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第78話 仔竜の贈り物④

 ガウルが家を出てから、もう三日が経った。  この世界に転生してからというもの不便には慣れたつもりだが、こういう時だけは思ってしまう。  ――スマホのひとつでもあれば、気軽に連絡できたのにな、と。  (……いや待て。そんなこと考えてる俺、束縛の重い彼女みたいじゃね!?)  自分で自分にツッコミを入れて、変な邪念を追い払う。  そうして今日も、俺は魔法学院で真面目に授業を受け、午後の講義も学級会合(ホームルーム)も無事に終わった。  後は帰るだけ――そう思いながら鞄に魔導書やノートを詰めていると、ミシェル王子が、音もなくすっと俺の机のそばへ歩み寄ってきた。  「……ユーマさん。最近、なんだかお疲れではありませんか?」  「えっ!?」  耳元でいきなり核心を突かれ、俺はビクッと肩を跳ねさせて固まってしまった。  恐る恐る横を見ると、ミシェル王子が心配そうに眉を下げ、そっとこちらを覗き込んでいる。  「もし僕の思い違いでしたら構いません。ただ……いつもより元気がないように見えましたので」  図星を突かれ、俺は一瞬言葉に詰まってしまった。  自分では努めて“いつも通り”に振る舞っていたつもりだったのに。王子の慧眼(けいがん)には、俺の空元気などお見通しだったらしい。  隠しきれない動揺をごまかすように、乾いた笑いがこぼれ落ちた。  「……あはは、あー……そんなに俺、態度に出てました?」  「はい。授業中も、心ここにあらずといった様子でしたから」  王子はふふ、と上品に笑ってから、少し声を潜めるように続けた。  「てっきり、先日のヴェスタリア遠征の件が響いているのかと案じておりました。あれは色々と……精神的にも“制約”の多い任務でしたから。今になって疲れが出たのではないかと」  その言葉に胸の奥がじんわりと温かくなる。  次期国王という立場でありながら、こうして一介の学生である俺の調子まで気にかけてくれる。その優しさが、どこかくすぐったくて、ありがたかった。  俺は頬を掻きながら、観念したように息を吐く。  「ありがとうございます、王子。でも……違うんです。疲れっていうか、その……心配事で」  「心配事、ですか?」  王子の澄んだ茶色い瞳が、そっと俺を見た。  「はい。実は三日前から、ガウルの奴がいなくて」  そこから俺は、胸につかえていた事情をぽつりぽつりと打ち明けた。  例のルギドとの戦闘で、ガウルの愛剣が刃毀れしたこと。  修復には『ミスリル鉱石』が必要だが、王都では入手できなかったこと。  そのためガウルが、産出地であるラザ鉱山まで、たった一人で旅立ってしまったこと。  「――皆には『一人で大丈夫』なんて言ってて……。まぁ実際あいつなら大丈夫なんでしょうけど」  口に出した途端、抑え込んでいたもどかしさがまたじわりと溢れてくる。  ただの剣の修理ならいい。でも、相手はあのガウルだ。  “無茶をしていない”なんて保証、どこにもない。  せめて誰かと一緒に行ってくれたら、こんなに心配することもなかった気がする。  「……なるほど。そういうことでしたか」  すべてを聞き終えたミシェル王子は、深く納得したように頷いた。  「つまりユーマさんは、ガウルさんに“頼ってほしかった”のに、ガウルさんが全て一人で決断してしまったから落ち込んでいたんですね」  「……へ?」  王子のその言葉がストン、と胸に落ちた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。  (……そうか。俺がこんなに不安で、モヤモヤしていたのは) ​ “心配”の裏側に隠れていた、言葉にできないわだかまりの正体。  ――本当は、俺も頼られたかったんだ。  「ラザ鉱山まで、ついて来てほしい」と。彼の決断に、自分も隣で関わりたかったんだ。  俺が何も言えずにいると、王子はどこか申し訳なさそうに目を伏せる。  「実は、我が国の騎士団でもミスリルソードを扱う兵は多くおりまして……。先日のルギド襲撃を受け、武具の点検と修繕が急増いたしました。  その結果、王都に蓄えていたミスリルの在庫も、ほとんど尽きてしまったようなのです」  「そうだったんですね……」  「知らぬとはいえ……申し訳ありません。本来なら、あの討伐で一番の功績を挙げたガウルさんに、優先して融通すべきでした」  「い、いえ! そんな……! ミシェル王子が謝ることじゃ――」  その瞬間だった。  俺が慌てて手を振った拍子に、ふいに視界が暗転する。  巨大な影が差したのだ。  その気配に、ミシェル王子の目が驚愕に見開かれる。  ​続いて――。  ​ミシィッ。  ​窓ガラスが、外側から巨大な質量で押しつけられるような、不穏な軋み音を立てた。  ​「……なッ!?」  反射的に振り返った俺は、思わず息を呑んで後ずさる。  ​窓のすぐ向こう。  学舎の外壁に、あの轟獣竜(ルギド)が――まるで巨大なヤモリが壁にへばりつくような体勢で爪を立て、教室の中を覗き込んでいたのだ。  「うわっ……!」「嘘でしょ!?」「ルギド!? なんでここに――!」  残っていたクラスメイトたちが一斉に悲鳴を上げた。  「おい、誰か先生呼んでこい!」