106 / 111

第96話

いない…よな 海か 駐車場から砂浜を覗き込むも、それらしき人陰はない。 空気はどんどん冷たくなっていくばかりだ。 念の為にボンネットに触ってみるとほのかにあたたかい。 来たばかりとは言えないが、長時間停車している訳でもなさそうだ。 辺りをキョロキョロ見渡し、せめてどちらの方向に言ったのかだけでもヒントがないか探す。 けれど、そんなものありもせず。 電話してみるも、着信音はどこからも聞こえない。 コタ…、頼むから出てくれ…… その時、大きな風が吹いた。 「…っ」 天狗風だ。 まるで天狗が持ってる団扇で扇がれたような1発の大きな風。 それが、海岸の砂を取り込みながら吹き抜けた。 くそ…っ 目に砂が入って痛い。 擦ってはいけないと分かっているが、つい擦ってしまう。 砂が入っていること。 その砂を目玉に擦り付けてしまったこと。 2つの理由で目が痛い。 涙で滲む視界の隅に動くなにかが映った。 動く…人影。 「コタ…、」 は……? 琥太郎らしき人影が立っている場所は明らかにおかしい。 崖、と呼んでも良い場所だ。 一体、どうやってあんな場所に登ったんだ、 夏休みに飛び込んだあの橋や、度胸試しの海とは違う。 高さが明らかに危ない。 そんなに海に近付いたら落ちてしまう。 落ちたら…、その結末が最悪のものになってしまったら…。 “あの人”が頭を過る。 顔も知らない琥太郎の大切な…、最愛の人。 「琥太郎…っ、」 砂が足をとる。 上手く走れない。 靴が邪魔だ。 言わなきゃ良かった。 伝えなければ良かった。 自分の気持ちなんて殺せば良かった。 なんで、このタイミングで後悔しているんだろう。 後悔するなら、助けなければ。 助けてから琥太郎の隣を去れば良い。 俺は、それを選べる。 ゆっくりと動く人影に手を伸ばす。 遠近法で掴めたって、助けられない。 なにしてんだよ… 琥太郎…… 駄目だ… 駄目だ……っ、 「コタ…っ!」

ともだちにシェアしよう!