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「……り…………せり…………世利」 暗闇の中、俺を呼ぶ声が聞こえた。 まだ眠っていたいのに、何度もしつこく名前を呼ばれる。 その声を頼りに、俺は重たい瞼をようやく開けた。 目を開けると、自分の部屋の天井が見えた。 ベッドに寝て、しっかりパジャマも着ている。 ──あれ、俺どうやって戻ってきたんだっけ 「世利、起きろ」 「ゆうせ……」 声の方に顔を傾けると、ベッドの横に座り心配そうに俺を覗き込む優成がいた。 ──あ、そうだ。俺、優成と話をしたくて…… 真っ先に思い出したのは、そのことだった。 けれど、優成の顔を見ているうちに、徐々にさっきまでの記憶が蘇ってきた。 「あ!俺、吐いちゃったんだ……」 「大丈夫、もう片付けたから」 優成は優しく声をかけながら、俺の前髪を撫でるように指先で触れた。 指がおでこをかすめるたび、俺の心臓が大きく跳ねる。 「体調は?気持ち悪くない?」 優成に至近距離で囁かれ、俺はどうしたらいいかわからず体をモゾモゾと動かした。 顔を覗かれているのも少し恥ずかしくて、布団を口元まで引っ張り上げる。 「気持ち悪くはないけど、頭がちょっと痛い」 俺がそう言うと、優成はテーブルの上のコップを差し出した。 「水飲めるか?」 「うん」 俺は起き上がり、手渡されたコップに口をつけた。 冷たい水が喉を流れ落ちていく。 あまりに優しい優成の視線に、顔が勝手に熱くなるのがわかった。 俺は胸の高鳴りを隠したくて、優成に話しかけた。 「今、何時?」 「もうすぐ夜中の12時」 俺の手からコップを受け取り、優成が答える。 時計を見ると確かにもう真夜中だった。 こんな時間まで俺の後始末をしてくれてたんだと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 「吐いちゃってごめん」 「だから、大丈夫だって」 さっきと違う服を着てる優成を見れば、大丈夫だったとは思えない。 「俺の着替えとかも……ごめん」 「重かったけどな。まぁ、いいって」 きっと、汚れた服も洗ってくれたんだろう。 そして俺は最後に一番謝りたかったことを告げた。 「LINEの返信しなくて、ごめん」 「…………」 優成は一度目を大きく開き、そしてゆっくりと視線を床に下ろした。 俺もつられて視線を下ろし、自分の拳を見つめる。 思ったより強く握っていたのか、手を開くとビリビリと痺れていた。 俺たちは何も喋らず、少しの間お互いの出方をうかがっていた。 沈黙が空気を支配し、うるさいのは俺の心臓の音だけだ。 しばらくそうしていると、ようやく優成がポツリと言葉を落とした。 「……連絡は無視しないで欲しい」 俺はすぐに頷いた。 「わかった、もうしない」 すると優成は、俯いたまま自信なさげに俺に声をかける。 「世利が連絡くれなかったのって、俺が塩野さんに嫉妬したから?」 ──え? 俺は、予想もしてなかった言葉に驚いた。 そして、俺の気持ちを置いてけぼりにして優成は続けた。 「彼氏でもない俺が言える立場じゃなかったって、頭ではわかってるんだ……。 それでも、俺じゃない誰かにあんなかわいい顔……見せないでほしい」 そう告げる優成の声は、とても苦しそうだった。 それほどまでに俺のことが好きなんだと、優成の思いが胸に突き刺さった。 俺は一度目をつむり、一つ息を吐いた。 そして、ゆっくりと口を開いた。 「優成、俺ね……」 俺が話し始めると、優成は俯いていた顔を上げ、不安げに視線を向けた。 「昨日、優成に『誰にでもあんな顔すんの?』って言われて、初めて優成に距離を取られて……すごく、悲しかったんだ」 「ごめん……」 俺の言葉に、優成は焦ったように謝った。 しかし俺は優成と視線を合わせて、小さく首を降った。 「違うんだ、優成を責めてるんじゃなくて……。 俺、優成を悲しませたことにショックを受けたんだ。 今まで隣に優成がいるのが当たり前すぎて、少し離れただけで、心に……ぽっかり穴が空いたみたいだったんだ」 俺は、胸に手を当ててあのときの気持ちを思い出していた。 あの日、俺から離れていく優成の悲しそうな背中が、今でも忘れられない。 ──優成に悲しい思いさせたくない。 ──いつも隣にいてほしい。 「俺にとって優成は、誰にも変えられない存在なんだって気づいたんだ」 「世利……それって……」 優成は少し困惑しながらも、どこか期待しているような顔で俺を見つめていた。 優成が聞きたいことはわかっていたけど、俺はそれを遮るように話を続けた。 「それと優成、もう一つ聞いてほしい話がある」 「なに?」 「昨日、レイチェルと話をしたんだ」 「………………は?レイチェル?」 俺の告げた内容に、優成は目を丸くして驚いていた。 まさか、ここでレイチェルの名前が出てくるとは、思ってもみなかったんだろう。 「それがLINEの返信をしなかった、理由のひとつなんだけど……」 「世利……それは、どういう…………え?」 明らかに混乱している優成に、俺は少し息を吸ってから、ゆっくりと告げた。 「……とにかく、俺のちんこ元に戻せるんだ」

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