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第10話
「本日から、こちらで暫くお世話になります、本社営業部の遠山鷹矢と申します。
地元も近く、多少土地勘もありますので、早く馴染めるよう精一杯努めます。
期間の決まっている配属ではありますが、新入社員の皆さんが現場に出るまでの間、引率やサポート役含め、微力ながらお力になれればと思っています。
至らない点も多いかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
昨日は有給休暇を使い、住民票を移したり実家にお土産を持って行ったりで、あっちにこっちに移動ばかりの1日だった。
あんなに狭い市役所でも、次はこっちの窓口で、その次はあっちの2階の窓口で、と何度も移動をさせられ、待ち時間も長かった。
私用を済ませていても給料が発生するのは有り難いが、仕事をしていた方が性に合っている気がする。
だが、取り敢えずこちらでの生活の為の届けは出しきった……はず。
8年ぶりの引っ越しだと、ほぼはじめてのようなものだ。
新しい顔ぶれをしっかりと頭に叩き込む。
顔と名前、好みを覚えることは営業の基本だ。
言葉の端までしっかり咀嚼し、その人を想像する。
好みは、癖は、考え方は。
ただ近付くんじゃなくて、相手の嫌なところには踏み込まないことも大切にする。
人と関わるということは、相手を尊敬することだ。
1時間半程の挨拶が終わると早速次の業務だ。
新しい名刺を受け取り、セットしていく。
真っ白な紙に上品な黒色のごく普通の名刺だ。
だけど、その新しさに背筋が伸びる。
新しい顔を覚え、好みを覚え、関係を築いていく難しさもあるが、相手の顔が見えるからこその嬉しさもある。
「遠山」
「はい。
あ、東。
見知った顔、すげぇ安心する」
「俺も。
遠山は地元こっちだろ。
俺なんて、ガチぼっちだぞ。
マジで寂しかった…」
他部署の同僚にもやっと会え、本社の空気を思い出す。
ちらほらと見知った顔はあれど、こうして仲の良い人でなければ安心感は薄い。
まして、サラの土地であれば尚のことだ。
まだ知らない空気感の社内に
「で、係長やんだって。
現場に新人指導にフォロー役兼ねて、しかも一時赴任になんだろ。
大変だな」
「現場は好きだからな。
やっぱドローンが空飛んでんのワクワクすんじゃん。
それが人の役にも立つなんてマジでドローン最高」
「現場から離れなくて良かったな」
新人指導と聞いた時は、人を導けるほどの力量はないと思った。
けれど、それは評価なんだ。
それだけのことをやれる、と思ってもらえたのなら、がむしゃらにでも頑張るしかない。
その信頼を裏切らないように。
「おん。
東は、内勤?」
「いや、倉庫の方。
こっち寒いからコートにマフラーにも持ってきたけど、着膨れると邪魔だよな」
「んじゃ、これやるよ。
ホッカイロ」
「うわ、有難てぇ。
じゃ、遠山も頑張ってこいよ」
「おん」
本社からの戦友にモチベーションを分けてもらい、「行ってきますっ」と会社を背に駐車場へと急いだ。
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