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第82話

悲しくても腹は減る。 苦しくても死ねない。 生きている限り季節は移ろって、その季節きせつの美しさが拡がっていく。 残酷だ。 龍雅さんがいないのに、世界はなにもかわらない。 俺も、かわっていく。 例え、またこの痛みが待っていても龍雅さんに会いたい。 出会いたい。 なのに、 なのに…… 「コタ、林檎食おうぜ。 今日、吉野くんが営業先でいただいたって分けてもらったんだよ」 「俺も良いの?」 「うん。 一緒に食いたいから」 優しい言葉が俺を刺す。 優しくされと死にたくなる。 死にたいのに、生きたい。 鷹矢と笑っている自分に気が付くと、死にたくてたまらなくなる。 龍雅さんがいないのに笑っている自分が殺したい程憎い。 それは嘘ではない。 なのに…。 龍雅さんがいないから、鷹矢に惹かれるのだろうか。 鷹矢を龍雅さんに変わりにしているのだろうか。 分からない。 自分のことなのになにも分からない。 「うさぎに剥いてやるよ。 待ってろ。 包丁借りるな。 出来っかな…」 鷹矢はジャケットの下に着ていたセーターごと腕捲りをした。 曇天の外とは違い、室内は暖房であたたかい。 鷹矢には普通のしあわせが似合う 普通に女の人と付き合って、結婚して、子供が産まれて。 子供が好きで、子供から好かれる。 碧を見ていれば分かる。 痛いほどに、伝わってくる。 きっと、それがしあわせなんだ。 それを隣で見ていられるだけで良い。 俺には、龍雅さんがいるから。 鷹矢が台所へと行く為に背中を向けると、腕時計を手に取り、そっと抱き締めた。

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