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第8話

「あー、可愛かったなぁ」 「まだ言ってるよ」 よく見掛ける形をしたアパートメント。 積み木を重ねたような、とてもシンプルなものだ。 それは、都会でも田舎でも区別なく主流の形らしい。 ただ、違いがあるとすれば窓辺に植物が置かれていたり、明らかに人が住んでいますと主張している点だ。 その正面の部屋に鍵を突き刺した。 「ここだよ。 実家の部屋だと思って、なんにも気にせず寛いで良いから」 「じゃ、お言葉に甘えて。 お邪魔しまーす」 部屋の中はやっぱり琥太郎のにおいがする。 琥太郎のにおいしかしない。 若干の不安もありつつ、先程の碧くんとのゲームを思い出す。 ピョンっと揺れる髪の毛と頬の肉。 大丈夫。 落ち着け。 俺はもう学生じゃない。 大丈夫だ。 そう心の中で言ちながら、スニーカーを脱ぐ。 キャリーバッグのタイヤを拭こうかと思うより先に、琥太郎の声がかかった。 「洗面台そっちな。 キッチンで手洗っても良いけど」 「あー、じゃあ、洗面台借りる。 ついでにトイレ貸して。 キャリーここに置かせて」 新幹線内で口が乾くとお茶を小まめに飲んでいたからか、少しトイレっぽい。 仕事上トイレは行けるタイミングで済ませておきたい癖がついているので、了承を得て借りることにした。 生活感のある部屋は、どこか知ったような不思議な空間だ。 琥太郎の部屋とも、実家とも配置が違う。 なのに、なんでか知っているような不思議な気持ちだ。 それらしいドアを開けると芳香剤のにおいが鼻に届いた。 そのにおいさえ琥太郎らしい選択だ。 すっきりした つか、綺麗にしてんなぁ 手洗いの為、洗面台に向き合うとそれに気が付いた。 視界に入る2つ並んだ歯ブラシ。 1本はつい最近買われたように毛先がピンとしていて、もう1本は、使い込まれたように毛先が少し広がっている。 ほんのわずかな違いなのに、妙に気になってしまう。 2本とも琥太郎のだろうか。 同棲していた彼女と別れたばかり……にしては、物がすっきりし過ぎている。 いや、別れたのなら歯ブラシの様な衛生用品は捨てるだろう。 先に洗顔や化粧落としだけを処分するなんて、二度手間はしないはずだ。 顔を上げ、不意に視線を動かす。 洗濯機、その上に用意された棚には洗剤や柔軟剤が並んでいる。 やっぱり“2人”という人数の生活している空間には思えない。 勿論、根拠なんてないが。 なんだろう。 この不思議な気持ちは…。 「鷹矢ぁ? 分かる?」 「大丈夫。 分かる」 あまりに遅いので不審に思ったのか琥太郎が顔を覗かせた。 …なんか、やましいことした気になるな 詮索なんてするつもりはない。 なんて言いながらしてしまったことに対して、少しだけ胸がザワつく。 だけど、咄嗟になにもない顔をした。 「鷹矢、お茶で良い?」 「おん。 ありがとう」 「お土産食う? それなら、コーヒーが良い?」 お茶が良いか聞いておいて、コーヒーが良いかと更に聞いてくる。 急に懐かしい感覚に襲われた。 「その聞き方、おばさんそっくりだな」 「そりゃ、親子だし…」 おじさん、おばさんは、丁度外出していて会えなかったが、数年はここでの生活が決定しているので、また折を見て挨拶に伺えば良いだろう。 知らない仲ではない。 だけど、親友の大切なご家族だ。 挨拶だけはしたい。

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