんじゃありません?」
(――バレてるぅぅぅ!!!!!)
ため息をつくガウルの横で、クーは楽しそうに笑った。
「いいじゃん。賑やかになりそうだしさ。アヴィだって、リーヤのこと心配でしょ?」
「……それは否定しません」
アヴィは静かに頷き、ちらりと俺に視線を向けてから、少しだけ口を尖らせる。
「ですが――これ以上、ご主人様に“伴侶”が増えたら困ります」
「じゃあ、ユーマの部屋に外から鍵かけといたら?」
クーが悪びれもなく提案する。
「……念の為、手錠も必要じゃないか」
ガウルが真顔で続ける。
「むしろ、いっそベッドに縛り付けておいたほうが安全です」
アヴィがさらりと爆弾を投下した。
(やばい、俺の人権が……また行方不明になってるーーーー!!!!)
「いや、もう無理だってば!! お前ら三人がいるだけで――俺の心も毎日も、全部お前らで埋まってて、他のことなんて考えられねぇんだよ!! なんでこんなに目に映るもの全部、お前らばっかなんだよ……っ!」
勢いで反論したはいいけど――
(……これ、完全に愛の告白じゃないか!?)
気づいた瞬間、耳の先まで真っ赤になってるのが自分でも分かった。
やばい、これは死ぬほど恥ずかしい……!
しばしの沈黙。
三人の視線が、同時に俺を射抜く。ニヤニヤ笑いと一緒に。
「……ユーマ」
「な、なんだよ!!」
心臓が爆発しそうで、声が裏返る。
「冗談だよ♡」
にやりと笑ったクーが、わざとらしく肩を寄せてきた。
「〜〜〜〜っ!!」
(やめろォォォ!! 恥ずか死ぬ!!!!)
「やっと自覚したか」
ガウルが低く、どこか誇らしげに呟く。
「愛されてますね、僕たち」
アヴィが落ち着いた笑みで追い打ちをかけてくる。
「ユーマ、もう一回言って♡」
クーが小首を傾げて、悪戯っぽく囁いた。
「〜〜ったく、ほんとにおまえらは……」
俺は頭をがしがしとかきながら呟いた。
「ユーマ怒った?」
「……別に怒っちゃいねぇよ。ただ……感謝してるんだ」
一つ息を吐いて、改めて三人に向き直った。
「……魔法学院のこと、王様から聞いた」
その言葉に、ガウルの眉がピクリと動く。
「……なんだ、あの男。喋ったのか」
「ああ。費用のこともな。……ありがとな。みんなに気を遣わせちまったみたいで」
俺がそう言うと、アヴィが静かに首を振った。
「いいえ。ご主人様の護衛だけでは腕が鈍りますし、僕たちは冒険者稼業も持ち回りで続けようという話になったんです」
「そうそう♡ モンスター狩れば食費も浮くし、美味しいしね♡
その上、ユーマの学費も稼げるなら、一石二鳥どころか三鳥じゃない?」
クーが軽やかに笑いながら肩をすくめる。
「……勘違いするなよ。俺はあんたに魔法の才を伸ばしてほしくて口を利いたわけじゃない。あんたがそれを望んだから、選択肢を作っただけだ」
ガウルの言葉は不器用で、どこか冷たく尖っているように聞こえるのに――胸の奥はじんわりと熱に満たされていく。
自然と頬が赤くなっていくのが、自分でもわかった。
「……そっか……」
小さくこぼれた声は、驚くほどかすれていた。
三人の熱と優しさが、目に見えない膜のように俺を包み込む。
その重さを、ありがたさを、胸の奥に深く刻み込むように噛み締めて――思わず、滲む涙を隠すように両目を掌で覆った。
「ああもう……お前らの前では泣かないって、決めてたのにな……」
「ふふ、泣いてもいいんだよ。ユーマは泣き顔でも可愛いんだから……♡」
クーの手がそっと背を撫でるたび、胸の奥がじんわり熱くなる。
「……そんな顔、僕たち以外に見せないでくださいね」
アヴィの声は静かだが、心臓をぎゅっと掴まれるような扇情を含んでいて、思わず息をのんだ――その瞬間。
「……泣くな。抱きたくなるだろ……」
背後から低く響く声が、不意打ちのように囁かれる。
耳まで真っ赤になった俺は、思わず慌てふためいた。
「え、ちょ、ちょっと待って!! 今の、すっごくいい場面だったよな!? ここは美しい抱擁で終わる流れだったんじゃないの!?」
「そんな余韻よりお前だ」ガウルが即答。
「抱擁だけでは足りません」アヴィが理路整然と畳みかける。
「ねぇねぇ♡ このままベッド直行でよくない?」クーがにやり。
「だ、誰か止めろォォォ!! 俺の人権どこ行ったァァァ!!!」
クーの楽しげな笑い声と、アヴィのやわらかな吐息、そしてガウルの無言の圧力。三方向から畳みかけられ、俺はあっさり包囲網に沈んだ。
「……もう、朝まで動けないじゃないか……」
布団に押し込まれた俺は、完全に まな板の上の鯉……いや、筋肉に挟まれた、ただの俺だ。
もう観念するしかなかった。
けれど心の奥では、不思議と温かい気持ちが広がっていく。
(……もう、この三人に甘やかされ続けるのも悪くないかもしれない……)
そう思いながら、過保護すぎる“愛の包囲網”に埋もれていった。
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