20 / 52
第20話
「今日はこっちで食べてもいいか?」
「もちろん!」
キッチン前に置いてるテーブルは激狭なので、三人で食べるなら居間のローテーブルの方が良い。帷が作ってくれたご飯を並べ、三人で団欒を過ごした。
「いただきます。……おぉ、美味い」
帷が作ったのはチキン南蛮だった。陽介さんはひと口食べた後、ご飯も含んで顔を綻ばせた。
「幸耶。お前、ほんとに料理上手いな」
「別に……」
笑顔で食べる陽介さんと対照的に、帷の反応は薄い。
でも俺は分かってた。多分、照れてるだけだ。その証拠に帷は陽介さんの様子をちらちらと窺っている。
もっと嬉しそうな顔をしたら陽介さんも喜ぶだろうに。
でも、このぐらいの距離感がちょうど良いんだろうか。
俺も兄弟がいたら、もう少し分かったかもしれないんだけど。
「いや、ほんとに上手いよ。迎君は優しいから気を遣ってる可能性もあると思ったけど、安心した」
「あのなぁ……」
「ま、まぁまぁ! ほんとに美味くて、俺は感謝してるよ!」
隣でムッしてる帷を宥め、笑顔で肩を押す。すると陽介さんは可笑しそうに口元を押さえた。
「幸耶、迎君の胃袋掴むことができて良かったな。いっそそのままお嫁に来てもらいな」
「次そういう冗談言ったら叩き出す」
「叩き出すって、ここは迎君の家だろ?」
陽介さんも中々メンタルが強い。というか、どこまでいっても弟なのだろう。帷の扱い方を分かっていて、まるで臆さない。
結局二人とも大人だから、口論にはならない。だから見てて楽しかった。
食事を終え、片付けしようとする陽介さんを止める為にまた少し頑張って。何とかアパートの下まで送り出すことができた。
「迎君、今日は本当にありがとう。幸耶のこと、これからも宜しくね」
「はい! 是非また来てください」
元気よく答えると、彼は笑って頷いた。
「幸耶、今日も迎君の家に泊まるんだろ? ちゃんと行儀よくして、迷惑かけないようにな」
「分かってるよ」
しおらしくしている帷はとても新鮮だ。二人のやりとりを見ながら、微笑ましい気持ちになる。
陽介さんは最後に一礼して帰っていった。
二人きりになり、しんとした外で隣り合う。
いつも二人だけなのに、何か緊張するな。
何を言おうか考えていると、大きなため息が聞こえた。
「悪い、迎。最近家に帰らなかったら、何か急に兄貴が騒ぎ出してさ……」
もう大学生なんだから良いだろって言ったんだけど、と彼は項垂れた。
「優しいお兄さんじゃん。何歳になっても帷が可愛くて、心配なんだよ」
「やめろ。ぞっとする」
帷は青い顔で自身の腕をさすっているけど、実際普通だと思う。
いや、普通と思っちゃいけないか。陽介さんがすごく温かいひとなんだ。
「弟を奪った女の顔をひと目見てやる! とかだったらどうしようと思ったよ。ま、俺みたいなグータラ学生の家に入り浸ってるのも心配だろうけど」
「馬鹿。ちゃんと学校行ってんだから、グータラではないだろ」
「そうかな? 家の中散らかってるし」
でも、いっとき程ではない。帷が来るようになってから、本以外は片付けるようになったから……そこは不幸中の幸いだ。
「……お前は頑張ってるよ」
帷は腰に手を当て、俺の方を向いた。
その顔はさっきと違い、とても優しい。
こんなことで一々どきっとしてしまうんだから、俺も末期だ。
「ありがと! ……それより暑いな。部屋に戻ろうぜ」
翻り、帷と階段を上る。部屋に入り、ぱっぱと皿洗いを始めた。
「そういや、帷のこと初めて名前で呼んだわ」
「あぁ……君付けされたとき鳥肌立った」
「仕方ないだろ! 陽介さんの前で苗字で呼ぶのも変だし!」
ぷりぷりしながら言うと、帷は「ごめんごめん」と言って吹き出した。
「君はいらないけど……ちょうどいいし、これから名前で呼べよ」
「へ」
蛇口の水を止め、振り返る。見ると、帷の頬はわずかに赤らんでいた。
「苗字でもいいけどさ。……俺も、お前のこと名前で呼んでみたいっていうか」
「マジ?」
「あぁ。でも嫌ならいい」
帷にしては珍しく歯切れが悪く、目を泳がせている。
こういう時の彼は本当に分かりやすい。
もっとぐいぐい伝えて、踏み込んでいいのに。そう思ってると、諦めたように顔を上げた。
「お前の名前。綺麗だな、って……ずっと思ってたんだ」
「……!」
男友達にそんな風に言ってもらったのは、初めてだ。
頭が一瞬真っ白になって、何度かまばたきした。
「ありがと。……何か照れるな」
名前を考えたのは母親だ。そう言うと、帷はお母さんセンス良いな、と笑った。
それもすごく嬉しくて、彼の隣で腕を伸ばした。
「俺達って苗字も名前も三文字だから、あんま変わらないよな。でも、これからは名前で呼び合おう!」
思いきって宣言すると、彼は少し恥ずかしそうに頷いた。
「あぁ。それじゃ……風月。宜しくな」
「うん。幸耶」
ともだちにシェアしよう!

