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第20話
俺達の定番だったラーメン屋。
部活帰りに何度も通った店だ。
この脂とにんにくと醤油のにおいが懐かしい。
ラーメン屋なのに、中華屋同様の沢山の食事メニューがずらりと並んでいる。
その中から、ビールと餃子、キクラゲとたまごの中華炒めを注文し席につく。
壁に貼られた手書きのメニューが増えていた。
そんな些細な変化からも、来なかった時間の長さを思い知らされる。
そんな感傷に浸るも、すぐにビールが運ばれてきた。
現金なことに、キンキンに冷えたグラスと瓶ビールに意識は釘付けになる。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます。
んじゃ、まずは乾杯」
「乾杯。
お疲れ」
「コタもお疲れぇ」
ゴチッとグラスをぶつけると、ゴッゴッゴッと喉を開いて流し込む。
走ったせいで火照る身体に冷たいアルコールが染み渡る。
細胞まで喜んでいる。
大袈裟ではなく本当に。
「はぁ…っ、さいっこう」
楽しそうにこちらを見ている親友も美味そうにビールを飲んでいる。
金曜日ってだけで、気分はすこぶる良い。
そこにアルコールが加われば、そりゃもう文句のつけようがない。
店内は、仕事帰りらしい背広姿の客で賑わっている。
日中は学生、夜はサラリーマン。
安くて、量が多くて、美味い。
どの世代にも愛されて、思い出の詰まったこの店は、それだけで十分過ぎるほど魅力的だ。
「で、新人どう?」
「そりゃ、もうピッチピチよ。
羨ましいよな」
若さだけがすべてではない。
ただ、若さというのは時に無茶が出来る。
それは、とても羨ましい。
30歳になり、落ち着いたという印象こそないが冒険することを足踏みするようになってしまった。
現状維持という言葉に逃げ道を探すように。
羨ましい…のだろうか。
そんな感覚とうの昔に忘れてしまった。
「セクハラになることはするなよ。
俺、取材とか緊張するし…」
「しねぇよ。
あ、来週新人と挨拶に行くわ」
「あんバター持って?」
「好きだな…」
こんなにも気に入ってくれると選んだ甲斐があった。
こういう小さなことでも積み重なると特大の気持ちになるから有り難い。
こっちでも美味い手土産を探すのが楽しみになる。
案外地元の土産物っていうのは知らないものが多い。
厨房から良いにおいがしてくる中、学生時代に戻ったようにどうでも良い話に花を咲かせる。
来慣れた場所のせいか、はたまたアルコールのせいか、すっかり頭はリラックスモードに切り替わった。
ネクタイをほどいて、丸めてから鞄に突っ込む。
もう仕事のことなんて考えられない。
まだかな、まだかな、と待っていると女将さんが奥の厨房から出てきた。
そして、真っ直ぐこちらの卓へとやって来た。
「キクラゲとたまごの炒め物ね。
搾菜もおまけ。
食べてね。
餃子もすぐに焼けるよ」
「ありがとうございます!」
食材は勿論、食材の生産者の方々への感謝を込め手を合わせる。
敬意は1日2日考え方をかえたからって涌き出るものではない。
日々の積み重ねだ。
きっと毎日を大切に生きることで身に染み付く。
「いただきます…っ」
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