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第39話 最終話

新居での生活は、あっという間に日々を過ぎさせていった。 オロやその仲間の獣人たちの協力もあり、チビーズ十人のうち、五人は無事に親元へ帰ることができた。再会の喜びに溢れ、抱き合う親子の姿を見守るうちに、幾度も胸に熱いものが込み上げる。 ……しかし別れ際に、必ず獣人の豪腕で感謝の抱擁をされ、肋骨の辺りから聞いたことのない音が響き、毎度生命の危機を感じる羽目になった。 そして、ついに俺は獣人の母親を目にした。 ……うん、もう、色んな意味で凄かった。ガウルたちほどではないにしても、筋肉はしっかりついているのに豊満ボディ。 ボンッ・キュッ・ボンッ・ムキッ! ──おい、語彙力仕事しろ? そして当然、俺よりデカい。 顔はちょうど、あのボインな位置にある。 その状態で抱擁されたらどうなるか……。 もう、考えるだけで赤面確定だ。 あとは、察してくれ。 しかもオチはだいたい同じ。 嫉妬したガウルとアヴィとクーの“雄っぱいトリプルアタック”が、もれなく俺に襲いかかる。 両脇からムッチリ、正面からもギュウギュウ……もはや押し潰されそうな俺の体。 俺の存在意義って「挟まれる専用クッション」なのか!? いや、もはやご褒美なのか拷問なのか、正直分からなかった。 顔は真っ赤だし、息はできないし、心臓は暴走寸前だ。 どうして俺の生活は、いつもこうなるんだ……!? ――でも。 もしも「1億万ギニー」と「今の生活」どっちを取るかって聞かれたら……。 ……俺は迷わず今の生活を選ぶんだぜ、ちくしょうー!! そして最近は、宮廷魔道士としての仕事にもすっかり慣れた。気づけば俺は、ほとんどポーション職人のような毎日を送っている。 ​治癒魔術士団の持ち場でポーション作りに没頭する日もあれば、持ち回りで兵士たちの怪我を手当てする「処置室担当」になる日もある。 ……が、どういうわけか俺の担当日に限って、毎回とんでもない長蛇の列ができていた。 ​“ソウルリトリーバル”のことは一般兵士には極秘だ。だけど、無条件でヒールと一緒に付与してしまうため―― ​「新入りの子に治してもらったら、弓の命中率が上がった!」 「いや俺なんか、言うこと聞かなかった馬が素直になったんだぜ!?」 「マジかよ……俺なんてハゲが治ったんだが!?!?」 ​……と、妙な噂が独り歩きしていた。 ​おかげで、ちょっとした切り傷や小さな痣でさえ「運気アップ目的」で押しかけてくる始末。 もうこれ、治癒魔術士じゃなくて開運グッズ扱いだろ……。 ​「その程度の怪我でわざわざ来るな。唾でもつけておけ」 背後で苛立ちを隠しもせずガウルが一喝すると、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように一斉に退散した。 ​……いや、ありがたい半面、怖すぎるからやめてくれ!? もちろん、魔力量を底上げするための日課も欠かさない。マルコム室長からもらった魔石は、肌身離さず持ち歩いている。 時折ロイドさんに呼び出されて、かつてのコンラッドさんのように、“死んだように生きている人”を癒すこともある。 あれからコンラッドさんは書庫番を辞め、騎士団に復帰していた。 作業所の窓から、訓練に励むコンラッドさんを時々見かける。あの時見た、やつれた影はすっかり消え、精悍で穏やかな顔つきに変わっていた。窓越しに目が合うと、少し照れくさそうに、バツが悪そうな顔をしてすぐに目を逸らされる。 それでも、言葉にできない温かな感情が胸に広がり、自然と微笑みたくなるような――そんな、ほっとする気持ちがこみ上げてくるのだった。 *** パンとスープ、それに果物が並ぶ朝のダイニングテーブルを、俺を含めて十二人で囲んでいた。 チビーズの数が少し減ったせいか、以前ほどの騒がしさはない。けど――やっぱり朝はにぎやかだ。 「ユーマ! 今日も城、行くのか?」 虎っ子のライトが、もぐもぐしながら無邪気に笑いかけてくる。 「いや、今日は魔法学院の入学式だよ」 「にゅーがくしき……?」 「にゅーがくしき、いきたいー!」 チビたちがパンくずをまき散らしながら、身を乗り出してきた。 