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第34話 おい、勝手に巣作りするな!
新居に引っ越してから、なんだかんだで数日が経った。
ありがたいことに、一階には勉強机と本棚とベッドまでそろった書斎みたいな部屋があって、そこを俺専用にしていいらしい。……いや、なんかすごく優遇されてない?ってちょっと思ったけど、ありがたく甘えることにした。
二階はといえば、すでに獣人ショタたちのパラダイス。誰の部屋だってくらい賑やかで、完全に彼らの縄張りになっている。
慌ただしい新生活にバタついてる間に、あの三人はギルドの仕事で忙しくしていた。王都本部から夜間限定の“狩り”や、遠方へ向かう貴族の護衛なんかを頼まれてるらしい。
本来ならゴールド以上じゃないと触れない依頼なのに、プラチナ様であるガウルのひと声で、まだシルバーのアヴィとクーまで参加できてるとか。……権力ってやつはすごい。
そんなこんなで、しばらく三人とも妙に大人しかった。
誰にも押し倒されずに静かに夜を過ごせるなんて、俺にとっては……うん、かなり久しぶりの体験だったかもしれない。
最近は、魔法学院への入学を控えて、少しでも知識を蓄えようと心がけている。
そのせいか、寝る前に本を開くのが、いつの間にか日課になりつつあった。
本の虫だったリセルに、次に会うときはおすすめの魔導書でも聞いてみようか――そんなことをぼんやり考えていた。
そのとき、不意に部屋のドアが小さくノックされる音が響いた。
ドアを開けると、そこには“ミニガウル”――いや、リィノが立っていた。
「取り込み中すみません。今、お話しても大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
相変わらず、律儀な言い回しが見た目にそぐわなくて、思わず苦笑しながら部屋に招き入れる。
俺が椅子に腰を下ろすと、リィノは少し緊張した面持ちで口を開いた。
「実は、ユーマさんにお願いがあって……」
「お願い?」
一拍置いて、彼は真剣な瞳を向けてきた。
「俺とリーヤとライト、ガウルさんたちの“狩り”に同行したいんです」
「え……?」
「俺たち、親と離れてからもうだいぶ経ちますし……正直、迎えに来てもらえる可能性はほとんどありません。だからせめて、一人でも生きていけるように、あの人たちから“術”を学びたいんです」
リィノの言葉には一片の迷いもなく、その眼差しは真っ直ぐだった。
年下にしか見えないのに、考えていることも、背負っているものも、俺なんかよりずっと大人だ。――偉いな、本当に。
その覚悟を前にすれば、軽々しく否定なんてできなかった。
「……そっか。うん、わかった。あの三人に聞いてみるよ」
「……ありがとうございます!」
リィノの顔がパッと輝き、その嬉しそうな笑みに思わず俺も笑みを返した。
「でもさ、本人たちに直接頼めばいいんじゃない? なんでわざわざ俺に?」
「えっ? ……だってユーマさんが“ボス”ですよね……?」
…………は? ボス?? 俺が???
いやいやいや! どう見ても立場逆だろ!?
どちらかといえば、俺は三人の妻の尻に敷かれてるというか……正確には、筋肉で押し潰されてる側の人間なんですけど!?
