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第3話
大きな荷物は先に送り、2日分の着替えと生活用品をキャリーバッグに詰め、新幹線に揺られる。
職業柄、新幹線に乗ることは珍しくはない。
それでも、スーツで乗車するのと私服で乗車するのとでは気持ちが大きく違う。
締め付けの緩い服はそれだけでリラックス出来る。
低いノイズ音。
駆け足で変わる景色。
乾いた空気と隣に誰も座るなという願い。
ボーッと窓の外を眺めながらお茶を飲む。
「まもなく、〇〇です。
お出口は右側です。
お降りのお客様は、足元とお忘れ物にご注意ください」
聞き慣れた地元の名前に腰を上げた。
もうすぐ、新幹線が目的地へと到着する。
新幹線から電車へと乗り換え、更に数駅。
そこが、新天地となる地方都市だ。
とは言っても、地元の隣町。
生活圏は少し被っている。
唯一の違いと言えば海が近いこと。
それくらいの差しかない土地。
なにもない訳ではない。
けれど、なにがあるのか説明出来ない。
中途半端な町だ。
海が近い。
田んぼがある。
畑もある。
だけど、それが豊かかと言われれば若者の多くは首を横に振るだろう。
車社会の田舎では、便利性だけがすべてではない。
改札を抜け、階段を下りる。
それだって、数時間前までいた都会の駅とは違い悠々と階段を下れるんだ。
キャリーバッグを抱えてようと誰かの邪魔にならない。
そんなところからも帰ってきたことを思い知る。
久し振りでもすぐに分かる頭を見付け声をかけた。
久世琥太郎。
実家が近く、保育園から大学までずっと一緒にいた親友だ。
毎日日が暮れるまで一緒に遊んでいた。
どんなに長い時間会わなくたって、一瞬で見付けられる。
「コタ…っ!」
「…っ」
え……?
肩が一瞬震えたように見えた。
後ろから声をかけてしまったせいで、驚かせてしまったのか。
でも、驚いたにしては“震えていた”。
跳ねたんじゃなく、震えたんだ。
「鷹矢…、おかえり」
「あ、うん。
ただいま」
それに、
なんだ…、今の目……
ほんの一瞬だけ、その目に見えた感情。
それがどうにも引っ掛かる。
なぜこんなにも引っ掛かるのか。
自分の気持ちの問題か。
なにかザラリとした壁を触ったみたいな不思議な気持ちになった。
「荷物それだけ?」
「おん。
今日明日必要なのだけキャリーに詰めて、後は送った」
「ふぅん?
荷物は大丈夫なんだ?」
「う゛……。
事情話して、局留めにしてもらってます……」
悪戯っぽい顔に頭を下げた。
実は、入居日を間違えて申し込んだせいで、ガスや水道といったインフラが整っていない。
部屋の鍵もまだ受け取れない。
それに気が付いたのは昨晩。
既に深夜になっていたので、急いで親友へとお伺いをたてたというわけだ。
流石に実家を頼ろうかとも考えたが、実家はめんどくさい。
帰ってきたのなら、実家に住めば良いとか結婚はまだかとか言われるのが目に見えている。
めんどくさいので、転勤と数年でまた都会へと戻ることだけを伝えて後は無視している。
やっぱり、自由っていうのは魅力的なんだ。
「こちら、東京駅で有名なお菓子でございます…。
お口に合うとよろしいのですが…」
「流石、営業。
うわ、高そう。
けど、美味そう」
「評判なので、話のネタにどうぞ」
「うむ。
よきにはからえ」
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