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第42話
用事も済ませ、スマホの時刻を確認すると帰宅にはまだ早い時間だった。
貴重なの休日を家でゆっくりと過ごすのも良いが、こうして華やかな繁華街に出るのもまた良いものだ。
賑やかで、誰かの生活と生活が交わっている。
みんなに繋がっている。
ただただ、みんなが地続きの生活をしているんだと思うと農協の仕事も大切な歯車の1つ。
頑張ろうと思える。
本屋に寄ろうか、それともたまには映画を観ようかと考えていると目の前の男のポケットからナニかが落ちた。
スマホを取り出すのと同時に落ちたので、落とした本人は気が付いていないらしい。
人混みに飲まれ、踏まれてしまう前にそれを拾い上げた。
「あのっ、落とし…」
が、拾い上げるも男の背中は離れていく。
気が付いていないのだから、声をかけても立ち止まってはくれない。
「あの…っ」
スタスタと人混みに紛れる頭を必死に頭に焼き付ける。
落とした物は財布だ。
手触りの良い上品な革財布。
間に合わなければ交番に届けるが、間に合うのなら渡した方が手間が少ない。
エレベーターに乗った背中を追い掛ける。
あと少しの距離がもどかしい。
しかも、そういう時に限ってゆっくり歩くグループが間に割り込んでくるんだ。
目の前で閉まる扉に、思わず階表示灯りを見上げた。
行き先は階下。
下りならギリギリで間に合うだろうか。
とにかく行くか
間に合わなければ、届ければ良いんだし
タタタ…ッと階段を降り、エレベーター前へと急ぐ。
丁度出てきた頭に安堵するも、背丈が高く、足が長いのか、歩くのが早い。
小走りになりその背中に手を伸ばした。
ポンッと触れたスーツに漸くその人は止まってくれた。
「あの…、これ落とされませんでしたか…?」
「え?
あ、俺のだ……」
振り返るその人から、あたたかなにおいがした。
太陽のにおいとは違う。
少しだけ甘さがあって、だけどクドくない木のようなにおい。
どちらかと言えば人工的なにおいだ。
香水なのだろうか。
ふんわりとした落ち着いたにおいがやけに印象的だ。
「良かった…。
すぐに拾ったので他の物は落としてはいないと思いますけど、大丈夫ですか」
さっと財布の中を確認し、頷く頭に安堵する。
ポケットの中も?と付け加えると、そちらもすぐに確認してくれた。
そして、そちらも不備はないらしい。
「ありがとう。
助かったよ」
「いえ。
では、しつれ…」
「あっ、待って。
お礼させてくれませんか。
この財布、父親代わりの人からもらった大切な物なんだ。
君にそんな気がなくても、俺は感謝してる。
その感謝をかたちにさせて欲しいんだけど、迷惑かな?」
「いや、でも…、拾っただけですし…」
「うん。
でも、君は俺を追い掛けて届けてくれたよね。
その誠意を、俺はすごいなと思ってる」
それだけのことでお礼なんて…と断るも、首を横に振るばかり。
それで相手が納得するなら、1度くらい。
「分かりました。
では、お言葉に甘えさせていただきます」
「うん。
我が儘きいてくれて、ありがとう」
真面目な人だな…
宗教勧誘ならサッと帰れば良いか
俺達は、連絡先を交換した。
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