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11 ふたりで歩く未来
あれから季節は巡り、札幌にもようやく春の陽気が訪れた。
餡子専門店「ando」では、この時期限定の商品が発売された。
レモンティー餡のおはぎ——柊をイメージして創作された、あの一品だった。
試作品にさらに磨きをかけて、繊細な練り切りでつくられた白い蝶が添えられている。
その斬新な組み合わせと確かな美味しさ、そして一日限定10個という希少性も相まって、発売初日から連日、飛ぶように売れていた。
「……あの蝶の細工は綺麗ですけど、なんで付け加えたんですか?」
細工があることによっておはぎのクオリティは上がったが、その分コストも手間も増えたはず。
何気なく問いかけた柊に、俊一はふんわりと笑ってこう答えた。
「ひいちゃんがね、……その、エッチした時、ふわふわ揺れて。蝶みたいに見えたん」
その瞬間、柊の顔は真っ赤になった。
なんでそんなことを、そんな無害そうな顔で、言えるのか。
「……ちょ、ちょっと! それをおはぎに反映させるのはどうなんですか……っ」
「うん、でも可愛かったし……忘れられへんかったから」
にっこりと返されて、なおさらどうにかなりそうだった。
甘すぎるのはおはぎだけじゃない。中に詰まっている俊一の想いが、あまりにも濃厚すぎて、
柊は売り場に並ぶそのおはぎを見るたびに、なんとも言えない気持ちになるのだった。
*
「……やっぱ、キャンセルしようかな」
静まり返った定休日のandoに、ぽつりと俊一の声が落ちた。
目の前には、丁寧に梱包されたひとつのダンボール。
俊一は、ひとつの大きな決断を下していた。
その箱には、自ら手がけたおはぎと、インタビューが掲載された冊子が収められている。冷凍発送用のボックスだ。
店の評判が少しずつ広まりはじめた頃、俊一は思い切って急速冷凍機を導入した。
今では、andoのおはぎを全国に届けられるようになったのだ。
その第一便を、自分の実家へ送ろうとしていた。
隣に立つ柊が、俊一の横顔をそっと覗き込む。
いつもは朗らかなその顔が、今日はほんの少しだけ強張っていた。
落ち着かない指先。わずかに震える手。
「大丈夫ですよ、俊一さん。きっと……喜んでくれます。それに——もう、あなたはひとりじゃないですから」
その言葉に、俊一はふっと息を吐いて、小さくうなずいた。
「……そうやね」
ちょうどそのとき、宅配スタッフが到着する。
簡潔なやりとりのあと、荷物は淡々と引き取られていった。
それはほんの一瞬の出来事だったのに、俊一の肩からはひとつ、長く重たい荷物が下ろされたようだった。
「ねぇ……この後、どこか行きませんか?」
「ええな。ひいちゃん、デートしよか」
ふたりは並んで店を出た。
肩を寄せ合いながら、ゆっくりと歩き出す。
冬のあいだ、すべてを覆い隠していた雪は、もうすっかり溶けていた。
足元には、春の光を受けて、アスファルトがきらきらと顔をのぞかせている。
けれど、もう何も隠す必要なんてない。
どんな風景の中でも——ふたりなら、まっすぐ歩いていける。
春の陽射しが、ふたりの歩みをやさしく照らしていた。
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