「……入学式は、ユーマさんしか行けないよ」 ツノっ子リーヤが、ぽつりと呟きながら、黙々とテーブルのパンくずを拭き取っていく。 「お土産買って帰ってくるから、みんな良い子で留守番しててな」 俺がそう言うと、チビたちの目がぱっと輝いた。 「やったー! おみやげ!」 パンを頬張りながら小さな手を振り回すその姿に、思わず笑みがこぼれる。 賑やかさが少し落ち着いたのを見届けてから、俺も朝食を終えて席を立とうとした、その時―― 「ユーマ、ちょっといいか」 ドアの隙間から、ガウルがひょいと顔を覗かせた。 訝しみながらついていくと、そのまま寝室に押し込まれた。 ガウルの手には、きちんと畳まれた布包み。 「……え?」 差し出されたのは、見たことのない上等な布地で仕立てられた一張羅だった。 「これ……俺に?」 「どうせあんた、そのよれよれの服で行くつもりだったんだろ」 呆れ混じりの低い声。 「……いや、まぁ、わざわざ買うのも勿体ないと思って」 そう返した俺に、ガウルは深くため息を吐いた。 呆れたように見えて、その瞳にはどこか優しさが滲んでいる。 「……着てみろ」 短く促されるまま袖を通すと、白を基調としたそれは驚くほどサイズがぴったりだった。 優しい肌触りとしっかりした生地に包まれると、心まで背筋が伸びていくような気がする。 「……ど、どう?」 照れくさく顔を上げると、ガウルが静かに目を細め、満足げに微笑んだ。 「ああ……上出来だ」 「ガウルさん、それ……“僕たちから”ってちゃんと言いました?」 振り向けば、いつの間にか寝室のドア口からアヴィとクーが覗いていた。 ガウルは眉間にわずかにシワを寄せ、低く返す。 「……提案したのは俺だ」 「ほんと、そういうとこですよね」 「……うるさい。細かいんだよ、お前は」 そんなやり取りを横で聞いていると、クーがにっこり笑って俺を見た。 「ユーマ、すっごく似合ってるよ♡」 「……あ、ありがとう。ほんとに……。学費まで工面してもらった上に、こんなものまで……」 胸がいっぱいになって言葉がうまく出ない。 けれど、アヴィが穏やかに微笑んでくれる。 「いいんですよ、ご主人様。僕たちがしたくてしてるだけですから」 その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。 ​「じゃあ、お礼はキスでいいよ♡」 クーがいつもの調子で茶化すように言うと、俺も思わず苦笑いしておどけて返した。 「……はは、残念だな、俺のキスは高いぞ?」 クーは口を尖らせてくすくす笑う。 「えー、じゃあオレたち、とっくに借金まみれじゃん!」 ガウルは目を伏せ、わずかに肩をすくめながら、照れ隠しのように低く呟く。 「……なら、一生かけて返すしかないな」 アヴィはにやりと口元を歪め、挑発するように言った。 「ふふ……利息まで、しっかり受け取ってもらいましょうか」 三人の声に囲まれ、俺は思わず笑ってしまう。 心地よくて、少し恥ずかしい……けど、やっぱり嬉しかった。 ​「……じゃあ、いってくるよ」 ​支度を終えて外へ出ると、いつものようにみんなが集まってきて、家の門扉前で見送ってくれた。 ​「ユーマお兄ちゃん、いってらっしゃーい!」 「にゅうがくしき、がんばってね!」 ​「いや、入学式で頑張る要素ないんだけどな……。まぁ、いいか。チビたちのこと、よろしくな」 ​俺がそう返すと、ガウルはそっけなく見せつつも、どこか気を遣うように短く言った。 ​「……無様に転ぶなよ」 ​「いってらっしゃい、ユーマ! 忘れ物ない?」 クーが手を振りながら、にこりと笑う。 ​アヴィは静かに微笑み、門扉を支えながら見つめていた。 ​「ご主人様、いってらっしゃいませ。いつでも僕たちがいますから、心配はいりませんよ」 ​みんなの声に包まれて、俺は温かい気持ちになる。 ​「……ああ、頼むな」 ​そして、みんなの支えのおかげで、俺は新しい一歩を踏み出した。 ​王立魔法学院。 朝の光が窓から差し込み、巨大な講堂を照らす。新入生たちが整然と並び、式服に身を包んだ教師や上級生たちが見守る中、緊張と期待が混ざったざわめきが、俺の胸をそわそわさせる。 ​「新入生の皆さん、ようこそ魔法学院へ」 ​学長の声が響き、ざわめきが静まった。そして壇上に立つ新入生代表を見て、俺は思わず息をのむ。 ​サラリとした金髪に、澄んだキャラメル色の瞳。その人は―― ​(ミシェル王子……!? いや、まさか、俺と同級生なのか!?) ​胸の奥がドクンと跳ねる。頭の中が一気に混乱して、どう反応していいか分からない。 そもそも王子って魔法使いの血筋だったのか……? グローデン国王は杖で殴りかかってきそうな風貌なのに!? いや、もしかしたら王妃様が魔法貴族の家の出なのかもしれない。 ​ミシェル王子は堂々と、しかし少し肩を張って宣誓している。 「……皆さん、これから私たちは共に学び、共に成長していきます」 ​落ち着いた声なのに、俺の心臓は跳ねまくる。いや、落ち着け、俺……落ち着けって……! 式の後半、学長が規則や初日の予定を説明する間も、俺は結局ずっと王子の姿を目で追っていた。 ​ああ、今日から始まる学院生活、どうなるんだろう……。俺の視線は、もう彼から離れられそうになかった。 式の後、学級会合《ホームルーム》のため自分のクラスに入ろうとした、その時だった。 「ユーマさん!」 背後から名を呼ばれ、振り返ると――そこに立っていたのは、先ほど教壇で凛とした姿を見せていたミシェル王子だった。 今度は柔らかな笑顔を浮かべ、俺に向かって小走りで近づいてくる。その背後には鋭い眼差しを光らせる執事が控えていたが、俺に対しても丁寧に一礼をしてくれる。 「父上から、ユーマさんもここに通うと聞いて……ずっと楽しみにしていたんです!」 「え、ええっ!? いやいや、俺の方こそ驚きましたよ。まさか王子様と同級生になるなんて……」 「ふふ。僕も魔法を学びたくて入学したんです。母上が魔法貴族の出身でして……。とはいえ、水と風の魔法が少し使えるくらいですが」 王子はどこまでも爽やかに笑ってみせる。 俺はただ、頭の中で「いやいやいや、普通に喋ってるけど、俺いま王子様と同級生!?」と叫び続けていた。 「あと、それから――」 王子は言いながら袖を捲る。 俺の視線は、勝手にそこへ釘付けになった。 ……いや、デカっ!? 俺のより立派な上腕二頭筋が、眩しいくらいに主張していたからだ。 「王子! はしたないですよ!」 執事さんが慌てて制するが、王子はどこ吹く風。 「ベアトリスに鍛えられて、ここまでになりました! どうですか!?」 ど、どうですかって!? キラキラ笑顔で筋肉アピールされて、俺にどう返せっていうんだ!? いや待て、もしかして俺のこと……無類の筋肉フェチだとでも思ってんのか!? 「……す、すごいね?」 結局、口から出たのはそれだけだった。 (絶対腹筋も割れてる。絶対だ……) 王子は満足げに微笑み、まるでエスコートするかのように手を差し出した。 「では、教室に入りましょうか。僕も同じクラスなんです」 「……えっ、マジで!?!」 思わず声が裏返る俺に、王子は爽やかすぎる笑顔でコクリと頷く。 王子に促され、恐る恐る教室へ入る――と、瞬間、教室中の視線が一斉にこちらへ突き刺さった。 (……いやいや、わかるけど!! 王子と肩を並べて親しげに入ってくる年上男子とか、どう見ても怪しいだろ俺!!) 何せ、この教室に並ぶのは十三、四歳くらいの新入生たち。みんな魔法貴族のエリートばかりだ。 その中で、ただ一人、俺だけ十九歳。家を追い出されたほぼ庶民。顔も普通。 そんな俺が、よりによって王子と肩を並べてニコニコしながら入ってきたものだから―― 「……どこの誰だ?」「……見たことないな」 ヒソヒソと囁かれる声が、耳に届く。 (俺、大丈夫かな……?校舎裏に呼び出されて、「王子に近づくな」ってシバかれたり、カツアゲされたりしないだろうな!?) ほどなくして担任の先生が入室し、入学おめでとうの挨拶や学院生活の注意事項が語られる。 ……でも、俺の隣で座る王子の存在が眩しすぎて、ほとんど頭に入ってこなかった。 今日から始まる学院生活――すでに波乱の予感しかしない。 学級会合が終わり、あとは帰るだけになると、案の定、王子はあっという間に他の同級生たちに囲まれてしまった。 そりゃ、王族……しかも未来の国王とお近づきになれるチャンスだもんな……。 俺はそっとその場を離れようとした。 すると王子がちらりと俺の方に視線を向け、何か言いかけたような気がしたが、すぐに他の生徒たちの質問攻めに向き直ってしまった。 俺は軽く会釈だけして、背を向ける。 (そういえばリセルもどこかにいるはずだよな……広すぎて全然わからん。もう学生寮に戻ったのかな?) そんなことを考えつつ外の広場に出ると、噴水前にリセルが立っていた。 こちらに気づくと、笑顔で手を振る。 「兄さん!」 「おー、リセル! ここにいたんか。久しぶりだな!」 近くで見ると、背がまた伸びたらしく、もう俺とほとんど変わらない。 「……また背が伸びたか? 追い越されるのも時間の問題だな」 「そんなことより兄さん!!」 リセルが血相を変えて一歩踏み出す。 「子供が十三人いるってどういうことですか!? あのマッチョな人たち、女性だったんですか!? 人間と獣人で子供作れるんですか!? 教えてください兄さんーーー!!」 リセルが全力で詰め寄り、目をまん丸にして必死に問い詰める。 「……お、おいおい、いきなり何の話だよ!?」 俺は後ずさりしながら、頭の中で「どうしてこうなるんだ……!」と絶叫。 「だって、兄さんの手紙にそう書いてあったじゃないですか!!」 「……は? 俺の……手紙……?」 思わず固まる。そういえば、新居に引っ越した直後、慌ただしい中で近況報告の手紙をサッと書いて出したような気がする――しかし日々に忙殺され、すっかり記憶からフェードアウトしていた。 「あー……あれか! そうそう、建国祭のあとに色々あってさ――」 「産んだんですか!?」 リセルが顔を青ざめさせて絶句する。 「いやいやいや! 違う違う!! 最後まで聞けって!」 慌てて経緯を説明すると、リセルは盛大にため息をつき、肩を落とした。 「……なんだ、そういうことだったんですね。もう……紛らわしい書き方しないでくださいよ」 「悪い悪い。バタバタしててさ、ろくに読み返しもせず、とりあえず住所さえ伝わればいいやって思って」 「兄さんの手紙って、いつも主語が抜けてるんですよ!」 「……ごめんって!」 「もう……兄さんの取り柄、ニャスくらいしかないんですから」 「うん、それは否定しない」 俺が胸を張って断言すると、リセルは思わず吹き出し、俺もつられて笑った。 「そういやリセル! 今日びっくりしたんだけどさ――俺、ミシェル王子と同じクラスだったんだよ!」 「えっ!? 本当ですか!?」 「マジで。しかも隣に座ってんだよ……心臓止まるかと思った」 「王子が魔法学院に来るという噂は少し前からあったんですが、まさか兄さんとクラスまで同じになるとは……」 「だよなー」 さらにリセルは眉をひそめ、真剣な表情で俺に念を押す。 「いくら王子の命の恩人だからって、失礼のないようにしてくださいね。兄さんはいつもそそっかしいんですから……次に会う時に、お城の地下牢で面会なんてことになったら嫌ですからね」 「……わ、わかったよ」 (王子の方から謎の筋肉アピールされたことは、ここでは黙っておこう……) 我ながら、兄らしくない情けない自分に少し苦笑しつつも、子供の頃から可愛がってきた弟に心配されるのは、悪い気がしなかった。 ふと、リセルは遠くを見つめるようにして真剣な表情で呟く。 「……兄さん」 「んー?」 「……今、幸せですか……?」 その瞬間、リセルの真っ直ぐな眼差しが、俺の胸を射抜いた。その瞳は、どこか俺と似ているようで、でもほんの少しだけ違っていた。 (あれ……? リセルって、こんなに大人っぽい顔をしてたっけ……?) 「なんだよ、藪から棒に」 「……いいから、答えてください」 俺はふっと笑って、リセルの頭をぐしゃぐしゃっと撫でながら答えた。 「……お前の兄貴で幸せだよ」 その言葉に、リセルは一瞬、笑っているのか泣いているのか分からない表情を見せた後、手をぎゅっと握りしめ、すぐに顔を伏せた。 「……僕も、兄さんの弟で良かったです」 俺は思わず頬を掻き、少し照れくさい気持ちを隠しながらリセルの肩を軽く叩いた。 「……今日からよろしくな、リセル先輩」 リセルは小さく眉をひそめ、でも少し顔を赤くして応える。 「……はい。でも、“先輩”って呼ぶのはやめてください」 「えーじゃあ、リセルパイセン?」 「もっと嫌です!」 その後、俺たちは笑いを交わしながら広場を後にした。 小さなやり取りだったけれど、なんだか少し心が温まった気がした。 家までの帰り道、俺は市場に立ち寄った。 約束したチビーズへのお土産を選ぶためだ。 