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第79話 仔竜の贈り物⑤
ロイドさん曰く、仔竜――愛称ルギちゃん(名付けの安直さよ!!)は、気づけば手に負えないサイズに育ってしまったため、最終的には城の中庭で飼われていたらしい……。
ルギちゃんを中庭の寝床にきっちり繋留し直したあと、俺はロイドさんの“仕事部屋”へと案内された。
……が、扉を開けた瞬間、思わず言葉を失う。
何に使うのか分からない魔道具、積み上がった書類と書物、謎の資材。テーブルは隙間ゼロ、床にも紙の山。
「部屋」なのか「物置」なのか──判断を放棄したくなる惨状だった。
「いや〜、ほんと助かったよユーマ君! ありがとね〜★」
ロイドさんは言いながら、なぜか荷物で埋まったローテーブルから器用にコーヒーを差し出してくる。
俺は、半分倉庫と化したソファの上に積まれた本をそっと脇へ追いやり、なんとか確保したわずかなスペースへ腰を下ろした。
ロイドさんは、荷物の山にもたれかかるようにしてコーヒーを一口すすり、ふぅ、と気の抜けた息を落とす。
そして——まるで雑談でも始めるみたいな気軽さで口を開いた。
「今までもさ、ルギちゃんって──たま〜に一人で森にふら〜っと散歩に行くことあったのよ」
「えっ!? そ、それって大丈夫なんですか!?」
「うんうん、大丈夫大丈夫★ なんかね、適当に魔物しばいて食べてたみたいで〜」
「“たまに外食してました”みたいなノリで言わないでください!!」
(おい、この人を管理責任者にしたやつ出てこい!!)
「いや、最初は俺っちもテンパってたけどさ。でもお利口さんなもんで、お腹いっぱいになったら、ちゃんと城に戻ってきてたのよね〜」
俺は唖然とし、開いた口が塞がらなかった。
(なんだ、その“賢い飼い犬”みたいな言い方は……?)
前世の日本には、犬の首に財布をぶら下げて買い物へ行かせる──そんな古めかしい逸話すらあった。
だがそれは、人間社会に順応した愛玩動物の話であって。
従魔契約 なんてシステムが無いこの異世界で、元・野生の巨大ドラゴンを“腹が満ちたら帰ってくるだろう”で放し飼いにしていたとは。
思わず額を押さえる。規格外にゆるすぎる管理体制に、頭痛すらしてきた。
「んで、今日に限って鎖ちぎってさ〜。で、いつもの森じゃないほうに飛んでいっちゃったのよ。あ、これヤバいなーって追いかけたら……魔法学院の壁にペタッ★ って張り付いてたってわけさ」
「……魔法学院でまだ良かったですけど。もし魔法省なんかに行ってたら、今ごろドラゴンの丸焼き事件になってましたよ」
「あー、それは無い無い。あそこ、腑抜けの温室だからさ★ 火の粉ひと粒で右往左往する連中よ?」
(……魔法省、やっぱりだいぶ色々やらかしてきたんだな。扱いが雑すぎる)
俺はため息を吐きながら、核心に触れる質問をした。
「…………あの。もうそろそろ……野生に還したほうが、いいんじゃないですか?」
苦虫を噛み潰したような顔でそう告げると、ロイドさんは「やれやれ」といった風に肩を竦め、気まずそうにため息をついた。
「それがね〜……。損得勘定にがめつい上の連中がさ、『あと一回脱皮するまで待て』って言うわけよ……」
「えっ? それって……どういうことですか?」
ロイドさんの言っている意味が全くつかめず、思わず聞き返す。
すると彼は、山積みになった荷物の中をごそごそと漁り、やがて――ずっしりと重そうな大きな麻袋を引っぱり出してきた。
「轟獣竜 ってさ、幼体から成体になるまでに何度か脱皮を繰り返すんだけど……その度に、古い鱗がポロッと剥がれ落ちるのよ」
ロイドさんはそう前置きすると、足元に置いていた麻袋の紐を緩めた。
中を覗き込んだ瞬間、俺は思わず息を呑む。
袋の中には、黒曜石のように深い黒を宿しながら、宝石のような透明感を帯びた塊が、幾重にも折り重なるように収められていた。
「……これ、ルギドの鱗ですか?」
「そう。最終形態になったらもう脱皮しないから、めちゃくちゃ貴重なのよ。
今、これがミスリル鉱石なんて目じゃない、金より高い値で取引されるからさ……上の方が“もうひと脱皮だけ待て”って言い張ってんの」
「……ミスリル鉱石よりも、ですか?」
思わず聞き返す俺に、ロイドさんは短く頷き、テーブルの上の短剣へと手を伸ばした。静かな音を立て、鞘が抜かれる。
「これが、ルギドの鱗で作った短剣」
露わになった刀身は、刃の部分だけが淡く透ける、底なしの夜を閉じ込めたような漆黒。光を吸い込むくせに、刃先だけがかすかに反射し、鋭利な気配で肌を刺す。
「普通の黒曜石だと切れ味はあっても、横からの衝撃に脆くてね。だけど——ルギドの鱗を精製した刃は違う。切れ味も耐久度も、ミスリルなんて比じゃないのよ」
そう言いながらロイドさんは、短剣をひょいと回して見せた。黒い軌跡が空気に溶ける。
「まあ、そのぶんミスリルより少し重いし、鱗を鍛えられる職人もごくわずかだけどね。それに——ミスリルは魔力をよく通すけど、こいつは魔力を“弾く”。だから魔道具にはぜんっぜん向かない」
(魔力を……弾く?)
