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第57話 フォーマンセル ー轟獣竜戦ー⑥

 あれから。ルギドの仔竜は、人間に対する攻撃性が見られなかったことから、しばらく王城で保護されたのち、本来の生息地である山岳地帯へと帰されることになった。  ――穏やかに幕を下ろしたはずの件だ。  なのに今、俺の胃は、きゅうっと縮こまっていた。  俺は今、王城の謁見の間にいる。  磨き上げられた大理石の床にひざまずき、背筋を正したまま、正面の玉座を見上げていた。  そして俺の背後には、マッスル獣人11名。  彼らは腕を組み、胸を張り、威圧感の塊。  圧が強すぎて、もはやどっちが支配者側なのかわからない。  しかしその中で、リィノとリーヤだけは謙虚に膝を折っていた。  「おい、おまえら! 王様の前だぞ! もっと謙虚にしろ!! リィノとリーヤを見習え! ひれ伏せ! 頭を下げろ!!」  俺の必死の囁きは壮麗な玉座の間に虚しく吸い込まれ、背後の巨躯たちはびくともしない。  「……俺たちはこいつに仕えてない」  「王様を親指で指すなーー!!」  ガウルは鼻を鳴らすだけ。  クーとアヴィは、テンパる俺を、まるでハムスターでも眺めるような慈愛の笑みで見守っていた。  (……あ、ダメだコレ。俺の焦りだけが、回し車みたいに高速回転している)  冷や汗が飛散する中、国王は豪快に笑い飛ばした。  「ハッハッハ! よい、気にするな、ユーマ殿。貴殿の忠犬……いや、妻たちの忠誠心、確かに見届けたぞ」  「はあ……すみません……ほんとに」  「それよりもだ」  国王の表情が引き締まる。  「先の轟獣竜(ルギド)襲撃において、貴殿らの功績は、この国の存亡を救ったに等しい!  ゆえにユーマ殿には爵位と特別功績金を——そして、その妻らには騎士号を授ける!  望むものを、すべて受け取るがよい!」  宰相が巻物を広げ、厳かに読み上げる。  「ユーマ殿に男爵位! 功績金1000万ギニー! 並びに、配偶者一同へ騎士号を叙任!」  (……え、ええええぇぇぇ〜〜〜〜っ!?)  男爵? 騎士? 俺たちが……?  いやいやいやいや待て。  庶民代表みたいな俺と、汗と筋肉と本能と混沌で生きてる野生系マッスルファミリーが!?  混乱する俺の背後で、マッスルたちの闘気が、喜びと興奮で1.5倍に跳ね上がるのが、肌にビリビリ伝わる。  だが──ただ一人、ガウルだけは微動だにせず、玉座の王をまっすぐ見据えていた。  「……ガウル。おまえ、まさか知ってたのか?」  静寂。返答なし。  なのに、俺に向けられたその瞳だけが──ひどく満足そうに、笑っていた。  「あ、あの陛下……! ご存じかと思うんですが、俺、まだ“学生の身”でして! 領地管理とか、えっと、そういう大人力が求められるお仕事は、正直……荷が重いというか……その、ムリですっ」  なんとかやんわり回避しようとする俺に、王はフッと口元を緩めた。  「案ずるな。男爵といっても“名誉爵位”だ。当面は学生としての本分を優先してくれて構わん。公務は不要、必要な時のみ顔を見せてくれればよい」  ​その言葉に、俺は心底安堵した。国王は、俺が「面倒事が嫌い」なことを正確に把握してくれていたらしい。さらに宰相が穏やかに続ける。  ​「行政権や徴兵義務もございませんのでご安心を」  ​(よかった……領地経営とか言われたら死んでた)  「あ、あと、その……もし可能でしたら、功績金は、戦いで亡くなられた兵士のご遺族にお使いくださいませんでしょうか……?」  言葉が落ちた瞬間、空気が変わった。  豪奢な玉座の間に、ひやりと静寂が走る。  