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02 訳ありの若君?
「よし。だいたいまとまったな」
柊は凝り固まった身体をぐっと伸ばしながら、椅子から立ち上がる。
在宅勤務中の静かな午後。キッチンへ向かい、コーヒーメーカーのスイッチを押した。
andoを取材してから数日が経っていた。窓の外では冬の気配が日ごとに濃くなり、街の空気も冷たさを増していく。
進捗は順調だった。原稿はひと通り整い、あとは誌面にレイアウトしていく。
(やっぱり、訳ありなのかな)
コーヒーを片手にデスクへ戻りながら、先ほど仕上げたばかりの記事のことを思い返す。取材の中で気になった、あの一瞬。終始穏やかだった俊一の表情が、ある問いの中でふと曇ったのだ。
「……南さん、ご実家が京都の老舗和菓子屋さんなんですよね。どうして北海道でお店を開こうと思われたのか、お聞きしてもいいですか?」
その質問を投げかけたとき、俊一の空気が一瞬ぴたりと止まったのだ。
柊は、その変化を見逃さなかった。
「……あの、難しいようでしたら、次の質問に移りますので」
「……いや、大丈夫ですよ」
一瞬、目を伏せた俊一。けれど、すぐに微笑んで話し始めた。
「……私、ほんとにあんこが好きなんです。産地によって風味が全然違ってて……中でも十勝の小豆が特に好きで。気づいたら、北海道に来てました。ノリと勢いってやつ」
冗談めかして言ったその言葉は、たぶん嘘ではなかった。
けれど、最初の“間”がすべてを物語っていた。
きっと、いろいろあったのだろう。
老舗の和菓子屋という生まれ。先代との関係とか。
きっと、語られなかった物語がある。
わざわざ遠く離れたこの地に来るくらいには、きっと。
(……僕が想像したって仕方ないけど)
柊はコーヒーを飲み干し、そっとマグカップを置いた。
「よし、気分転換しよ」
そう呟いて、出かける準備を整えた。
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