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第20話

「今日はこっちで食べてもいいか?」 「もちろん!」 キッチン前に置いてるテーブルは激狭なので、三人で食べるなら居間のローテーブルの方が良い。帷が作ってくれたご飯を並べ、三人で団欒を過ごした。 「いただきます。……おぉ、美味い」 帷が作ったのはチキン南蛮だった。陽介さんはひと口食べた後、ご飯も含んで顔を綻ばせた。 「幸耶。お前、ほんとに料理上手いな」 「別に……」 笑顔で食べる陽介さんと対照的に、帷の反応は薄い。 でも俺は分かってた。多分、照れてるだけだ。その証拠に帷は陽介さんの様子をちらちらと窺っている。 もっと嬉しそうな顔をしたら陽介さんも喜ぶだろうに。 でも、このぐらいの距離感がちょうど良いんだろうか。 俺も兄弟がいたら、もう少し分かったかもしれないんだけど。 「いや、ほんとに上手いよ。迎君は優しいから気を遣ってる可能性もあると思ったけど、安心した」 「あのなぁ……」 「ま、まぁまぁ! ほんとに美味くて、俺は感謝してるよ!」 隣でムッしてる帷を宥め、笑顔で肩を押す。すると陽介さんは可笑しそうに口元を押さえた。 「幸耶、迎君の胃袋掴むことができて良かったな。いっそそのままお嫁に来てもらいな」 「次そういう冗談言ったら叩き出す」 「叩き出すって、ここは迎君の家だろ?」 陽介さんも中々メンタルが強い。というか、どこまでいっても弟なのだろう。帷の扱い方を分かっていて、まるで臆さない。 結局二人とも大人だから、口論にはならない。だから見てて楽しかった。 食事を終え、片付けしようとする陽介さんを止める為にまた少し頑張って。何とかアパートの下まで送り出すことができた。 「迎君、今日は本当にありがとう。幸耶のこと、これからも宜しくね」 「はい! 是非また来てください」 元気よく答えると、彼は笑って頷いた。 「幸耶、今日も迎君の家に泊まるんだろ? ちゃんと行儀よくして、迷惑かけないようにな」 「分かってるよ」 しおらしくしている帷はとても新鮮だ。二人のやりとりを見ながら、微笑ましい気持ちになる。 陽介さんは最後に一礼して帰っていった。 二人きりになり、しんとした外で隣り合う。 いつも二人だけなのに、何か緊張するな。 何を言おうか考えていると、大きなため息が聞こえた。 「悪い、迎。最近家に帰らなかったら、何か急に兄貴が騒ぎ出してさ……」 もう大学生なんだから良いだろって言ったんだけど、と彼は項垂れた。 「優しいお兄さんじゃん。何歳になっても帷が可愛くて、心配なんだよ」 「やめろ。ぞっとする」 帷は青い顔で自身の腕をさすっているけど、実際普通だと思う。 いや、普通と思っちゃいけないか。陽介さんがすごく温かいひとなんだ。 「弟を奪った女の顔をひと目見てやる! とかだったらどうしようと思ったよ。ま、俺みたいなグータラ学生の家に入り浸ってるのも心配だろうけど」 「馬鹿。ちゃんと学校行ってんだから、グータラではないだろ」 「そうかな? 家の中散らかってるし」 でも、いっとき程ではない。帷が来るようになってから、本以外は片付けるようになったから……そこは不幸中の幸いだ。 「……お前は頑張ってるよ」 帷は腰に手を当て、俺の方を向いた。 その顔はさっきと違い、とても優しい。 こんなことで一々どきっとしてしまうんだから、俺も末期だ。 「ありがと! ……それより暑いな。部屋に戻ろうぜ」 翻り、帷と階段を上る。部屋に入り、ぱっぱと皿洗いを始めた。 「そういや、帷のこと初めて名前で呼んだわ」 「あぁ……君付けされたとき鳥肌立った」 「仕方ないだろ! 陽介さんの前で苗字で呼ぶのも変だし!」 ぷりぷりしながら言うと、帷は「ごめんごめん」と言って吹き出した。 「君はいらないけど……ちょうどいいし、これから名前で呼べよ」 「へ」 蛇口の水を止め、振り返る。見ると、帷の頬はわずかに赤らんでいた。 「苗字でもいいけどさ。……俺も、お前のこと名前で呼んでみたいっていうか」 「マジ?」 「あぁ。でも嫌ならいい」 帷にしては珍しく歯切れが悪く、目を泳がせている。 こういう時の彼は本当に分かりやすい。 もっとぐいぐい伝えて、踏み込んでいいのに。そう思ってると、諦めたように顔を上げた。 「お前の名前。綺麗だな、って……ずっと思ってたんだ」 「……!」 男友達にそんな風に言ってもらったのは、初めてだ。 頭が一瞬真っ白になって、何度かまばたきした。 「ありがと。……何か照れるな」 名前を考えたのは母親だ。そう言うと、帷はお母さんセンス良いな、と笑った。 それもすごく嬉しくて、彼の隣で腕を伸ばした。 「俺達って苗字も名前も三文字だから、あんま変わらないよな。でも、これからは名前で呼び合おう!」 思いきって宣言すると、彼は少し恥ずかしそうに頷いた。 「あぁ。それじゃ……風月。宜しくな」 「うん。幸耶」

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