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第22話

そう言って笑うと、帷は興味津々で前に傾いた。 「向日葵か。見に行きたいな」 「免許とれたら、いつでも見に行けるよ」 ソーダを飲みきって言う。本当は誰かと見に行ってほしいという想いで言ったのだけど、帷は静かに呟いた。 「それなら、一緒に見に行こう」 「幸耶……」 あまりに真っ直ぐ見つめられて、戸惑った。 そんな風に言ってくれたことが嬉しい。なのに、焼けるような痛みを覚える。 俺にとって向日葵は希望であり、……まだ絶望なのか。 グラスを強く握り、瞼を伏せた。時折フラッシュバックする眩い太陽に朦朧とする。 目眩が起きかけたものの、ぐっと堪えて頷いた。 俺は帷と会って変わった。だから、もっともっと強くならないと。 いつか帷と……向日葵を見に行けるように。 「うん。いつか、絶対行こう」 その約束は、俺が無理やり生きる理由にもなった。 これからも太陽を向いて歩かないといけない。 帷の笑顔が見られたらそれでいいと思ったのに、どんどんやりたいことが増えて、欲深くなっていく。ちょっと怖いけど、心は満たされていた。 「絶対だぞ」 「う、うん」 しかもこういう時に限って、何故か帷は念押ししてきた。俺のやることリストに、向日葵畑のイベントが足された。いつ叶うかは分からない。でもその日の為に、頑張って免許をとらないと。 それからと言うものの、俺は教本を引っ張り出し、本気で免許を取るために勉強した。 帷と一緒に教習所へ行き、自習室のパソコンで過去問を解きまくる。卒検は実技だから、今やってる勉強は本免の為だ。ひっかけ問題も多くて嫌になるけど、全ては帷とドライブに行く為。 ……何か免許取る理由が、どんどん不純なものになっていってる。 我ながら呆れてしまう。俺は自分が運転したいんじゃなくて、帷と共通点を持っていたいだけなんだろう。 最低過ぎる。そう思いつつも、もう止まることはできなかった。 教習所に通い始めた時は、もっと軽い気持ちだった。スクール代はバイトして貯めたお金だったから絶対卒業する気持ちでいたけど……免許証は身分証明として便利だから、という理由から欲しいだけだった。 でも、ある日を境に教習所へ行くことができなくなった。 二カ月前の雨の日。俺の世界が粉々に砕け散った日。 今まで当たり前のように存在していた“日常”は、呆気なく終わりを迎えた。持っていたものを手放して、住んでいた家を移って。心が、魂が削られていった。 どうしようもなく独りだった。こんなはずじゃなかった、って何度思っただろう。 多分“あの人”も同じ気持ちだっただろう。何せ後悔する暇もなく、突然世界から弾き出されたのだから。 無理して生きる必要なんてないんじゃないか。本気でそう思っていた。 誰にも迷惑かけず、ただフラフラと、無気力に過ごして。それでもやらないといけないことが山ほどあって。 煩雑な手続きとか、引っ越しの準備とか、そんなことをしてたらあっという間にお金と体力が尽きた。 生きるのって本当に疲れる。────そう思っていた俺の前に現れたのが、帷だ。 帷は、俺の暗い世界を一瞬で灯してくれた。 最初はただ、辛そうな姿を見て力になりたいと思っただけだったのに。今は俺の方が、彼がいないと耐えられなくなってる。 帷がいないとマジでやばい。って笑ったら、彼は笑うだろうか。それともドン引きして離れていくだろうか。 どんなに考えても分からないから、本当の気持ちは隠していたい。救ってもらったことの感謝は伝えたいけど……これからも一緒にいてほしい、なんて身勝手な願望は絶対伝えられなかった。

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