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第51話
方角は北を目指してるのかと思ったけど、幸耶はやっぱりやめた、と行ってルートを変えた。
別に行き先はどこでも構わないのだけど、なにか考えがあるらしい。
この辺……大昔に来たことある。
確か、真夏に……父と。
懐かしさに胸を焦がしていると、風月、と名前を呼ばれた。
「ここからは、目閉じててくれるか」
「……はい」
何か企んでるな。幸耶は、真面目だけどサプライズやシチュエーションにこだわるところがある。
面白くて言う通りにした。狭い車内で瞼を伏せ、車に揺られる。
幸せだな……。
こんな日をこれからも時々過ごせたら、もう何もいらない。本気でそう思うほど、心は満たされていた。
「っ」
幸耶はアクセルを強く踏み込んだ。上昇していくから坂道の手前だったんだろうけど、一応シートベルトを握る。
幸耶が普段どれぐらい運転してるかは分からないけど、目ぇ閉じてるとスリルあるな。
でもここへ来るまではずっと安定してたから、俺よりは乗ってそうだ。昔駐車が苦手って言ってたけど、全然問題もないし。
「お待たせ。到着」
「おっ。ありがとう、目開けていい?」
「どうしよ。やっぱ俺が降りるまで待って」
「すっごい引き伸ばすな……」
もはや執念というか、幸耶の気持ちの入れ方は半端じゃない。それだけ分かれば充分だけど……ここは大人しく、助手席のドアが開くまで待つことにした。
「はい。どうぞ」
「……ん」
ドアが開き、手を差し出される。
まるで馬車から降りるお姫様だ。少し照れくさかったけど、降り立ってすぐ目の前に広がる光景に息を飲んだ。
遠くに見えるのは日本で一番高い名峰と、山々の青い稜線。そしてその手前で咲き誇るのは、地平線まで広がるたくさんの向日葵だった。
「あ……」
何十万本もの向日葵が、太陽に向かって花を開いている。その明るさと美しさに目を奪われ、呆然と立ち尽くしてしまった。
それに、ここには来たことがある。
昔、父に連れてきてもらった向日葵畑。
俺はこの景色を見て、向日葵が大好きになったんだ。
「ごめん。風月の叔父さんから聞いちゃったんだ。お前が向日葵を好きな理由」
幸耶は隣に並び、眼前に広がる向日葵を眺めた。
「……大切な場所なんだ」
胸元を押さえる。目の前が潤んで、声がわずかに震えた。
「でも。それでも、ひとりで来る勇気がなかった。……連れてきてくれてありがとう……幸耶」
大好きで大好きで、何度も夢に見た場所。
けど思い出が溢れ、もっと苦しくなりそうで怖かった。記憶の中で何度も美化したし、逆に荒れてしまっているかも、と想像した。
行きたいけど行けなかった場所……。
前に屈み、乱暴に目元を擦る。幸耶は俺の頬にそっと触れ、手を掴んだ。
「辛いことまで思い出させるかもしれないと思って、正直かなり迷ったんだ。だから、踏み込んでごめん」
「いいんだよ。俺の場合、それでいつも救われてる」
そうだ。人の想いと、思い出。そこに踏み込むのは大きな勇気がいる。
幸耶はそれを分かっている。嫌われるかも、もっと傷つけるかも、という不安と闘って、そして決断してくれた。
「ありがとう……」
大地を照りつける太陽の下で、涙をぬぐう。
どんな時も俺の気持ちを掬ってくれた青年に、何度も繰り返した。
幸耶は徐にかぶりを振り、下に屈んで俺と視線を合わせる。
「……俺、お前の力になりたいんだ。これからはもっと近くで、お前を支えたい」
繋がる手。彼の温もりが、内側まで伝わってくる。
「必ず幸せにする。俺と付き合ってくれ、風月」
「幸耶……」
「お前が好きだ。いつもお前をどうやったら笑わせられるか考えてる」
引くよな、と言われたので、俯きがちに答える。
「……俺もだ」
これも、昔からずっとしているやり取りだ。
俺達はいつも同じことでぐるぐる悩んでいる。くっついたり離れたり、試行錯誤しながら距離を確かめている。
大好きだからなんだ。
同性ということ、友人ということ……そのどれもが強固なもので、越えてはいけない一線だと言い聞かせていた。
けと幸耶は踏み込んでくれる。どんな時も、俺だけを一心に見つめて。
一度は止まった涙が、また堰を切ったように零れ落ちる
。もう周りの目なんて気にせず、頷きながら嗚咽した。
「俺も、幸耶が大好き……っ!」
「あはは。ありがとう」
幸耶ははにかみ、俺の頬を撫でた。一旦は車に隠れるように、小声で俺を見上げる。
「あ。あのさ、一人暮らしのアドバイス。……じゃなくて……一緒に住もう」
「うん」
また、新しい毎日が始まる。
それはあの向日葵のように、もっと鮮やかに色づくはずだ。
頼もしい背中も優しい声も、目の前の道を照らしている。
「さ。もっと近くで見に行こう」
世界で一番愛しいひと。その眩しさに目を細めると、彼は照れくさそうに俺の手を引いた。
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