俺が首をかしげていると、突然――
「ユーーマーー!!」
クーの叫び声と共に、部屋のドアが勢いよくバーンと開いた。
「うおっ!? 心臓止まるかと思った……! クー! だからノックぐらいしろって、いつも言ってるだろ!」
「えへへ……あれ? リィノもいたんだ」
「あの、それじゃ、俺はこれで。……おやすみなさい」
リィノはペコリと礼をして、静かに部屋を出ていく。
その背中に向かって、クーがにぱっと笑顔で手を振った。
「うん、おやすみ〜♡」
「……クー、どした?」
「ユーマ、ちょっと来て」
クーに手を引かれるまま廊下を進み、辿り着いたのは食堂だった。
そこにはすでにガウルとアヴィが腰掛けていて、テーブルの上にはワインにソーセージ、パテを塗ったパンにチーズやナッツ、色鮮やかな果物まで、ちょっとした宴のように料理が並んでいた。
「な、なにこれ……!?」
「じゃじゃーん!!」
クーが勢いよく胸元を掴み、首から下げた冒険者タグを突き出してくる。
金色に輝くそれは、誇らしげに光を放っていた。
「……!! ゴールドランクに昇格したのか!? じゃあ、もしかして……」
「はい。僕もです」
アヴィも落ち着いた微笑みを浮かべながら、同じ金色のタグを指先で掲げてみせた。
「すごいじゃん! え、じゃあ……このごちそうって、そのお祝い?」
「それもありますけど……ご主人様の就職祝いと、あと、今さらですけど引っ越し祝いも兼ねてます」
「おお……盛りだくさんだな!」
「早く座れ」
ガウルが顎で席を示す。
「え、俺がお誕生日席でいいの?」
思わず戸惑って尋ねると、
「いいのいいの。ユーマが主役なんだから♡」
クーが笑顔で背中を押してくる。
その言葉にくすぐったさを覚えながら、俺は素直に席についた。
ガウルが手際よくワインのコルクを抜き、深紅の液体を俺とアヴィのグラスへと静かに注いでいく。
最後にクーのグラスにも注いだところで、クーが小さく口を開いた。
「……オレ、ぶどうジュースのほうがいいな」
ワイングラスを持ったその姿は、まるで宮殿の舞踏会で豹でも優雅に撫でていそうなくらいキマっているのに、言ってることは完全にファミレスのお子様セットレベルで――そのギャップに、思わず吹き出しそうになった。
「クー。それ貸してみな」
俺は彼からグラスを受け取ると、テーブルに置かれていた蜂蜜をひと匙。
さらに小さく切った果物を落として軽く混ぜ、即席のサングリアに仕立てて返した。
クーはまず鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、次にペロリと味見する。
「……美味しい♡」
「良かったですね、クーさん。でも、フライングですよ?」
アヴィがくすりと笑いながら、軽く注意する。
そのやり取りに、場がふんわり和むのを感じた。
「えっと……じゃあ、乾杯、かな……?」
少し声を裏返し気味に、俺は照れくさそうにグラスを手に取った。
「新居と、みんなと一緒に過ごせる日々を……祝って!」
ガウルもアヴィもクーも、にこりと笑いながらそっとグラスを合わせる。
ワインを少し飲み、ソーセージをかじり、チーズを口に運ぶ。
「……あぁ、うまいな」
素朴なつまみでも、みんなと囲むだけで何倍も美味しく感じる。
笑い声が飛び交い、楽しいひとときが流れて――ふと、思い出す。
「……そうだ」
俺はグラスを軽く揺らしてから、みんなに視線を向けた。
「さっきリィノから相談されたんだけどさ。……お前たちの狩りに同行したいって言ってきたんだ。リーヤとライトも一緒に、って」
俺が切り出すと、すぐにアヴィが反応する。
「僕は構いませんよ。少なくともリーヤは、足手まといにはならないはずです」
そこでガウルが意地悪く口角を上げた。
「お前に一撃入れてたくらいだもんな」
「……あれはっ、本気で殺しにきてる相手を、殺さずに手加減するのが難しかっただけですよ」
むっとしたように反論するアヴィ。
「クーとガウルはどう思う? リィノたちの同行について」
俺が二人を交互に見やると、クーが真っ先に頷き、口を開いた。
