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昨夜は寝不足だったせいもあり、衝撃的なレイチェルの話を聞いた後でも予想外によく眠れて、今朝はスッキリと起きることができた。
時計の針はまだ5時を指していた。
俺はベッドから立ち上がり、カーテンを開けた。
空は昨夜に引き続き小雨が降り続いている。
午後には上がると予報が出てたけど、それもなんだか怪しそうだ。
ガラスに写る自分の姿を見て、俺はゆっくりと股間に手を持っていく。
そこには、昨日と変わらず俺のフニャちんが付いていた。
レイチェルの言ったとおり、“性的接触”で性転換するのは本当のようだ。
「優成に会ったら、エッチなことしちゃ駄目なんだよな」
そんなことできるのか?
レイチェルに会ったことや言われたことを、優成に全て話せば協力してくれるかな。
その時、レイチェルに言われた言葉が脳裏をよぎった。
『優成っていう男を……信用できないんだ』
『世利さんに片思いしながら、別の人と付き合ってた。それって、本当に不誠実だよ』
──不誠実
この言葉が俺の気持ちを揺さぶってくる。
レイチェルの言うことが全て正しいとは思えないけど、それも一つの考え方なのはよくわかる。
今は優成にレイチェルと会ったことを話す気持ちになれなかった。
しかも、昨日は優成と喧嘩別れしたようなものだ。
塩野や佐々山さんとの件も、俺の中で小さな火種として燻ったままだ。
俺は、ふと去り際の優成を思い出した。
怒っているような、寂しそうな背中をしていた。
やっぱり、何事も無かったかのように、優成を頼っていいとは思えなかった。
「はぁ……どうしたらいいんだよ……」
俺の小さな呟きは、朝の静けさに沈んでいった。
それから俺は、いつもより1時間早く家を出て、優成から逃げるように会社に向かった。
◇
今日は、急ぎの仕事は午前中に終わらせることができ、俺は空いた時間に図書館へ来ていた。
新しくできた大きくて綺麗な図書館。
雨の日は外にいることもできないので、息抜きがてらよく利用している。
小説が並ぶ本棚を見つめて、俺は装丁が美しい本を順に手に取っていく。
これも仕事の一貫なのだが、俺の場合は趣味の読書のためでもある。
もともと小説が好きで出版社に就職したのだが、うちの会社はあまりそういった本を出版していなかった。
それでも、今は仕事が楽しいし後悔はしていない。
そういえば学生時代、陸上部に入ったときも、本当は短距離をしたかったのに、人数が多すぎるから中距離に転向させられたんだった。
それでも途中から楽しくなって、県大会でいい成績を出せてたんだよな。
結局、俺のお気楽っぷりは、いつも俺の人生を楽しくさせてる。
今回のことも、めでたしめでたしで終わるといいんだけど…………。
そんなことを考えながら、片手に積んだ本が重くなり、貸出カウンターに向かおうとしたとき。
「あの、立花さん?」
後ろから声をかけられ、振り向くとそこには、あまり会いたくなかった人が立っていた。
「佐々山さん……」
──まさか、こんなところで会うなんて
俺は表情が固くなるのを隠すことができなかった。
それでも佐々山さんは俺に1歩近づき会話を続けた。
「お世話さまです。まさかこんなところでお会いできるとは、びっくりしました。
立花さんも本はお好きなんですか?
…………あ、いけない、立花さんは出版社の方ですもんね」
最後にクスクスと笑いながら佐々山さんは、髪を耳にかけてこちらを見た。
その仕草が妙に艶めいて見えて、俺の心臓はドクンと音を立てた。
「え、ええ……まぁ、小説は昔から好きで……。
あー……佐々山さんも読書ですか?」
俺は彼女の勢いに飲まれ、妙にたどたどしい言い方になってしまった。
「いえ、私は気分転換に、ここのフリースペースで仕事をしてます」
彼女は目を細め、柔らかな声でそう言った。
俺は、表では笑顔を作りながら、脳内では警鐘を鳴らしていた。
佐々山さん、優成のことが好きかもしれないんだよな。
そんな人と、こんな偶然で顔を合わせるなんて……。
──逃げたい!!!
「あの、ところで……」
佐々山さんは一拍おいて、俺に視線をまっすぐ向けてきた。
「高藤さんとは、仲がいいんですか?
こんなこと突然すみません。昨日二人が一緒に話しているのをたまたま見たもので……」
「っ……!」
心臓を鷲づかみにされたような感覚。
どうして、今ここでその名前を出すんだ。
「……はい、まぁ、幼馴染みで」
俺はなんとか声を絞り出した。
気持ちが落ち着かず、手に持っている本の表紙をソワソワと撫で続けた。
「幼馴染……、そうなんですね」
彼女は頬にほんのりと赤みを浮かべ、少しだけ唇を噛んだ。
その一瞬の表情を、俺は見逃さなかった。
──やっぱり、この人……優成のこと……。
胸の奥で、昨日から燻り続けていた小さな火種が、ジリジリと大きくなっていった。
「あのっ、立花さんこのあとお時間ありますか?少しでいいので……」
さっきより焦っているような物言いになった佐々山さんは、俺を必死に見つめてきた。
その表情に圧倒され、俺は無意識のうちに首を縦に振ってしまっていた。
「す、少しだけなら……」
本当は午後は何も予定がないが、あまり長く一緒にいたくなくて、俺は少しだけ嘘をついた。
彼女はそんな俺に律儀にお礼を言い、一緒に2階のフリースペースに移動した。
俺がふと大きな窓を見ると、未だに雨粒が叩きつけられていた。
午後には晴れると言ってたのに、予報は大ハズレだろう。
俺の気持ちが、また少しだけ沈んでいった。
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