その特性は、むしろガウルの剣にうってつけじゃないか。胸の奥が、ざわりと揺れた。
「あの……これ、買うといくらですか?」
麻袋いっぱいに詰まった鱗へ視線を落とし、恐る恐るロイドさんを見上げる。
彼は口角を上げ、ニヤリと笑って指を一本、ひょいと立てた。
「これ一袋で——最低でも1000万ギニー」
脳が一瞬、固まった。
1000万。
……額のゼロを数える作業すら追いつかない。
愕然として、ただ袋の中身を覗き見ることしかできない俺にロイドさんはとんでもないことを言い出した。
「それ、持ってっていいよ。王子からも話、通ってるし」
「…………えっ!?」
思わず、情けないほど声が裏返った。
「……正確には、王子から王様経由で、正式に許可が出てる」
言葉を失ったまま、俺はただ呆然と、学院での王子とのやり取りを思い返していた。
(……王子、いつの間にそんな根回しを……!?)
ロイドさんは肩を竦めて笑う。
「ほら。ルギちゃんが人を襲わないのも、君のおかげだろ? つまり君がいなかったら、この鱗もここにはなかったってわけだ。……それに今日のお詫びも兼ねてさ★ ――大丈夫。誰も文句なんて言わないよ」
あまりにも軽い口調だったせいで、かえって現実感が追いつかなかった。
「それに君、ルギド討伐の功績金も、辞退してるだろ?」
「で、でも……代わりに服は、たくさん貰いましたし……」
「そんなん、大した額じゃないっての」
価値を知ってしまった後では、「はい、わかりました」なんて簡単には受け取れなかった。
俺が言葉を選んでいると、ロイドさんは少し身を乗り出して、声を落とす。
「……なあ。これ受け取ってくれないとさ、王様に怒られるの、俺っちなんだよ」
冗談めいた口調なのに、ほんの少し真剣な目。
「マジでグローデン国王、ユーマ君ちの猛獣の次に怖ぇんだからさ……。頼むって。俺っちを救うと思ってさ、な?」
俺は、足元に置かれた麻袋へと視線を落とした。
黒曜石のように艶を帯びた、鱗の塊。
――これで、ミスリルをも凌ぐ強靭な剣がつくれる。
誰かを傷つけるためのものじゃない。
彼自身と、彼の大切な誰かの命を守るための武器だ。
(……俺のくだらない意地なんかより、ガウルの命のほうが……ずっと大事だ)
俺は深く息を吐き出し、覚悟を決めたように麻袋の口紐をぎゅっと握りしめた。
「……わかりました。じゃあ、ありがたく受け取ります」
「そうしてくれると助かるよぉ〜!」
途端にロイドさんの顔がぱっと明るくなり、俺の肩をバシバシと軽快に叩く。
俺はされるがまま、ずっしりと重い麻袋を小脇に抱えた。その重みは、そのままガウルを想う重みのような気がした。
そのとき――部屋のドアが控えめにノックされる。
ロイドさんが「どうぞ〜」と応じると、マルコム室長がひょっこりと顔を覗かせた。
「……ユーマ君、クー君が迎えに来てるよ」
「ユーーマーー♡ 帰りが遅いから心配したよぉ!」
室長の背後から甘えたバリトンボイスが響くや否や、大きな影が飛び込んできた。
ソファに座っていた俺は、背後からガバッと腕を回され、首筋にスリスリと頬ずりされる。
「ちょ……人前でやめろって!」
クーは俺の抗議などお構いなしに抱きついたまま、膝の上にある麻袋を覗き込み、「……ん? ユーマ、これなぁに?」と、無邪気に中からひとつ摘み上げた。
「ルギドの鱗。……持って帰っていいって」
「へぇ〜。きれいだねぇ♡」
あまりにも裏表のないその感想に、なぜだか胸の奥の力がすっと抜けていくのを感じた。
「ああ……そうだな」
こうして俺は、迷子の仔竜を送り届けた代わりに、思いがけない贈り物を手に入れた。
小脇に抱えた麻袋はやたらと重く、クーは相変わらずベタベタまとわりついてくる。
(……今日一日、情報量が多すぎないか?)
胸に少しの疲労と安堵を抱え、クーと共に城を後にする。敷地を出た途端、「みんな心配して待ってるから急ごうね♡」という理由で、俺は麻袋ごとクーにひょいと抱きかかえられ――
「ひぃぃ〜ッ、クー! 落ちる! 舌噛むってぇ!!」
「大丈夫、落とさないよ♡」
景色が流れるほどの猛スピードで茜色の道を駆け抜けられながら、俺は麻袋とクーの服を死に物狂いで握りしめるのだった。
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