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第33話 俺の新居が保育園になった件
家だ! 新居だ!! マイホームだ……!!!
デカい。とにかくデカい。
王都の片隅にひっそり建っているくせに、存在感はまったくひっそりしてなかった。外観からして「家」じゃなく、完全に「屋敷」だ。
門をくぐった瞬間、俺は思わず息をのんだ。
目の前にそびえるのは、白い石造りの堂々たる屋敷。
尖塔つきの屋根に、緑の蔦が絡まる壁。重厚な扉は、押し開けるだけでギギィと低い音を響かせそうだ。
(……クララの屋敷かよ。いや、マカリスター家もびっくりの広さだぞコレ!?)
日当たりはちょっと悪い。でも、そんなのどうでもいい。
だって――床がミシミシ言わない! 雨の日に雨漏りもしない! 広い風呂がある! そして……トイレが!! 家の中にある!!!
魔法文明の力、偉大すぎる。いや、王都ではこれが普通なのかもしれないけど、俺にとってはまさに革命だった。
――そんな感動に打ち震えていた俺の横を、荷馬車で連れてきた十三人の獣人の子どもたちが「わー!」「すげぇ!」「ひろーい!」と声を上げながら、わらわらと新居へなだれ込んでいく。
「……!!?」
目の前の光景に、俺は言葉を失う。
右を見ても左を見ても、ショタ、ショタ、ショタ。
無邪気な笑顔ときらきらした瞳に囲まれて――ああ、これだ……これ!!
俺が夢にまで見た、究極のハーレム……ショタパラダイスッ!!!
気づけば、俺たち四人+子ども十三人=総勢十七人の大所帯。
「……いや、待て。そう考えると、この屋敷サイズでも、ちょうどいいのか……?」
胸いっぱいの感動が、なぜかじわじわ現実的な納得に変わっていった。
年少組のショタ(?)たちが、完全に遠足気分で無邪気に走り回っている。
その喧騒の中――一歩下がった位置から、落ち着いた眼差しで全体を見渡していた少年が、すっとこちらへ歩み寄ってきた。
見た目は他の子たちと大差ない。小柄で、まだあどけなささえ残っている。
けれど、みんながようやく落ち着いたのを見計らい、きちんと俺の前に立ったその姿は――目つきも態度も、まるで“ミニガウル”だった。
「……ユーマさん、これからお世話になります」
少年は深々と頭を下げる。
「自分たちのことは、なるべく自分たちでやるようにしますので……よろしくお願いします」
「え、えっと……こちらこそ……?」
不意打ちの礼儀正しさに、俺は思わずたじろぐ。
隣で本物のガウルが腕を組んでいるのが視界の端に入る。
(え、えぇ……この子、絶対ガウルの親戚だろ……!?)
横でクーが小声で耳打ちしてきた。
「ユーマ、その子……たぶん、二十歳超えてる」
「え!? そうなの……!?」
すると少年は静かに顔を上げ、きっぱりと言い放った。
「俺は二十二です」
(出たー! 合法ショタ……!!)
確か彼の名前は――。
「リィノ……だったよな? いや、でも俺より年上だし……リィノさん? リィノパイセン? リィノ兄貴……? リィノ師匠……???」
思わず口から飛び出した奇妙な呼び方の連打に、リィノは小さく苦笑を漏らし、静かに返す。
「やめてください。リィノでいいです」
「分かった……じゃあリィノ。君はこの中じゃ一番年長だし、落ち着いてそうだから、キーパーソンに任命してもいいかな?」
「……はい、了解です」
「よし、決まりだな。じゃあ、ここでの連絡事項は全部君経由でお願いする。よろしくな、リィノ」
リィノは軽く頷き、俺は心の中でこっそり思った。
(……やっぱり合法ショタ、見た目は子供だけど頭脳は大人だな……)
俺は改めて部屋の中を見渡す。
十三人の声と笑顔が、ゆるやかに部屋いっぱいに広がっていた。
大きなテーブルを囲んで穏やかに談笑する子、窓辺に腰掛けて外を眺める子、暖炉のそばで本を開く子――みんな、それぞれの場所で自然に新しい生活を受け入れはじめていた。
その光景に、俺の心は完全にトリップしていた。
(……ああ、これからしばらく天使たちと一緒に暮らすのか……おお、神よ。罪深き憐れなショタコンに、こんなにも尊い恵みを与えてくださるとは……)
新生活の未来を妄想し、胸を躍らせながら遠い目でニヤニヤしていると――背中に突き刺さる、妙に冷たい視線にゾクリとした。
恐る恐る振り返ると、ガウルとクーとアヴィが腕を組んで仁王立ちしていた。
「ユーマ、懲りないね♡」
「……ご主人様、あとでちょっといいですか?」
「……ユーマ、わかってるな?」
俺は観念して小さく息をつく。
「……はい」
──完全に、三人に監視されている。なのに、どこか嬉しいこの感じ。
まったく、俺の新生活――ショタと筋肉に囲まれて、すでにカオス確定じゃないか……?
