35 / 44

13-3

優成の言葉が途切れてから、部屋は沈黙で覆い尽くされていた。 時計を見ると、もう夜中の1時になりそうだ。 カーペットの上であぐらをかく優成を、俺はベッドに腰を下ろしたまま見つめる。 次の言葉を待つあいだ、冷めた空気が部屋の隅に溜まっていく。 やがて優成のきつく握られた拳が僅かに緩められた。 強張った肩が一度大きく揺れ、小さく吐いた息が部屋に響いた。 「率直に答えから言うと……」 そんな言葉から優成の話が始まった。 「俺には、ずっと恋人はいなかった」 その答えを聞いたとたん、俺の胸がぎゅっと締め付けられる。 ──嘘をつかれていた 悲しい気持ちを押し殺して、俺は優成に問いかけた。 「どうしてあのとき『恋人だ』なんて言ったの?」 「それは……」 優成の顔が苦しそうに歪む。 きっと──ここに真実があるような気がする。 俺は静かに優成の言葉を待った。 そして優成は、俺の顔を見ずにゆっくりと口を開く。 「あれは……ただのセフレだ」 「……セフレ?」 「名前も知らない奴もいる」 優成は、やはり俺と視線を合わせずに、しかし悲しそうに笑っている。 その笑いは、まるで自分を見下すようだった。 「セフレ……」 俺の熱のない言葉が冷たい部屋に響いた。 俺の知らない優成の姿が、胸の奥をチクリと刺してきた。 「……嫌いになった?」 今にも消えてしまいそうな優成の声。 俺は、一度握った拳に力を入れて、優成に告げた。 「嫌いになってないよ」 「え?」 「嫌いになんかならないよ、そんなことで」 俺の言葉に優成が息を呑んだ。 やっと視線が交わったと思った瞬間、すぐに優成は目を伏せた。 「世利、ちゃんと聞け。 俺は、名前も知らない奴と寝てたんだ。 お前の代わりに……適当なやつを……」 言葉の途中で、優成の声が掠れた。 嫌われたくないのに、赦されたくもない。 そんな矛盾した想いが、言葉の中に滲んでいる。 まるで自分を罰しているみたいに── きっと優成は長い間、罪悪感を抱えていたんだろう。 本当のことを言えば俺に嫌われると思って、何も言えずにいたんだ。 優成の苦しそうな表情が、俺の喉を締め付けるようだった。 「優成、俺ね……」 俺は自分の気持ちを整理しながら、下を向く優成に優しく声をかけた。 「嘘をつかれたことが悲しかった。 なんでも話せる仲だと思ってたから」 短く息を吐き、話を続けた。 「優成にセフレがいたことは驚いたし、ちょっと寂しかったけど……。 でもそれが嫌いになる理由にはならないよ。 まぁ、俺も男だし、そのへんは少し分かるからね」 優成が小さく顔を上げた。 見つめる瞳には、まだ困惑と警戒が混ざっている。 「もし、今もセフレがいるって言うなら話は違ってくるけど」 「今はいない!ここ数ヶ月は誰にも会ってない!」 優成が食い気味に否定してくる。 その姿があまりに必死で、俺はなんだか可笑しくなって笑ってしまった。 張り詰めていた空気が、ようやく音を立ててほどけていく。 「あはは。優成、焦りすぎ」 「は!?それは……焦りもするだろ」 俺は微笑みながら、ゆっくりと優成の手を取った。 その行動に、優成の体が一瞬ビクつく。 まだ冷たく、力の入っている拳。 その温度を確かめるように、俺は指先で包み込んだ。 僅かに震える優成の手が、ほんの少しだけ力が緩んでいく。 「もう、隠し事はなしだよ」 「……わかった」 「優成のこと、信じたいんだ」 「……うん」 「もう他の人と寝ない?」 「寝ないに決まってる!」 必死に声を上げる優成に、俺はまた笑ってしまう。 「あはは!俺、優成が好き」 「…………え?」 優成の唇が僅かに動いたが、何を言われたのかわかっていないような顔をしていた。 優成の隣にいるのって、すごく安心する。 俺、やっぱり── 俺は微笑みながら、もう一度はっきりと胸の奥にしまっていた気持ちを伝えた。 「好きだよ、優成」

ともだちにシェアしよう!