王も宰相も、そして背後のガウルたちでさえ、一瞬、息を飲んだ。  今、ガウルたちのおかげで生活に困っているわけではない。困ってはいないのだが――今、俺はある重大な問題を抱えていた。  そして、これは問題解決に向けての最大のチャンスだ……!  「……ユーマ殿」  王の声が、深く、静かに響く。  その重みを正面から受け止め、俺は勢いよく頭を下げ――  「その代わり、と言うのもあれなんですが……陛下がお召しにならないお古の服を、いくつかいただけませんでしょうか! 丈夫で、少し大きめだと助かります!」  俺が叫ぶように懇願すると、王は固まった。  本当に、時間が止まったみたいに固まった。  だが俺は大真面目だった。  マッスル獣人サイズの服なんて、世の中にほぼ流通してないのだ。  現状、うちのチビたちは家でも外でもほぼ半裸。  いつご近所から「裸エプロン集団がいる!」と通報されてもおかしくない。  次の瞬間――玉座の間が揺れるほどの爆笑が轟いた。  「ハ——ッハッハッハッハ! 服のお古だと! 見事だ、見事な謙虚と実利の精神よ!  確かに、貴殿の妻たちの体躯では既製品など無意味か!」  王は目尻を拭いながら、力強く宣言した。  「よかろう! その願い、聞き届けた! ――だが、服はお古ではない!」  「へっ!?」  「最高の仕立てと生地をもって、そなたとそなたの愛すべき妻たちのために、特注で誂えさせよう!」  「い、いえ、本当にお古で! 丈夫な作業服とかでいいので! チビたちすぐ汚しますし、新品とか勿体ないですから!?」  だが、俺の必死の抗弁も虚しく、後日大量の服が自宅に届けられた。  木箱の中身を見た瞬間、俺は頭を抱え、その場に崩れ落ちる。  中に詰まっていたのは──マッスル獣人向けの最高級仕立て服が、何十着。さらに、ガウル、クー、アヴィ、ライト、リィノ、リーヤ、そしてチビーズ全員分の、王室専属の仕立屋が採寸して誂えた新品の戦闘服と普段着の山。  そして、それらすべてに、誇らしげな王家の紋章が刺繍されていた。  「あ、あああ……」  俺が呻く横で、獣人たちは一斉に歓声を上げた。  「兄貴! これでもう町に出ても裸族って後ろ指差されねぇでさぁ!」  チビが新品のズボンを満面の笑みで握りしめる。  「さすが王様♡ 新品だね、ユーマ♡」  クーが、漆黒の生地に金糸の刺繍が輝く戦闘服を、得意げに広げた。  「……生地は申し分ない。だが、この装飾は狩りの時に邪魔だな」  ガウルは文句を言いながら、しっかり触り心地を確かめている。  アヴィが優雅に歩み寄り、俺の肩へそっと触れた。  「ご主人様用の服もありますね。ふふ……なかなか良い趣味です」  長い睫毛を伏せ、艶めいた笑みを浮かべて囁く。  「もっとも、ご主人様は……なにも纏っていない姿が、僕は一番好きですが」  「だよね〜♡ どうせすぐ脱がせちゃうし♡」  クーが即座に食い気味で追撃してくる。目がキラキラしている。やめろ。  そして、黙って生地を確かめていたガウルが、無表情のまま低く言い放つ。  「普段、ヨレヨレのボロ切れみたいなの着てるしな。着ても着てなくても大差ないだろ」  「おまえらまとめて黙れーー!!」  (違う! 俺が欲しかったのは、王家の紋章入りの威厳ある新品じゃない!  チビたちが思い切り汚せて、破れたら捨てられる、お古で良かったんだよおおぉぉぉッ!)  男爵なんて立派な名誉爵位を拝命しても、俺の長年の貧乏性は、チビたちのエプロンの油汚れのように、こびりついて落とせそうもなかった。

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