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12-1
──カタカタカタカタカタカタカタ……
「先輩?」
──カタカタカタカタ……ッターーン!
「せんぱーい、キーボード壊れますよー」
「え?あれ、塩野?どうした?」
図書館から会社に戻った俺は、とにかく目の前にある仕事を終わらせることに集中していた。
今週終わらせなければいけない仕事は既に片付き、今は再来週必要な書類に手を付けていた。
そうでもしないと、レイチェルや佐々山さんの言葉が頭の中でリフレインしてくるからだ。
──不誠実だよ
──恋人はいないと言ってましたけど
──それも嘘なんですかね
言葉の呪縛から逃れるように、俺はキーボードを叩きまくっていた。
そうしたら、塩野の声にも気が付かないでいたらしい。
「どうした、じゃないっすよ。
さっきデータ送ったんすけど……」
「ん?…………ああ!これか、ありがとな」
慌ててメールを開く俺の顔を、塩野は心配そうに横からのぞき込んできた。
「……まじで大丈夫っすか?顔、死んでますよ?」
「んー……大丈夫、なのかな?」
「知りませんよ」
眉根を下げ苦笑いする俺に、呆れ半分で塩野が声をかけてきた。
「先輩、今夜飲み行きますか」
俺を気遣うような誘いを聞いた瞬間、優成の顔が頭にチラついた。
昨日、塩野と風俗トークをしていたときの俺の赤い顔を、優成に注意されたばかりだった。
俺はポケットからスマホを取り出し、LINEのトーク画面を開いた。
優成の名前の横にある『20』の表示を見て、背中にゾワッと寒気が走った。
「うわっ……さっきより増えてる」
既読を付けないでいるせいで、どんどん通知が溜まっていた。
これはアパートに帰った途端、尋問にあいそうだ……。
──でも今は話したくないんだよな
「塩野……俺、居酒屋に行くよ!」
「なんか、戦地にでも行く気迫ですね」
俺の鬼気迫る表情に、塩野は少し引いていた。
それでも俺は、優成から逃げる口実ができて少しホッとしてしまった。
◇
夜の街は小雨が残って、アスファルトにネオンが滲んでいた。
駅前の居酒屋の提灯が、ふたりを誘うように赤く光っている。
適当な店に入り、テーブル席に着くと、塩野が勢いよく注文した。
「とりあえずビール二つ!
あ、あと枝豆と唐揚げとポテトと……あ、先輩なに食べます?」
「俺、梅きゅうり」
ビールが運ばれてくると、塩野は勢いよくグラスを掲げた。
「お疲れっした!」
「お疲れー」
俺もグラスを合わせる。
「先輩、梅きゅうりは無いっすよ」
塩野がニヤニヤしながら俺の注文にケチをつけてきた。
「なんで!美味しいじゃん!
じゃあ、お前にはあげないもんね!」
きゅうりの皿を腕で囲いながら、俺は梅きゅうりを口に詰め込んだ。
──ポリポリ……
「それなら俺はこっちをもらいます〜」
塩野も負けじと唐揚げの皿を腕で囲った。
「おい!唐揚げは皆のものだろ!」
俺の言葉に塩野がゲラゲラと笑った。
そんな塩野とのやり取りが、俺の気持ちをほんの少しだけ和らげてくれた。
しばらく俺たちは笑いながらビールを飲んでいた。
しかし、塩野がジョッキを机に置いた瞬間、ついに俺に核心を突く一言を向けた。
「それで?
先輩は何をそんなに悩んでるんすか?」
塩野の言葉に、俺の顔からゆっくりと笑顔が消えていく。
「うーん……なんて言えばいいんだろ」
「なんすか、恋の悩みっすか?」
塩野は茶化すような言い方をした。
でもそれは、あながち間違ってもいなかったから、俺は困ったように答えた。
「まぁね。……塩野はさ、恋愛の誠実さってなんだと思う?」
「また、漠然とした質問っすね」
「例えば……長年片思いしてるのに、その間違う人と付き合うのって、不誠実だと思う?」
俺は、“例えば”と言いながら、実際の状況を塩野に説明した。
塩野に話しながら、俺の心臓はバクバクと音を立てていた。
ジョッキを持つ手に力が入りすぎていたことに気が付き、俺はゆっくりと手を離した。
塩野は顎に手を当て、少しだけ俺の目を見つめた。
その探るような視線に、心の奥をそっと覗かれているような気がして、俺は身動きが取れなかった。
そして、塩野はビールを勢い良く一口飲んだあと、一言ずつ話し始めた。
「まず、初めに言っておきたいんすけど」
「何?」
「聞く相手を間違えてるってことは、頭に入れておいてください」
塩野が口角を上げて、ニヤリと笑った。
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