「オレも別にいいよ。あの三人に足りないのは、きっと実戦の経験だけだと思うんだ。狩りに同行すれば、きっと大きな学びになるはずだよ」
ガウルは短く息を吐き、しばし黙したのち、低く重い声で言い切った。
「……俺も異論はない。もう関わった以上、最後まで責任を持つ。ただし――条件付きだ。三人の誰か一人でも危険と判断したら、その時点で即撤退。俺たちの指示に従うこと、それが約束できるなら……ついてきても構わん」
アヴィもうなずき、クーも「うんうん!」と元気よく同意した。
三人の視線が自然と俺に向く。
「……そっか。ありがとな。じゃあ、リィノたちにそう伝えておくよ」
胸の奥がじんわり温かくなる。あいつらの願いを、ちゃんと受け止めてもらえたことが嬉しかった。
そのあとは取りとめのない会話を交わしながら、ワインとつまみをつついた。クーがチーズを山ほど口に放り込み「ん〜! これ好き!」と頬を膨らませれば、アヴィは「……行儀悪いですよ」と呆れながらも微笑んでいる。ガウルはというと、黙々とナッツをかじりつつ、俺のグラスが空になると当然のように注ぎ足してくれる。
そんな何気ないやりとりが心地よくて、気づけば笑い声が絶えなかった。大げさな飾り気もなく、ただ気の置けない仲間たちと肩を並べて過ごす時間――それが何よりの祝いになっていた。
夜も更け、そろそろ宴も終わりかと思ったそのとき。
「ユーマに見せたいものがあるんだ♡」
弾む声とともに、クーが俺の手を取って立ち上がらせた。
ふわりと身体が軽く浮いたように感じたのは、きっと酒が回っていたせいだろう。足元がわずかに揺らぎ、思わずクーの肩に手を置く。
「大丈夫?」
心配そうに覗き込む少し青みがかった黒い瞳。
「……大丈夫。ちょっと飲みすぎたみたいだ」
苦笑交じりに答えると、クーはにこりと笑い、さらに強く俺の手を引いた。
そのまま三人が使っている寝室へ連れて行かれると、目に飛び込んできたのは――ベッドを三つ並べて、さらに無理やり繋げて作り上げられた“魔改造寝台”。
いや……寝台なんて生ぬるい表現じゃ足りない。あれはもう、大広間の舞台と言われても納得するほどの威容で、部屋の空気すら押しのけるような圧迫感を放っていた。
「な、なにこれ……!?」
思わず声が裏返る。
「ユーマが真ん中で眠れるように広くした」
後ろからついてきたガウルがぶっきらぼうに言い、横でクーは得意げに胸を張る。
「ふかふかで、気持ちいいよ♡」
「ご主人様が一番くつろげる場所にしてみました」
アヴィは意味深に微笑みながら、俺をじっと見つめた。
(……なんだ、この“俺監禁専用ベッド”みたいな、逃げ場ゼロな配置……)
「最近大人しいと思ったら、こっそりこんな事に労力ついやしてたのか!?」
「だってこの家、小さいベッドしかないんだもん!」
クーがむくれ顔で反論し、胸を張って言い切る。
「……いや、普通にセミダブルサイズだから! ベッドが小さいんじゃなくて、お前らがデカすぎなんだよ!」
呆れ気味の俺をよそに、クーはドヤ顔で胸を張る。
「でもこれで一緒に寝られるよ♡」
返す言葉を探す間もなく、三人は自然な仕草で俺の両腕や肩をつかむ。その手は、ふざけた悪戯のようで――だけど妙に温かい。
「ほら、ユーマ♡」
「……真ん中に来い」
「僕たちの真ん中に、ですよ」
あっさりと引き込まれた俺は、巨大なベッドの上にどさりと沈み込む。
「うわっ、舞台サイズすぎる……!」
ふかふかの布団。けれどそれ以上に柔らかいのは――俺を囲む三人の体温だった。
「ユーマ、今日は一緒に寝よ♡」
「……今日は観念しろよ」
「今夜はずっと、そばにいて甘えてくださいね」
三人の熱と重みがいきなり襲いかかる。
「……俺、真ん中で完全に圧死ルートじゃん……」
するとクーは肩を揺らして笑い、アヴィは柔らかい手で背中に触れ、ガウルは低く「逃がさない」と囁く。
三人の優しい体温とちょっと強引な押し込みに、思わず顔が赤くなる俺。
夜はまだ長い。
こうして俺は、三人の熱と甘い圧に包まれ、蕩けそうになりながらも抗えぬ快感に身を任せ、甘く淫らな夜の始まりを迎えた――。
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