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第2話 僕たちの話 きみは天使

その時、僕は王子だった      ひとつの大陸の外側には大きな国、真ん中には僕の国を含む小さな国が集まっていた。その中の比較的大き目の国、ゾルタン王国の第三王子シャルル。国王には王妃が生んだ第一王子と第二王子がいるので、ほぼ飼い殺しの第三王子だ。僕は七歳。第一王子は十八歳。第二王子は十六歳。  王には正室の王妃と側室の僕の母、二人の妃がいた。王妃とは政略結婚。ずっと上手く王と王妃としてやってきて、国も落ちつき、王としての評判もまずまずだったのに、視察先で運命の恋に巡り会ってしまった。平民では無いけど、地方男爵の娘だった自分より十五歳若い母と。一番やっちゃいけないやつ。そりゃ、王妃も怒るよね。  母は可愛らしい人だった。僕と同じ細かいカールの赤毛にヘーゼルの目、その下にそばかす。一年前に僕の一つ違いの妹シルヴィを亡くしてから随分塞ぎ込んでいた。国王も女の子を喜んで大層可愛がっていたので、辛いのか、僕の母の宮「月の宮」にはあんまり来なくなった。  もともと月の宮は王宮の最奥にあり、森を背にしていたので、それはもう静かだった。実家は遠く、地方男爵家では王都にそれほど知り合いもなく、尋ねる者もなし。後ろ盾のない娘を側室にしたのだから、国王にはもっと面倒を見て欲しいものだけど。心のうちは分からない。僕としては、放置されていたのは、まあまあ良かった。期待もされず、自由だもんね。  そんな中、隣国カリエ王国から来た六歳の王子アンリを月の宮で預かる事となった。ゾルタン王国より小さい国カリエ王宮には、アンリの他は女の子が二人。今の所アンリが王太子となる。だけど近隣の国や部族と、が起きて、しばらく大事な王太子を留学させることになったらしい。一年か二年……のはずが、結果的には五年になった。月の宮はそれほど大きくない屋敷だが、隣国の王子一人と数人の従者くらいは受け入れられる。ところが、アンリが連れてきたのは、侍女が一人だけだった。  ◇◆ ◇◆ ◇◆ 初めて会った時。  僕は一人で図書室で本を読んでいた。窓際の席に、初夏の日差しが射していた。 「こんにちは、シャルル王子」  君は窓辺に立って僕に声を掛けた。逆光になって、君の髪がキラキラしていた。僕は夢の中みたいに、君の周りに踊る光に見惚れてたんだ。天使が来たのかと。 「アンリ……王子?」 「今着いて、カミーユ様にご挨拶をしたところです。シャルル王子もこれからよろしくお願いします」  母(カミーユ)は迎えに出たのかも知れない。僕には到着は知らされなかったけれど、来ることは聞いていた。聞いていたより早く着いたらしい。アンリ王子には初めて会ったけど、母は大丈夫だっただろうか?なぜなら、プラチナブロンドに薄いブルーの瞳のアンリ王子は、亡くなった妹そっくりだった。  結論から言えば、母はむしろ喜んでいた。髪と目の特徴が同じだった他、年齢も一緒。一年前に五歳で亡くなったシルヴィが男の子になって戻って来たみたい。あまりに急に亡くなったので想い残したことが沢山ある。アンリ王子は男の子だからドレスは着せられないけど、シャルルと一緒に楽しそうに過ごしてくれているのを見ているのは喜ばしいわ、と。  僕も母に生気が戻って嬉しかったし、ほとんど年が変わらない友人とずっといられて楽しかった。  一日も経たず、シャルル、アンリと呼び合った。実際その後五年ほど一緒に過ごしたけど、喧嘩したこともなかった。いつも何かしら二人で発見して、探検して、笑い合っていた。  アンリが来てから程なく始まったお勉強も一緒だった。ゾルタン王国には当時王族や貴族が通う学校のような物はなかった。職人や商人の為にある程度の技術や知識をまとめて教える、それぞれのギルド経営の養成所があり、騎士の為には剣術や作法を教える騎士学校のような物はあった。が、王族や貴族は先生を招いて教えてもらうのが常だった。僕たちは宮のなかで一緒に講義を受けた。預かった王子にも教育を施す為に、二人一緒なら一度に済むということで。歴史や社会常識は二人とも両方の国を学んだ。隣の国なのに、いろんな違いがあって面白かった。言葉はもともと大陸公用語を使っていた。  一度、国王も庭で遊ぶ僕たちを遠くから母と見ていたことがある。やっぱりシルヴィを思い出しただろうか?プラチナブロンドの髪と薄いブルーの瞳のアンリが国王とそっくりなので、並んだら僕より親子に見えるかも知れない。アンリの母が国王の妹だった。アンリの妹達も皆母ゆずりのプラチナブロンドに薄いブルーの瞳なんだそう。僕とアンリは従兄弟同士なんだ。  そんな風に月の宮で、仔犬の兄弟みたいに僕たちはコロコロ一緒に過ごした。  ◇◆ ◇◆ ◇◆    

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