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第5話
「で、何をしにきたのかな?君は」
「う、」
「ここは君の部屋じゃ無いんだけど。」
「分かってるよ」
呆れたような声がすぐ側から聞こえてくる。
昼間、あんなに意気込んだにも関わらず実際坂木さんのマンションに押し掛けると何をどうしたら良いのか分からない。
『話がある!』とインターホン越しに叫んだまでは良かったんだけどな。実際に姿を目の当たりにすると、頭がテンパってしまった。
対して坂木さんはそんな俺を笑うかのように落ち着いていて、まるで宝石でも見るみたいにウィスキーの入ったグラスをゆっくりと回している。
カラン...と氷が音をたてるのがやけに大きく響く。
「何か話があったんだろ?」
クスクスと笑う声が聞こえ握っていた手に力を込めた。
くっそ、大人ぶりやがって...って、オッサンだからな!
「その、この間のこと、」
「うん?」
絞り出すように言葉を紡ぐと、柔らかい声が返ってくる。
その声に体に入っていた力が少しだけ抜けた。
「あんた言ってたよな『僕も尻が痛い』って。」
「言ったかな?」
「言ったよ!」
咄嗟に顔を上げ坂木さんを見れば、そこには面白がっているような表情があって。
「やっとこっち見た。」
「っ、な、」
言われたセリフに硬直してしまう。
バッチリと絡んだ視線を反らすことができない。
「人と話すときにはね、相手の顔を見るものだ。」
「...んなの、分かってるよ。」
「そう?なら下を向いてないで僕の顔見て話してみろ。」
「っ、」
挑発するように言われ声が詰まる。
そんなこと分かってる。
ガキじゃあるまいし。
これでもちゃんとした社会人で、それなりに営業成績だって上げてきた。
なのに、このオッサンの前じゃまるで小さな子供のようだ。
「で?僕は確かに『尻が痛い』と言ったけど。それが何?」
「何って」
あの日、帰ってから言葉の意味を考えた。
俺の尻が痛いのはこのオッサンに掘られたからだろう。
なら逆に坂木さんの尻が痛いのは、その原因は俺にあるのかと。
その事実が気持ちをソワソワさせる。
だって、
今までちゃんと反応しなかったんだ。
初めては高校の時
彼女を自分のベッドに押し倒したのに、感じたのは違和感で。
結局最後までできなかった。
その後も同じことの繰り返し。
社会人になってお店に行ってみるも、結果は同じ。
自分で弄ればちゃんと勃つのに、いざとなると役に立たない。
もしかしてゲイなのかと、そっち方面のビデオを見てみたが興奮しなかった。
...自分は一生童貞なのかと、諦めかけていたんだ。
「二ノ宮くん?え、ちょ、」
黙ってしまった俺の顔を覗き込んでくるのをキッと睨み付ける。
そうして手にしていたグラスを奪い取ると、一気に飲み干した。
喉がカッと熱くなる。
でもこれじゃ足りない。
机の上にあったボトルからウィスキーを注ぐと、それも一気に飲んだ。
「何やって、バカか君は」
「坂木さん...ヤろう!」
グラスを取り上げながらそう言う坂木さんの声に被せる。
「は?何言って...うわっ!」
突然のことに戸惑っている肩に手をかけ力を込めた。
フローリングに敷かれていたラグの上に押し倒せば、呆気に取られた表情の坂木さんと視線が絡む。
「もう一回、セックスしよう。てか、させて下さい。」
「はぁ?なんで?」
「だって...覚えてない。童貞捨てたのか、ちゃんとヤれたのか、覚えてないもん。」
「『もん』って、子供じゃあるまいし可愛い子ぶってんじゃねぇぞ。そんなに捨てたきゃ他所にいけ、他所に。」
「他じゃ勃たなかったからあんたを押し倒してんだよ!」
「んな!?」
どうしてそんな流れになったのか、どうやってヤったのか、全く覚えてない。
でも体は覚えてる。
記憶はなくても、体が熱を覚えてる。
じゃないと、キスを思い出しただけで勃つとか有り得ない。
だいたい、こうして組み敷いてみて嫌悪感を抱くどころか興奮してる。
「...ほら、もうこんなに熱い。坂木さんのせいなんだから責任とってよ。」
馬乗りになった体勢で熱くなってきた下半身を揺らす。
グリッと坂木さん自身に押し付ければ、ビクッと身体が震えた。
「っ、この、クソガキが...」
「うん、ガキだから我慢できねぇの。だから諦めろよ、オッサン」
ニッと笑って見せると困ったように細められる瞳。
僅かにシワの寄るその目尻にゾワッとした。
挑発したのはあんただろ、坂木さん。
アルコールの回ってきた身体をゆっくりと重ねながら、大きく吐き出される息を感じたー。
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