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第43話
数日後、お礼がしたいから時間をもらえないかと連絡がきた。
拾った当日も拾ってくれてありがとうという内容のメッセージが丁寧に飛んできてので、これで2通目だ。
やっぱりそんなの気にしなくても大丈夫だと伝えたが、「自分の自己満足だけど付き合ってくれないかな。勿論、無理にとは言わないから断ってくれても構わないよ」と気を負わないような言葉選びに、つい了承してしまった。
こんな丁寧に対応されたら断るのも悪い気がする。
1回だけ。
それで相手が満足するのなら。
支払いの時に自分が食べた分を支払ってしまったって良い。
こんなに丁寧な人を無視することが出来なかった。
ただ、それだけのはずだった。
それだけの…。
待ち合わせは繁華街の駅前。
やっぱり繁華街は人が多い。
沢山の人が週末の解放感を味わいながらキラキラした街へと消えていく。
最寄駅まで迎えに行くよ、とも言われたが流石に断った。
そこまでしてもらう理由がないから。
散歩を兼ねて歩きたいと言ったら了承されたが
本当に丁寧な人だ。
ずっとそのイメージがある。
そして、待ち合わせ時間より早く到着した時には既にその人は待ち合わせ場所にいた。
「あの、」
「来てくれてありがとう。
早いね」
「いえ…」
「行ける?
行けるなら、まだ早いけど行こうか。
トイレとか行きたかったら言ってね」
「はい」
「緊張しないで大丈夫だよ。
嫌なら途中でも帰って良いからね」
大人っぽい…というより、言葉の端々や所作から余裕と丁寧さを感じる。
自分とそう歳は離れているようには見えない顔立ちだ。
30代と言われたら驚く。
だが、圧倒的に大人に思える。
慣れているというか、なんと言ったら良いのだろうか。
落ち着きがある。
それから、目で追ってしまうとでも言えば良いのか。
なにか惹かれるものがある。
正しく自分の気持ちを表現出来る言葉を知らないのが憚られた。
スッと伸びた背筋に、清潔感のある髪型。
この前とは違うセットの髪型だが、そのどちらも似合っている。
それから、やっぱり手足が長いからか歩くのが早い。
案内されたのは大人価格の焼肉屋。
初めて入る店内へのドキドキと、肉の焼ける良いにおいに、心の中はソワソワする。
予約をしていた席に通されると、すぐに龍雅さんが胸ポケットから綺麗な色の皮製品のカードケースを取り出した。
手に馴染んだ、だけど反するようにとても美しい物。
「改めて。
篁龍雅です。
その節は、本当にありがとうございました。
怪しい者だけど、怪しいだけだよ」
律儀に差し出された名刺を受け取り、視線を落とす。
しっとりとした手触りの紙に上品な墨色で刷られた名刺には
グリーンサポート株式会社
総括部長 篁 龍雅
と書かれている。
「篁龍雅さん……」
「うん」
統括部長…
若いのにすごい人だ…
名刺から視線だけを上げて篁さんを見ると、目が合ってしまった。
不躾さもあり、慌てて目を逸らすと楽しそうな声が聞こえてくる。
「お飾りだけどね」
「え…?」
「統括部長なんて肩書きだけ。
周りの人に恵まれていて、お飾りでも済んでるんだ」
「そんなこと…。
そんなこと言えるのは、とても良い人だと思います」
「優しいんだね」
ニコニコしながらメニューを手渡された。
選んでも良いということだろう。
言葉数は少ないが、動作や視線から何を伝えたいのか伝わってくる。
幼馴染みの遠山鷹矢は言葉でも態度でもしっかり伝えてくるタイプなので、篁さんのようなタイプの人とはあまり触れ合う機会はなかった。
だが、こうして目の前にしてみると、不思議と落ち着く。
それは、まだ緊張している最中で深く考える余裕がないからだろうか。
リードされると助かるのは、本音だ。
今度はメニュー表を手渡される。
「好きなの選んで。
俺も食べるから」
「あ、はい」
こういう時は安過ぎる物を頼みすぎてもあれだよな…
難しいぞ…
…無難にカルビ…?ハラミ…?
「君の名前を聞いても良いかな」
「あ、はいっ。
あ…、すみません。
俺、名刺を持ってきてなくて…。
保険証ならあります…」
「保険証って…。
真面目だね。
口頭で良いよ。
個人情報、記載されてるでしょ」
穏やかな顔がやわらかく崩される。
それが、とても似合う人だと思った。
他の席から肉の焼ける音が聞こえる中、自分の名前を名乗った。
「久世琥太郎です」
「琥太郎くん。
とても素敵な名前だね。
琥太郎くんに、よく似合ってる」
優しく笑うその顔がとても素敵な人だ。
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