でも、このカオスが、何故か最高に心地いい。
俺の新生活は、間違いなくとんでもなく面倒くさくて、とんでもなく愛しい――そんな予感でいっぱいだった。
城の執事さんが気を利かせてくれて、子どもたちを運んだ荷馬車を、そのまま俺たちの引っ越しにも回してくれるよう御者に取り計らってくれた。
そのおかげで、俺たちは荷物をまとめに、しばらく世話になったボロ家へと戻ってきていた。
とはいえ、家具はもともと備え付けのものだ。持って行くのは衣類や食器、調理器具くらい。あとは賃貸契約の解除を済ませれば、この家とも本当にお別れになる。
ほんの数週間留守にしただけだというのに、不思議なくらい懐かしい。
思い出をたどるように、最後にシングルベッドを二つくっつけただけの寝室を覗いた。
「……こんなに小さかったっけ、このベッド」
思わずこぼれた俺の呟きに、背後でアヴィがクスッと笑う。
「ふふ、ほんとですね。何度クーさんに蹴り落とされそうになったことか……」
「おい。俺はお前に落とされた記憶があるんだが?」
「……そんなこと、ありましたっけ?」
即座にツッコむガウルに、さらりとシラを切るアヴィ。
そのやりとりに、クーまで小さく吹き出した。
狭いベッドでぎゅうぎゅうになりながら川の字になって眠った日々。
時にはふざけ合い、時には熱を分け合い……わちゃわちゃしながら過ごした時間は、今思えばどれも大切だった。
「……やっぱり、ちょっと寂しいな。俺、ここでの暮らし、結構好きだったんだよな」
ぽつりとガウルが呟く。
「……思い出までは消えない。そうだろ?」
その言葉は、かつて俺がガウルに向けて言ったものだった。
胸の奥がじんわりと温かくなり、自然と微笑みがこぼれる。
クーが俺の手を取って、にっこりと笑った。
「ユーマ……オレ、ここでの思い出、ずっと忘れないよ。これからも、いっぱい楽しい思い出、作っていこうね♡」
「ああ……そうだな」
俺はもう片方の手で、クーの胸を軽くポンと叩く。
それは照れ隠しのようでいて、同時に確かな約束のしるしのようだった。
――最後に、大家のお爺さんへ挨拶に行った。
礼代わりに、家に残っていたブルファングの保存肉を詰めた壺を手渡すと、しわだらけの顔がぱっとほころぶ。
「おお……! こりゃまた立派なもんを……! いやぁ、歯がもう弱くてな、煮込みにでもすりゃ孫も喜ぶわい!」
大げさに喜ぶ姿に、思わずみんなで笑ってしまう。
こうして俺たちは、少し名残惜しさを抱えながらも、確かにここでの日々を置いて、新しい暮らしへと歩き出した。
新居にたどり着いた頃には、すでに西の空が赤く染まりはじめていた。
馬車から荷物を降ろし、御者に礼を告げていると――玄関の方からぱたぱたと駆け寄ってくる足音。
「おかえりー!」
弾けるような声とともに飛び出してきたのは、あの元・魔獣化していた虎少年――ライトだった。
その後ろから、少し恥ずかしそうに控えめな笑みを浮かべるリーヤと、落ち着いた面持ちで歩み寄るリィノの姿も見える。
ライトは俺たちの足元に置かれた荷物をちらりと見ただけで、即座に両腕で抱え込んだ。
「どこに運ぶ?」
頼もしさ満点の笑顔に思わず苦笑する。
続いてリーヤがそっと荷物を手に取り、リィノも無言で肩を貸してくれる。
そのおかげで運び込みから荷解きまで、驚くほどあっという間に片付いてしまった。
「……よし、荷解き完了っと」
肩で息をつきながら俺がつぶやいた、その瞬間。
「おなかすいたー!」
ライトの元気な声が響いた途端、背筋に冷たいものが走る。
(……まてよ? これから、17人分の夕飯を用意するんじゃないか?)
