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第48話

「もう一回言うけど、絶対嘘つかないでくれよ」 「分かった分かった」 もはや睨み合うような形で念を押す。本当はもっと柔らかい空気で伝え合いたかったんだけど、仕方ない。 アパートの駐車場。父の愛車が幸耶の後ろに見えた。 「三秒のカウントダウン形式でいこう。三」 「二」 「一……」 指を一本ずつ折り曲げる。互いに息を吸い、声を揃えた。 「「受かった」」 タイミングもテンポと見事に重なった。 時が止まったみたいに二人で硬直する。 可笑しくて、何だか笑えてくる。本当に嬉しいときって、やっぱり一度思考停止するみたいだ。 「幸耶、嘘じゃないんだな?」 「ああ。風月も?」 彼は目を見開きながら、深く頷いた。 「おめでとう、幸耶!!」 「わっ。風月……っ!」 込み上げる喜びを抑えきれない。気付いたら、嬉しくて彼に抱き着いてしまった。 「嬉しいけど落ち着け。まだ本免があるだろ」 「あ、忘れてた」 「嘘だろ?」 幸耶は俺の反応に青ざめていたが、やがてゆっくり首を横に振った。 「でも、俺達はでっかい壁を乗り越えたも同然か。……おめでとう、風月」 幸耶は俺の頭を撫で、優しく微笑んだ。 「もう行きたくない、って駄々捏ねる必要もないな」 「あぁ! やったあー!」 結局子どもみたいにバンザイしてしまい、幸耶には笑われてしまった。 ……でも、本当に良かった。 幸耶が新しい世界に挑める。きっとこれからも、彼ならたくさんの道を見つけられるだろう。 教習所通いがなくなって寂しいのは変わらない。でもそんなの、彼の幸せを思えば本当にささいなものだった。 嬉しそうに笑う彼の姿が、俺の“幸せ”なんだ。 「さっそくだし、盛大に祝おうぜ。今夜は焼き肉でもしちゃう?」 「お、良いな。それじゃいっちょ食べに行くか」 お前の部屋に匂いつけるわけにはいかないからな、と言って彼は背伸びした。 そしてもう一度振り向き、俺の頭に手を乗せる。 「風月」 「うん?」 「ありがとな」 お礼を言われるようなことは何もしてないが、彼はそう呟いた。 「お前がいなかったら、卒業なんて絶対できなかった。むしろもうやめようと思ってたんだ。その為に教習所に行ったら、お前に声掛けられて……会いに行く口実ができた、と思った」 手が離れる。そのまま幸耶は自分の頬を掻いて、困ったように瞼を伏せた。 「だから、その……何だ。要は、お前に会うついでに教習所に行けてた、ってこと」 「あぁ……そうか。俺もお前がいなかったら絶対行けなかった!」 彼が感謝してることが分かり、強い語調で返した。 幸耶が家に来てくれるから、本気で教習所の前に引っ越して良かったと思ったし。夏らしいことができたのも、毎日が楽しかったのも、全部彼がいたから。 「幸耶のおかげで、今生きてるよ。試験中もずー…………っとお前のこと考えてた。だから受かったのかも!」 「お前は……なんつうか、ほんと……」 「何?」 「……何でもない。ほら、肉食いに行くぞ」 幸耶は顔を逸らし、俺に手招きした。 これが最後の晩餐かな、と思って悲しくなったけど、やっぱり喜びの方が大きい。 幸耶の幸せが俺の幸せなんだ。それだけは絶対間違いない。 その夜は彼と腹がはち切れそうなほど食べて、夜更けまで話し合った。夏祭りの思い出や、教習の失敗談を告白して笑い合った。

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