1 / 52

第1話 真夏日

アパートの外階段を上ろうとした迎風月(迎かづき)は、綺麗なつむじを見つけて足を止めた。 ( んん……? ) 炎天下の昼下がり。大学から帰ると、石壁に背を預けるように、地べたに座っている青年がいた。すぐ傍の自販機で買ったペットボトルを渡し、大丈夫か尋ねる。熱中症だったら救急車を呼ぼうと思ったけど、彼は『メンタルの方』、と言ってかぶりを振った。 メンタルとは。 なにか事情がありそうだが、緊急性がないことはホッとする。 青年は水をひと口飲んだ後、ぬれた口元を袖でぬぐった。 「ありがとう。……高校生?」 「いや、一応大学生。一年だけどね」 「そうか。同い年だ」 彼は少し驚いた様子で顔を上げた。その反応から察するに、かなり幼く見えてたんだな、とショックを受ける。 しかし彼の隣に置いてあるスマホに気付き、思わず指さした。 「ね、スマホ大丈夫? そんなアスファルトの上に置いてたらバッテリーやばいことになるよ」 「あぁ、大丈夫。ここに来る前に落っことして壊れたんだ。元々調子も悪かったし、仕方ない」 青年は傍に置いてたスマホを拾い、ひらひらと振ってみせる。でもなにか心残りがありそうに見えた。 何だろう。……あ。 「誰かに連絡しなきゃいけないんじゃないの?」 そう言うと、彼はまた目を見開いた。俯き口を閉ざしていたが……やがて気まずそうに頷く。 「場所は目の前なんだ」 でも、あそこに行くことすらしんどくなって。 そう言って、彼は前を指さす。そこにあるのは道路を挟んだ先に広がるフェンスと、奥にそびえる白い建物。 俺の家の前にある自動車学校だった。 なるほど、通ってる生徒か。 「気を遣わせてすまない」 青年は眼鏡を外し、小さなため息をもらした。前髪をかき上げる仕草は妙に色っぽく、同じ男なのにドキッとしてしまった。 「いいや。……欠席の連絡したいってことだよな? 任せろ、代わりに電話する!」 「え? あ、いや……」 すぐさまスマホのアドレス帳を開き、既に登録されてる電話番号に掛ける。 『はい、青空教習所です』 ワンコールで聞こえた電話受付の女性の声。その場に屈んで、青年に小声で問いかける。 「名前。名前教えて」 やる気が先走って、名前も訊かずに電話してしまった。 青年も少し面食らった様子だったが、 「……帷、幸耶」 自身の名前と電話番号が書かれたメモを渡してくれたので、彼の代わりに休みの連絡を入れた。 「はい、はい……すみません、失礼します」 通話を切り、影のかかった顔を覗き込む。 「もう大丈夫! 事務のお姉さんが、また来れるときに電話してってさ。お大事にって言ってたよ」 「そう……か。ありがとう」 「全然。それより、体調良くなるまでウチで休んできなよ。俺の部屋、ここの二階だから」 そう言うと彼は驚き、そこまでは甘えられないと答えた。しかしこちらとしては、家の前に座り込んでるひとを放っておくのは落ち着かない。 猛暑日で三十五度近くあるし、本当に熱中症になりそうだ。こうして話してる間も蒸し蒸しして、肌が焼けそうになる。 「決まり! ほらっ、早く」 それに、彼を見かけたのは初めてじゃないから。 半ば強引に彼の手を掴み、自分の方へ引き寄せた。

ともだちにシェアしよう!