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第62話 赤髪の聖女①

※アヴィ×ユーマ回。ちょい長めのエピソードになります。序盤〜中盤、シリアス風味コメディ。終盤がっつり(?) ***  グローデン国王が治める王政国家――アルケイン王国で発生した、あの『ルギド襲撃事件』。  それは、誰もが予期せぬ波紋を呼び起こしていた。  生ける“災い”と恐れられた竜を、激闘の末に鎮圧した。その一報は瞬く間に国中を駆け巡り、やがて国境を越えて、同盟国ヴェスタリア神聖公国へと届く。  ヴェスタリア――そこは神を絶対とする信仰国家。  玉座に座すのは、この世における神の代行者たる存在、ピウス法皇(ほうこう)である。  そして今、その聖域の頂にもまた、アルケインで起きた一つの奇跡が、静かに波立ち始めていた。  問題は、その“中身”だった。  ――祝福をもたらす奇跡の神子、“赤髪の聖女様”が竜を鎮めた。  ……などという話に、尾ヒレ背ビレ腹ビレ、ついでに金魚のフンまで盛られ、手のつけようがないほど美談として広まってしまったのである。  そして、この“赤髪の聖女”とは、まさに俺のことだった。  (……いや待て。なんでそうなる!?!?)  当然、それは国王陛下の耳にも届いていた。  王の執務室に呼び出された俺とアヴィは、険しい面持ちで書状を読み上げる陛下の声に、ただ静かに耳を傾けていた。  「――ヴェスタリア神聖公国は、ピウス法皇猊下(ほうこうげいか)の御命により、同盟国アルケイン王国に対し、  神の恩寵たる聖女の聖なる御力を、聖域へ派遣し、至高の栄誉に与ることを命ずる――」  重々しい声が途切れたあと、部屋に一瞬の沈黙が落ちた。  「聖女の派遣を命ずるって、ずいぶん……上から目線ですね」  思わず漏れた俺の苦笑に、陛下も深く頷く。  「ああ。昔からヴェスタリアはこうだ。それが原因――とは言わんが、今でこそ同盟国ではあるものの、  長い歴史の中で宗教観の違いと領土を巡り、小競り合いが絶えなかった国でな」  「……目的は、なんですか?」  静かに聞いていたアヴィが、鋭い視線で王を射抜いた。  「分からん」  王は低く息を吐き、机上の書状を指先で叩いた。  「ここまで話が広まってしまっては、俺がいくら『聖女など架空の存在だ』と突っぱねても無駄だ。  連中はそれを逆手に取り、『神の恩寵を隠匿している』と難癖をつけて、我が国を揺さぶり続けるだろう」  (どんなヤクザ国家だよ……!?)  「――つまり、ご主人様を、汚い政治の駒にするおつもりですか」  アヴィの声が一段と低く落ちた。  空気が凍りつき、鋭い殺意が場を裂く。  「アヴィ」と声を上げたが、彼は静かに手を伸ばして制した。  「……貴殿の憤りは理解できる」  国王は、苦渋を滲ませながらゆっくりと続ける。  「だが、この“神聖な要請”を拒めば、長年築いてきた同盟に決定的な亀裂が入る」  「……つまり、最悪、戦争もあり得る、と?」  俺の声が、張り詰めた空気の中で吸い込まれていく。  王はしばし沈黙し、そして重い溜息を落とした。  「――連中の信仰を盾にした論理は、無いとは言い切れないな」  「ヴェスタリアの脅しに屈し、ご主人様を危険に晒すことが――この国の“正しい選択”だというのですか」  「アヴィ」  「貴方方の、事を穏便に済ませたいという醜い保身のために、これ以上、ご主人様を巻き込まないでいただきたい」  彼の言葉尻には、冷静でありながらも抑えきれぬ氷のような怒気が孕んでいた。  「アヴィ、ちょっと言い過ぎだよ」  俺がそう諭すと、アヴィはしばし沈黙する。納得がいっていないその不満顔を一瞥し、俺はグローデン国王に向き直った。  「……要するに、理由は何であれ、聖女をヴェスタリアに派遣したら、あっちは満足なんですよね?」  「――ああ、端的に言うとそうだ」  「いいですよ、それくらい。そんなんで丸くコトが収まるんなら」  「……ッ、ご主人様!」  「アヴィ。この国には俺の大事な家族がいるんだ。父さんと母さんには……まぁ、色々と思うところはあるけど、仮にも親だしさ。それにリセルもいる。そして、なによりお前らがいる。やっぱり戦争なんてことになったら嫌だからさ。……俺は家族を守るためにヴェスタリアに行くよ」  「ですが! そもそも、回復魔法を使える魔術士を適当に影武者として送ればいいじゃないですか! なぜ、ご主人様が危険を冒す必要があるんです!」  アヴィの声は切羽詰まり、空気を震わせた。  だが王は、苦い笑みを浮かべながらゆっくりと息を吐く。  その視線が――ほんの一瞬、俺の細身の体をなぞった気がした。  「……それができれば、どれほど良かったか」  低く観念したような声が、静まり返った執務室に落ちる。  「貴殿らも知っているだろう。我が治癒魔術士団には、ユーマ殿以外――聖女の衣装が入らぬほど、筋骨隆々な男しかおらんのだ」  確かにそうだな、と、作業所で鍛錬(という名の筋トレ)に励む団員たちの姿を思い浮かべる。  そして次の瞬間、俺はようやく重大な事実に気づいた。  (……いや、ちょっと待て。今さらっと“聖女の衣装”って言わなかったか?)  「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!?」  思わず立ち上がる。カウチソファが、ミシリと悲鳴を上げた。  「今回の件って、女装して行く前提なんですか!? 『聖女って噂ですが実は男でした★』で済まないんですか!?」  必死の訴えも虚しく、重苦しい沈黙が室内を包む。  アヴィでさえ目を伏せ、唇を結んだままだ。  王は哀れむように俺を見つめ、静かに首を横に振った。  「……残念ながら、それでは済まぬのだ。『聖女が男でした★』では、外交どころか――即座に宗教戦争になりかねん」  その言葉は、まるで逃げ道を塞ぐ鋼鉄の扉のように重く響いた。  「な、なんだってえぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜!!!」  俺の絶望の叫びが、荘厳な王の執務室に、見事に浮いてこだました。

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