31 / 44
12-2
──確かに、塩野に聞くのは間違いだったかもしれない
誠実さとは縁遠そうな風俗マニアにこんな質問をして、俺は納得する答えをもらえるのだろうか。
聞いておいて失礼かもしれないけど、一瞬そんなことを思ってしまった。
すると、塩野が唐揚げを食べながら少しずつ話し始めた。
「そもそも、それは誰に対しての“誠実さ”なんすか?」
「……誰に対して?」
「そうですよ、片思いの相手?それとも恋人?」
「わからないけど……両方に対してかな」
俺の曖昧な返事を聞いて、塩野は箸の先を俺に向けてきた。
「はっきり言いますけど、付き合ってもない片思いの相手に“誠実さ”なんて向けてたら、そんなの普通にキモいっすよ」
あまりに辛辣に言い切る塩野に、俺は少し面食らった。
俺が黙っていると、塩野は話を続けた。
「仮に相手が完全に脈ナシだったら、ずっと誠実に思い続けてるって、もう自己満足な“執着”ですよ」
「執着……」
確かにそうかも。
塩野の説明に、俺は納得するほかなかった。
なんとも思ってない人に向けられる恋愛感情は、ときに陰湿な執着になる。
「それと、恋人に対しての誠実さですけど。
片思いしていようが、恋人以外と体の関係さえ無けりゃ“誠実”だと、俺は思うっすけどね」
「それはまた……諸説ありな感じだ」
「そうっすね、これは人によると思います」
俺の言葉に、塩野はニヤニヤしながら答えた。
「まぁ、誰に片思いしてても、恋人を大切にする人は“誠実”っすよ」
その言葉に、塩野の思いが込められてる気がした。
きっと過去にそういう恋愛を経験してきたんだろうな、と思わされた。
──恋人を大切にしていれば誠実
塩野の言葉が、俺の心にスッと落ちてきた。
これが、一番大切なことなのかもしれない。
俺に片思いをしてた間に恋人がいても、その人を大切にしてたなら、優成は誠実だったんじゃないか。
俺の知ってる優成はそういう人のような気がする。
いや──そうであって欲しいなと思う。
俺、優成とちゃんと話がしたいな。
俺が考えを巡らせ、何かの答えにたどり着けそうなときだった。
塩野が眉間にしわを寄せ、不満そうに口を開いた。
「先輩の言う誠実さルールだと、いろんな子とエッチしちゃ駄目なんすよね?」
「それはそうだろ。
間違いなく不誠実だろ」
「そんなの、風俗好きの俺に死ねって言ってるようなもんすよ」
塩野がわざとらしく悲しそうな顔をした。
「お前は不誠実代表みたいなもんだからな」
俺は笑いながら塩野を指差した。
「でも俺は、風俗行きたいから恋人は作らない派っすよ?
そんな俺、すごく誠実じゃないっすか?」
腰に手を当て、少し威張ったように言う塩野が可笑しくて、俺は声を出して笑った。
「あはは!俺、塩野の考え方好きだわ」
「せんぱ〜い、俺の誠実さを理解できたなら、それは風俗好きになる第一歩っすよ!」
よくわからない理屈を言いながら、塩野はゲスい笑いを俺に向けてきた。
あ、変な方向に話が逸れそう……。
そんな俺の予感は見事に的中した。
「そんな先輩にいいお店があるんです。
地方なんすけどね、透明人間セックスができるんっすよ」
「と、透明人間せっくす……だと!?」
俺は息を荒くして、夢のような塩野の話に耳を傾けた。
こんな馬鹿みたいな話で飲み会は盛り上がり、俺は緊張が解れたせいかいつもより飲み過ぎてしまった。
帰る頃には雨は上がっていて、雲の切れ間から星が見えた。
酒や油の匂いが混ざる湿った空気を体にまといながらも、俺はどこかスッキリした気持ちで夜の街を歩いた。
フラフラな俺は塩野に肩を貸してもらいながら、アパートまで歩いて帰ると、入り口に人影が見えた。
アパートのエントランス。
ぼんやりした街灯の下に立っていたのは──優成だった。
「……世利」
俺の名前を呼ぶ低い声が、酔いでふわついていた頭を一瞬で冷やした。
優成は腕を組んで壁にもたれ、ただそこに立って俺が来るのを待っていたようだった。
ともだちにシェアしよう!