みんな食いしん坊だから、当然、食べ物一択。 それでも、王都の市場はあまりにも種類が豊富で、どれにしようか迷ってしまうほどだった。 (……さて、何にしよう。全部食べ物でいいけど、種類がありすぎて迷うな……) カラフルなマシュマロに、こんがり焼きプリン。さらにフルーツぎっしりのケーキまで目に入る。 (……うわ、どれも美味そう。結局ぜんぶ買うしかないか) 抱えきれないほどの荷物に少し苦笑いしながらも、俺は思わずつぶやいた。 「チビーズ、楽しみにしてろよ!」 鼻歌交じりに、足取りも軽く家路を急ぐ。 ――そして、俺を待ち受けていたのは予想もしない光景だった。 「ただいま〜♪ お土産買ってきたぞ!」 家の扉を開けた瞬間、言葉が出なかった。いや、言葉どころか全身の力が抜けたと言った方が正しいかもしれない。 「「「ユーマの兄貴!!! 入学式、お疲れっしたーーッッッ!!!」」」 ……え? なにこの野太い声。 チビーズは一体どこだ? リィノとリーヤは? ライトまで姿が見えないんだけど……??? 代わりに目に飛び込んできたのは―― バルク化した獣人たちが、むきむきマッチョでズラリ整列して俺を見下ろしている光景だった。 (……な、何これ。全員、胸板厚すぎ、腕太すぎ、肩幅おかしい!!) 俺は思わず手元のお土産を握りしめ、じりじりと後ずさった。 「……ちょ、ちょっと待て!! お前ら誰だ!? 誰が俺のチビーズだ!? リィノ!リーヤ!ライト!?!?」 「……その……ユーマさん、すみません。俺たち……なんか進化しちゃったみたいで……」 かつてリィノだったと思われるマッチョその1が、気まずそうに頭を掻く。 「……」 リーヤっぽいマッチョその2は、申し訳なさそうにムキムキの肩を落としていた。 「ユーマ、そのお土産食べていいのか?」 無邪気に笑ったのは――いや、信じたくないが――ライトっぽいマッチョその3だった。 そして、かつてのチビーズは―― 胸板をバァンと叩き、筋肉をピクピクさせながらポーズを決めた。 「兄貴の帰りを待って、昼寝してたら……こうなっちまったんでさァッ!!」 「……いやいやいや、待て待て待て待てぇぇぇぇッ!!」 俺は頭を抱え、肩でゼェゼェ息をする。 廊下の奥からアヴィがため息をつきながら現れる。 「ああ、もう……こうなるから嫌だったんですよ」 「ア、アヴィ!? これどういうこと!?」 「どうもこうも、ご主人様がチビたちを甘やかした結果です」 「……マ、ジ?」 「……やれやれ。どーすんだ、これ?」 振り返ると、眉間にシワを寄せたガウルが腕を組んでいる。 「い、いやいや!! 俺のほうが聞きたいんだけど!?!?」 「ユーマ、モテモテだね♡」 クーの追い打ちに、冷や汗が止まらない。 そして元チビーズがピシッと敬礼し、声をそろえた。 「兄貴ッ!! 俺たちはこれから、兄貴のためだけに命を張りやすぜッ!!!」 「や、やめてくれええええッッ!!!」 筋肉! 汗!! 咆哮!!! 謎のBGMドンドコドンドコ!! 「ヒールで救った獣人ショタが全員マッチョに進化するなんて、聞いてねえぇぇよおぉぉぉ!!!」 「「「兄貴ぃぃーーッ!!!」」」 マッチョーズが抱きついてくる!!肩!胸板!腕!全部ゴリラァァ!! いや、顔だけは――無駄に王子様級イケメンンンン!!! 「やめろォォォ!!!押しつぶされるッ!俺の青春がプロテインシェイクにされるッ!!!」 ……もうだめだ。 この物語は――筋肉に、完全に呑まれているッ!! なんでだ!? 俺のショタパラダイス、どこいった!? つい今朝までほのぼの幼稚園だっただろうが!! なんで魔法学院の入学式行って、帰ってきたらムキムキ筋肉モンスターたちの要塞になってるんだよ!?!? 誰かあぁぁーーッ!!このカオスをッ!! 筋肉まみれの物語を、なんでもいいから終わらせてくれええぇぇぇッッッ!!!! \\\ 完 /// 「ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ」 これにて、筋肉だらけの物語はひとまず完結と相成りました! 最後までお付き合いくださった読者の皆さま、本当にありがとうございました!!!

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