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第2話

父親の贔屓にしている球団が、ピンチの末、満塁ホームランを決めた日に産まれた。 それが“鷹矢”の名前の由来。 相手チームが勝っていたら、加工肉だったのかと思うと勝ったのが鷹で良かった……のか? そんな思うこともあったが、今になって考えたらこの名前以外はしっくりこないので、愛着というのは大切だ。 なんでもそうだ。 長く同じ時間を過ごせば大切になる。 意味のない意味が出来る。 県外に就職したのは8年前。 それから自由気ままな一人暮らしを満喫している。 自由というのは、引き換えに責任が増えることでもある。 そんなことに気が付けた頃には、一人の生活にすっかり慣れていた。 仕事をして、休みの日は昼過ぎまで寝たり、極端な生活だってした。 段々と生活リズムが掴めてくると、遊んだりする余裕も出来た。 そうなれば、他人と生活することが嫌になる。 例え両親だって。 実家に帰れば両親のペースと擦り合わせなければいけない。 そういうのが次第に面倒くさくなっていった。 別に家族仲が悪い訳じゃない。 ただ、自分のリズムで動けないのが煩わしい。 自分で決めて、自分でこなして、誰にも口出しされずに終える。 それが一番気が楽だった。 たったそれだけの理由でここ数年は実家に顔を出すこともしていない。 営業職はやってみれば、やりがいのある仕事だ。 自分の営業で、大きく物が動く。 大金が動く。 その緊張感はありつつも、やはりやりがいの方が勝つ。 好きだな、と思えるようにもなった。 そんな日々の中、部長から急な転勤の話を持ち掛けられた。 「遠山くん、地元○○だったよね。 異動、どうかな」 「俺、なにか…やってしまったでしょうか…」 「ん? あぁ、違うよ。 遠山くん、売り上げ良いからね。 評判も良いし。 うちも手離すのは惜しいんだけど、新しく出来た営業所で新人指導をお願いしたいんだよ。 遠山くんの話し方や、接し方、考え方を学んで欲しくてね。 勿論、営業も。 ちゃんと帰ってこれるよ。 左遷じゃない。 それだけは安心して」 なんなら実印付きで契約書書くよと言われたが、そこまでしなくても信じることにした。 ずっと良くしてくれていた部長だ。 信頼はある。 この8年、ほとんど帰ることのなかった地元。 その近くの町への出向が決まったのは、1ヶ月と少し前。 「えっ、遠山くん異動なの? なんで?」 「一時赴任で新しい営業所で新人の指導をすることになりまして。 鈴木さんには、大変良くしていただいたので名残惜しいですが、ご挨拶をと思いまして。 それと、後任の高橋です」 「はじめまして。 高橋と申します」 帰るのが嫌だとか、田舎が嫌だとかはない。 確かに都会は楽しいが……。 作った笑顔の裏で、引っ越しについて考えていた。

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