脳裏に浮かんだのは――山のように積まれた肉と野菜、テーブルにずらりと並んだ十七人分の皿、そして地獄のような調理工程。
(え……これを毎日!? 俺、いつから給食センターのおばちゃんポジに!?)
やばい。ショタハーレムに目が眩んで、俺、完全に現実見るの忘れてた。
十七人分の食事、掃除、洗濯――どう考えてもヤバい。絶対ヤバい。
せめて、机の引き出しから青い狸が飛び出してきて、“グルメテーブルかけ”でも恵んでくれないか……!?
そんな都合のいい幻にすがりかけた俺の肩を、クーが軽くポンと叩いて、にっこりと笑う。
「ユーマ、大丈夫♡ みんなでやれば、なんとかなるよ」
気づけばリィノが冷静に食材を仕分け始め、リーヤは手際よく水を汲みに走る。
ライトは包丁を持とうとしてガウルに「お前は座ってろ」と止められ、
そのやり取りを見て年少の子どもたちも「ぼく手伝う!」「おれも!」と一斉に声を上げる。
――ああ、なるほど。
17人分のご飯作りなんて、最初は絶望案件だと思ってたけど……みんなでわちゃわちゃやるなら、案外悪くない。むしろ、楽しいかもしれない。
寸胴鍋をかき混ぜたり、皿を並べたり、子ども同士で喧嘩になりかけてはすぐ笑い合ったり。
そんな様子に目を細めながら手を動かしているうちに、気づけば夕食の準備はひと段落していた。
そして、テーブルに腰を下ろす子どもたちを眺めていると――妙に微笑ましい光景が目に飛び込んできた。
見た目は間違いなく全員ショタなのに、不思議なものでちゃんと秩序がある。
リィノ、ライト、リーヤを筆頭に、合法ショタ組が、年少ショタたちの世話を自然にこなしていた。
料理を取り分けたり、スプーンの持ち方を直してやったり。その光景に思わず頬がゆるむ。
「水、こぼすなよ」
「スープ熱いから気をつけてね」
……なんだこれ、めっちゃ微笑ましい。
俺までつられて、スープをこぼした子の口を拭いたり、皿におかわりをよそってやったりと、すっかり保護者気分で世話を焼いてしまう。
――そのとき。
「ねぇねぇ、ユーマ」
「んー?」
振り向くと、クーが口のまわりをわざと汚してにっこり笑っていた。
「ユーマ……オレも拭いて♡」
むっとしながら、ガウルが皿を突き出す。
「……ユーマ、おかわりだ」
さらにアヴィはあざとく首をかしげてにこりと笑う。
「ご主人様、僕にも食べさせてください」
「お前ら、自分でやれえぇぇぇ!!!」
俺の悲鳴に、三人はどこ吹く風。
周りでは十三人の笑い声が弾けて、食卓は一層にぎやかさを増していく。
――ショタたち以上に手のかかる三人だけど……まあ、これも悪くない。
面倒くさいことも多いけど、それ以上に、いないと寂しい。
ああ……やっぱり、俺はこいつらと一緒にいるのが心地いいんだな。
リセルへ。
建国祭ぶりだが、元気にしてるか?
俺は新居に引っ越して、妻3人と子ども13人で暮らすことになった。
毎日はちゃめちゃだけど、まぁ、それなりに楽しくやってる。
とにかく家は広いし、毎日笑いが絶えない。いつでも遊びに来ていいぞ。
あと、俺も魔法学院に通えることになった。
学費は妻たちが夜の仕事で絶賛稼ぎ中だ。いやほんと、ありがたい。
あの筋肉で、きっとみんなイチコロなんだろうな。
ご指名もらったり、アフター頼まれたりして、なかなか忙しそうだ。
次年度からリセルが先輩で、俺が後輩だな。いろいろよろしくな、リセル先輩。
じゃあまたな。
兄さんより。
――その日、再びリセルの叫び声が教室に響き渡ったことを、ユーマは知る由もなかった。
「……兄さんッッ!?!?!?」
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