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第9話

なんとなく、先を歩く親友の後頭部を眺める。 8年もあれば、誰かと生活するなんて有り得る話なのにな… 見た目だって悪くなく、優しくて、真面目。 姉と妹がいるからか、人当たりもやわらかい。 仕事態度だって想像がつく、友人思いの良い男。 そんなの、恋人がいたって当然だ。 当然、だよな… だけど、心の中でその気持ちの座る席はない。 見たくなくて逃げたのだから。 「で、コーヒーとお茶どっちにすんの?」 「あ、コーヒー」 キッチンは洗い残しの皿こそないが、きちんと自炊をしているも分かる空間だった。 へたってきているスポンジや、中途半端な量の食器用洗剤。 きちんと生きている痕が残っている。 「おー、ちゃんと生活感がある」 「都会と違って給料はそれなりだからな。 物価が安くても節約しながら大切に使ってんの」 「俺だってそれなりだぞ」 「エースだから引き抜かれ……まさか、本当は左遷……」 急に真剣な顔になるから、こちらが不安になる。 「ちげぇわ」 次の瞬間にはケタケタ笑う琥太郎。 この時には、なんとなく感じていた違和感なんて吹き飛んでいた。 「金なきゃ、まだまだこの部屋にいて良いんだからな。 貯金は崩すことねぇよ」 「おいおい…」 兄弟であってもイザコザがあるんだから、踏み込みすぎない距離感を保たなければ。 琥太郎とはずっと仲良くしていたい。 だから、甘えすぎるのだけはしないようにしなければ。 「嘘うそ。 けど、本当にいたきゃこの部屋にいて良いから」 「さんきゅ」 「本当に居ても良いのか」吐き出せなかった言葉を飲み込んだ。 きっと言うべきではないから。 この距離が崩れるから。 「風呂とかは使い方……流石に分かるよな?」 「そりゃ、ボタン押すだけだし」 「んー、あとなに教えとくべき? 洗濯機も勝手に使って良いよ。 冷蔵庫も。 ゴミか。 ゴミの分別はここに貼ってある。 ゴミはここに入れて」 「お、結構大雑把」 笑い声がしばらく続いたあと、ケトルの音だけが部屋に満ちた。 ボコボコという音の中で、琥太郎の横顔をもう一度見つめた。 ──やっぱり、どこかでなにかが引っかかっていた。

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