「早く!!」  ざわめきが一気に爆発し、教室の空気が乱れる。  そんな中――俺の背筋に、つうっと冷たい汗が伝った。  だが、外壁に張り付くルギドは襲ってくる様子がない。むしろ、こちらの様子を確かめるように、左右に首を傾けて“覗き込んで”くる。  ガラス玉のように透き通った緑色の瞳。  瞬膜がぱちりと瞬きし、続いて喉奥で「クルルゥ……」と甘えるような鳴き声を漏らした。  大型犬ほどだったあの仔竜が、今では大人の象すら凌駕する巨体へと成長している――。  (……嘘だろ!? これ、王城で保護されてた仔ルギドじゃねぇか!? なんで学院に……!?)  「おいッ、クロード!! 王子殿下も、早く逃げろ!!」  怒号に振り向くと、クラスメイトの一人が蒼白な顔で攻撃魔法を展開しかけていた。  腕は恐怖で震えているのに、パニックで魔力だけが暴走しかけている。  「ま、待て!! 攻撃するな!!」  俺は反射的に飛び出し、彼とルギドとの間に立ちはだかった。両腕を大きく広げて、完全に射線を塞ぐ。  すぐ背後でミシェル王子も駆け寄り、俺の横に並んで声を張り上げた。  「皆さん、落ち着いてください! この個体は人を襲う性質ではありません! まだ幼体です!」  「子供でもルギドはルギドでしょう!? この前だって犠牲者が出たんですよ……!?」  男子生徒の反論はもっともだ。あの惨劇を知っている以上、冷静になれという方が無理がある。  そこへ――廊下の奥からバタバタと慌ただしい足音が迫り、  「――ッ!?」  カーヴェル先生が、珍しく血相を変えて駆け込んでくる。  俺はすがるように叫んだ。  「先生!! このルギドは王城で保護されてた個体です! 人間を襲うような子じゃありません! なんでここにいるのかは分かりませんけど――危険は無いはずです!」  先生は一瞬だけ目を見開き、窓の向こうの仔竜を鋭く観察した。  「……しかし、この巨体では万が一の事故もあり得ます。皆さん、刺激しないよう静かに講堂へ避難してください!」 ​  先生の声にも、隠しきれない硬い緊張が滲む。  ​その時だった。  窓の外、遥か下から――  ​「あ、いたーー!! ルギちゃーーーん!!」  という、緊迫した空気を粉々に砕く、能天気な大声が響き渡った。  全員の視線が一斉に窓へ向かう。  俺も恐る恐る三階の窓から下を覗き込むと、学舎の方へ向かってロイドさんが全力疾走してくる。その後ろには、白いローブを翻しながら必死の形相でついてくる宮廷魔道士たちの姿。  「……ロ、ロイドさん!?」  校庭では逃げ惑う生徒たち、対応に追われる教師たち、そして白ローブの魔道士が周囲に必死で頭を下げて回っている。  (…………あ、これ絶対なんか、やらかしてるやつだ)  俺が嫌な予感に眉を寄せた瞬間、ロイドさんが教室の方を見上げ、俺に気づいて満面の笑みと共に手をブンブン振った。  「ユーマくーーん!! ごめーーんっ★  ルギちゃん、城から脱走しちゃったんだよーー!!」  (…………おいッ!! ガバ管理にもほどがあるだろ!!)  思わず二度見した。  仔竜の後ろ脚には、太い鎖がぶっちぎれた枷が、まるでアクセサリーのようにぶら下がっている。  (いや……、このサイズの竜を人の手で管理しようってこと自体、もう無謀なのか!?)  その後はもう、完全にカオスだった。  ミシェル王子が学院長への事情説明に駆り出されている間、ロイドさんたちは三階の壁に張り付いたまま「降りたくない」とダダをこねる仔竜を捕獲するため、急きょ“おやつ作戦”を決行。  結果――ルギドは高級干し肉の匂いに釣られ、あっさりと地上へ降りてきた。  ……までは良かったのだが。  装着し直した首輪に繋いだ鎖を、屈強な魔道士3人がかりで引っ張っても、ルギドはその場でどっしりと座り込み、テコでも動かない。  「重ッ……! おい、動けって……!!」  「ほ、ほら肉! まだあるぞ……っ」  「も、もう無理ですよぉ、副長ぉぉ!!」  魔道士たちが半泣きで鎖と格闘する中――なぜか俺は、ロイドさんに「ユーマっち、ちょっち手伝って★」と鎖の先端を渡されてしまい。  そして今。  巨大ドラゴンを散歩させる飼い主みたいな構図で、俺が先頭に立ってルギドを引き連れ、城へ向かっていた。  (なんで俺が持つと素直についてくるんだよ……!?)  その前方では――  ロイドさんが先導し、通りの両脇で固まっている街の人々へ向かって、  「お騒がせしてまーす★」  「大丈夫でーす! この子、甘噛みしかしませーん★」  「はーいそこ道空けてくださーい! 踏まれても国から補償金出ませんよー★」  と、軽いノリで触れ回っていた。  (軽い! 命にかかわる注意喚起が軽すぎる!!)  「いやー、王子があの場にいてくれてラッキーだったわー★ でも俺っち、この件であとで始末書コースなんだよねぇ……トホホ……」  「い、いや……始末書で済むなら、むしろ奇跡では……!? 王子が尻ぬぐいしてくれたんですから、もっと真剣に反省してくださいよ!!」  鎖をしっかり握りしめ、背後で「クルル……」とご機嫌に鳴く巨大な“迷子”の重みを感じながら、俺は思わず素でツッコむのだった。

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