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プルルル……プルルル…… 「はい。営業、立花です」 あれから俺はいつものように出社していた。 下半身は女のままだけど、特に困ることもなく午後を迎えていた。 俺の職場は地域イベントのパンフや自治体案件を多く扱う、中規模出版社。 営業の俺は印刷会社との交渉係だ。 なかなか癖の強い職人たちを相手にするのは、俺みたいにお気楽な方が向いているらしい。 確かに俺は、おじさん受けがいいように思う。 最初は威嚇してきたおじさんたちも、今じゃ俺の顔を見れば肩を組んでくる人もいる。 うーん……嬉しいやら、悲しいやら。 それでも仕事が円滑に進むなら、それに越したことはないしな。 「……はい。そのように手配しますね。 次の納期を先方に確認してまた折り返します。 はい……失礼します。」 「先輩、お疲れーっす」 俺が電話を切った直後、背後から声が掛かった。 「塩野、お疲れー」 俺は椅子を回転させて塩野に向き合った。 「どうしたの?何かあった?」 塩野天馬。俺の2つ後輩だ。 仕事はできるし、気配りもできる。 ちょっと軽い印象があるのが玉にキズだが、それも愛嬌としてプラスになっている。 「先輩、俺の案件手伝ってくれませんか?」 「どこの仕事?」 「カラフルノヴァです。」 それは、優成の会社の名前だった。 カラフルノヴァ社。 広告代理店でありながら、中小企業の商品を直接販売したり、イベントを開催したり、幅広い広告展開を手がけている。 「内容はイベント関係?」 「いえ、商品の販促リーフレットっす」 なるほど。 リーフレットはうちの得意分野だ。 それで声をかけてきたんだ。 なんだか面倒そうな案件だな。 「……わかった。 紙材の発注や工場は俺が手配するよ。 詳細わかったら送っておいて。」 「ありがとうございます。 あ、それと……担当者の方が来てるんすよ。 一度、顔出してもらえませんか?」 「お前、それを先に言えよ!」 俺はそう言って勢い良く席を立った。 塩野が案内したのは小さな会議室だった。 俺は急いで扉を開けて挨拶をする。 「お待たせしてすみません。 営業の立花で…………すっ!?」 俺は目の前にいる男性の顔を見て驚いた。 「よっ!世利、今朝ぶりだな」 そこには、髪が整えられスーツ姿の優成が座っていた。 俺の顔を見て、ニヤニヤと笑っている。 「……なんだ。この案件、優成だったのか」 俺は出していた名刺入れをポケットに閉まった。 すると、後ろにいた塩野が声をかけてきた。 「先輩、高藤さんと知り合いなんすか?」 「うん。幼馴染なんだ」 「マジっすか?!すごい偶然っすね」 塩野が興奮気味に話すせいで、俺は少し気恥ずかしくなった。 優成は幼馴染なのに、何故か家族を紹介しているような気分だった。 「まさか世利が担当になってくれるとは思わなかった。よろしくお願いします。」 「あっ、はい。こちらこそ」 俺たちは仕事モードで挨拶をして、その後軽く打ち合わせをした。 仕事をしている優成を初めて見たけど、話がわかりやすくて頼もしい印象を受けた。 いつもの優成も頼もしいけど、スーツで働いてる姿は余計に格好良く見える。 俺はついチラチラと優成を盗み見てしまっていた。 頭もボサボサじゃないし、服もダルダルじゃない。 スーツ姿補正はズルい、なんかくやしい。 「……別人だよな」 「……何?」 「先輩?」 「あ、いや……」 俺は慌てて目の前にあったパンフレットに載ってる社長を指差した。 「この人の顔の話!」 「あー……うちの社長な」 優成が顔をしかめた。 「これは20年前の写真。今はツルッ禿だぞ」 「ブフッ……高藤さん、面白いっすね」 俺は何とか動揺を誤魔化すことができて、ホッと胸をなでおろした。 それでも、頬が熱くなってる気がして、さり気なく手のひらで隠しながら話を進めた。 「では、先方のデザインが固まり次第ということで。連絡お待ちしています」 塩野の締めの一言で、打ち合わせは無事に終わった。 その後、塩野は他の案件もあるため、一足早く会議室を出ていった。 「優成はこれから会社に戻るの?」 時計の針は17時を指していた。 軽い打ち合わせのはずが、気づいたらこんな時間になっていたようだ。 「いや、俺は直帰するよ。家でもデータ送れるし。 お前は?まだ帰れない?」 「俺は明日の確認したら帰ろうかな」 「それなら待ってるから一緒に帰ろうぜ」 「……わかった。急ぐから下で待ってて」 それから俺は大急ぎで今日の仕事を片付けた。 そんなに急がなくてもいいはずなのに、優成が待ってると思うと気持ちが急いて仕方なかった。 1階のエントランスに着くと、隅にあるベンチでスマホを眺めながら優成が待っていた。 「お待たせ」 俺の声に優成が顔を上げて、嬉しそうに微笑みかけてきた。 ──なっ、なんだよ、その顔は?! 目尻を下げて愛おしそうに見つめてくる優成に、俺は1歩後退った。 「早かったな。……帰ろうか」 俺は熱くなる頬に手を当てながら、優成の後に続いて会社から出た。 自動ドアを抜けると、夕暮れの風が頬を撫でる。 優成と帰宅できる特別感に、少し胸が弾むような気持ちだった。

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