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第39話

あの日の琥太郎が頭から離れない。 なのに、琥太郎はいつもとかわらない顔をしている。 俺の知っている“親友”の顔をしている。 あの顔を見なかったことにしてしまえば、見ていないフリをしてしまえば楽なのに、それが出来ない。 だって、見てしまったから。 ほんの一瞬だった。 腕をひっ掴むまでの、ほんの数秒。 それが頭を占めている間に、季節は残酷に移ろっていく。 ビールの入ったエコバックを揺らしながら、琥太郎の部屋へと歩く。 冷えたビールに、惣菜の揚げ出しと枝豆。 暑くなってきた今だからこその晩酌だ。 それと、1口大に切ったスイカ。 琥太郎、揚げ出し好きだもんな ちょっとでも元気でて…… 誰か、いる…? 「ここに来ることを、アニ……あの人が良く思わないのは…分かっています。 けど……、」 聞こえてくる声に、つい足を止める。 建物の陰からそちらを覗くと、外灯の灯りで真っ黒な陰が2つ伸びていた。 玄関の前で話しているのは、琥太郎と真っ黒なスーツを身に纏った若そうな男。 後ろ姿じゃ顔は分からないが、安っぽい髪色だけが浮いている。 なんとなく、“どんな人間”であるか分かる。 分かってしまう相手だ。 きっと聞くべきではない。 帰ろうするが、続きが聞こえてきた。 「あの人は……、俺の子供を庇って……。 一昨年…、あ、の…、ずっと……だまって、て…、だまってて…。 申し訳ありません…っ、申し訳、ありません…っ」 べちゃっと嫌な音がした。 何度も打ち付ける音と共に耳へと届けられる。 なんて惨い現実なんだろう。 現実ほど酷いものはない。 周りの音が消えていく。 これ以上聞くべきではないと分かっているのに、身体が動かない。 足を掴んで、動けないようにしているのは誰だ──…… 「俺は、貴方のことを知っていました。 組…他の人達は知りません…俺だけです…。 他言するつもりもありません…。 ただ、どうしても謝りたくて……、伝えたくて……。 伝えなきゃ、いけないって…勝手に思って……。 …貴方に会ってから、あの人は…すごくしあわせそうで……、送迎する車内でも────」 狡いな。 狡い。 生きてる俺は、狡い。

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