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第45話

もうすぐだ。もうすぐ、夏が終わる。 それと同時に、俺の短い青春も幕を閉じる。紙のカレンダーにバツ印をつけ、ひとりため息をついた。 幸耶と墓参りに行った日から数日が経ち、とうとう卒業検定の日を迎えた。 カーテンを開け、眩しい朝日に目を細める。 「来ちゃったなぁ……」 怖い。試験はもちろん、幸耶の結果が。 幸耶が受かったら、夏も終わりだ。互いに大学とバイトに専念して、自然と離れていくだろう。 それが当然なんだけど、俺は一瞬だけ、とんでもなく最低なことを考えた。 試験を、一緒に落ちてしまいたい。 そうすれば幸耶はまだ俺の家に遊びに来て、一緒に教習所に通える。 ─────会う理由を作れる。 「はぁ……」 どんだけ最低だよ。 両手で顔を覆い、重い足取りで洗面所に向かう。 コップには幸耶の歯ブラシがあったが、なるべく見ないようにして顔を洗った。 「よし! やるぞ!」 馬鹿なことを考えるのはやめだ。 絶対受かる。俺も、幸耶も。 ここで踏みとどまったら、生きる意味や目標を塗り潰すようなものだ。そんなことしたら、未来の俺は今の俺を一生恨むだろう。 目の前のことに囚われないで、ずっと先のことに目を向けよう。 そこに幸耶がいないとしても、歩かなきゃいけない。……独りで生きなきゃいけないんだ。 服を着替え、鞄を持つ。仮免許証を持ち、駆け足で教習所へ向かった。 「あら。今日卒業検定よね? 頑張ってね」 「ウッス!」 窓口の女性に鼓舞され、広間へ向かう。やや踵を浮かせて辺りを見回していると、背中を叩かれた。 「風月」 「幸耶。おはよ!」 良かった。お互い寝坊はしないで済んだみたいだ。 今日は互いに直接教習所へ向かい、心を落ち着かせることにしていた。 中の雰囲気はいつもとまるで変わらないけど、 何度も深呼吸し、神に祈る。 「あ~~緊張する。口から十二指腸が出そう」 「午前に外で運転して、午後は所内か。結果はすぐ出るけど一日がかりだから嫌だよな」 幸耶は苦笑し、壁の柱に寄りかかった。 さすがに彼は平常心だが、俺はため息しか出ない。 「そうだ、この前卒検落ちて泣いてる娘がいてさ。いやー、俺も落ちたら泣きたい。でも男が泣いたら引くよな?」 「いいや……と言いたいけど、…………そうだな」 とてもクールな返事が返ってきた為、エナジードリンクを一気飲みした。そして昔間違えて買った交通安全の御守りを翳し、ぶつぶつと呟く。 「守りたまえ祓いたまえ……」 「もう何に祈ってんのかよく分かんないな……」 周りには同じく試験を控えた生徒が集まってきていた。試験官は外部の人らしく、優しそうなおじいさんが多かった。 うぅ……。 本番に強いとは言え、さすがに緊張する。 とにかく急発進急ブレーキを避けて、自転車に気をつけて、黄色信号は止まって……。 頭の中でぐるぐる考えていると、不意に頬を突つかれた。 「かーづき。笑顔」 「……」 振り返ると、幸耶は笑っていた。 緊張しないのかよ……とツッコみたかったけど、彼の顔を見たら全身の力が抜けた。 あれほど試験のことで頭がいっぱいだったのに……今は彼に目を奪われ、動けないでいる。 あぁ。もう、好き過ぎてやばい。 彼と会わなければここには来られなかった。……ここまで来られなかった。 胸元に手を当て、深く息を吸う。父を亡くした日のことがフラッシュバックしそうだったが、何度も深呼吸して気持ちを落ち着けた。 大丈夫だ。幸耶がいるから。 「迎さん、いますか?」 「あっ、はい!」 名前を呼ばれ、急いで鞄を掛け直す。駆けようとしたが、慌てて幸耶の方を振り向いた。 「行ってくる」 「あぁ。頑張れよ」 軽くハイタッチして、彼と別れた。 怖い。合否の問題はもちろん、運転することが。 でも運転したい。相反する感情がせめぎ合い、俺の背中を押す。 担当してくれる試験官にお辞儀し、元気よく挨拶した。 「迎です。宜しくお願いします!」

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