17 / 44

7-3

8月の終わり。 昼間はまだ蒸し暑いけど、夜風はすっかり涼しくなっていた。 会社帰りの俺と優成は、並んでアパートへの道を歩いていた。 さっきコンビニで買ったビールが、袋の中でカチャカチャと音を立てている。 「そういや、塩野さん、なかなか仕事できる感じだな」 優成が歩きながら話を振ってきた。 「そうだね。ちょっと軽いヤツだけど、気が利くし、要点つかむのも上手いよ」 「いい後輩じゃん」 「まーね」 俺は、フフンと鼻を鳴らした。 自分の後輩が褒められるって、案外嬉しいものなんだな。 「でも、お前も仕事してるとき格好良かったぞ」  「はえっ?」 優成の何気ない褒め言葉に一瞬変な声が出た。 ゴホンッ、と咳払いをして気を取り直すが、隣の優成は肩を揺らしていた。 「な、なんだよ。 格好いいなんて普段言われないからちょっと驚いただけだろ!」 「アハハ、ごめんごめん。 いや、世利の働いてる姿は格好いいよ」 「ほんとかよ……」 俺は口を尖らせて言い返した。 けど、まっすぐ褒められて胸がむず痒い感じだ。 街頭に照らされた優成の横顔が、いつもより色っぽく見えて落ち着かない。 優成は俺の顔を見ながらクスッと笑った。 「でも正直、意外だった。ちゃんと相手の話聞いて、段取りも押さえて……。思った以上に頼りになるんだな」 「う……」 面と向かって言われると、嬉しいけど恥ずかしい。 俺はつい目を逸らしてしまった。 そして、反論してやろうという気持ちで優成に言い返した。 「べ、別に優成だって……!スーツ姿、カッコよかったし!」 自分で言ってから恥ずかしさに押し潰されそうになる。 「……マジで?」 優成の低い声が胸に落ちる。 「ほ、ほら。いつものボサボサ頭にジャージ姿でもないし」 恥ずかしさに負けて、俺は少しとぼけてみた。 「それはそうだろ、仕事なんだから。 お前だって素っ裸でパンティ被ってなかったじゃん」 「ぐっ……それは言わないで……」 朝の痴態を持ち出され、思わずうずくまりそうになった。 「忘れたくても忘れらんねぇ光景だからな」 優成はわざとらしくため息をつきながらも、口元は緩んでいる。 「くそ、一生の不覚……」 「アハハ!」 俺と優成は他愛ない話をしながら夜の道を歩き、いつの間にかアパートに帰ってきていた。 すると、エントランスのエレベーターの前で、優成が俺の腕を掴んできた。 俺は少し驚いて優成を振り返った。 「どうしたの?」 「今からお前の家行ってもいい?」 唐突な言葉に俺は目を瞬いた。 通り過ぎる車のヘッドライトが、一瞬だけ俺たちの姿を照らしていった。 「な、なんで……?」 「……ダメ?」 優成は俺の質問には答えなかったけど、ギラつきを隠しきれない目で俺を見つめてきた。 「うっ…………い、いいけど……」 心臓がドラムみたいに暴れているのに、俺は断ることができなかった。 エレベーターの扉が開く。 俺と優成は無言のまま乗り込み、ゆっくりと閉じていく扉を背にした。 「……な、なんで急に俺んち?」 俺は気まずさを誤魔化すように口を尖らせた。 「理由がいるか?」 優成の返事は短い。 目線はまっすぐ俺に刺さって、冗談を言う余裕はどこにもなかった。 ──ギュッ。 自然と、ビニール袋を握る手に力が入る。 「……せっかくならお前んちで飲めばよかったじゃん」 「いや。……世利んちがいい」 低くて真剣な声に、心臓が跳ねた。 「ゔっ……」 思わず変な声が漏れる。 エレベーターが上に登るたびに、俺の心拍数も上がっていく。 アパートの四階に着く頃には、もうビールの缶より俺の手の方が冷えてた。

ともだちにシェアしよう!