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第3話 僕とアンリとアナマリー

アナマリーはコミニュケーションお化けだと思う。  アンリにただ一人ついて来た侍女のアナマリーはカリエ王国から来た時はまだ十五歳だった。  ゾルタン王国とカリエ王国の間には高い山脈が連なっている。アナマリーはカリエ王国の外れ、ゾルタン王国との境目の山の村の出身だった。アンリがゾルタン王国に来ることになって、お付きの侍女として急に召し抱えられたのに、ただの村娘にしては物が分かっていた。カリエ王国で侍女の教育を受けたのは僅かひと月。元々月の宮の侍女たちも侍従たちも真面目ないい人達ばかりなんだけど、アナマリーは全く物怖じせず、あっという間に全員を味方にした。見ていると分かるんだけど、頼み事は上手いし、教えて欲しい事もマトを外さずにそれを知っている人のところに行く。きっと皆何かを頼まれても、アナマリーに使われているとは思わずに、気持ち良く動いてるんじゃないのかな。そんな魅力がある。  母ともすぐに打ち解けた。僕とアンリが遊ぶのを母とアナマリーが何か話しながら見守っている。そんな風に笑っている母を見ると、僕も嬉しかった。僕と妹シルヴィに付いていた乳母は、シルヴィが亡くなった後辞めてしまったので。まあ僕も七歳だから、もう乳母も要らないしね。  ある時庭で遊んでいると、アナマリーが何かを母に耳打ちした。母は驚いて侍従に指示をして、僕たちを呼び寄せた。僕たちがいた場所の近くに毒蛇が出たので大騒ぎになった。それはゾルタン王国にはいないタイプの毒蛇だった。だから多分、なんだけど。毒蛇も慣れない環境で弱っていたところを見ると、暗殺目的というよりは警告じゃないかという事だった。  実のところ、母も僕も他国や自国内の権力者達に狙われる様な魅力も権力も持ち合わせていない。得になる事なんか無いだろう。あぁ、でもそれで王妃様に取り入る事が出来るのかも知れないな。直接じゃなくても、敵は多いのかも。味方はいないのに。     ◆◇ ◆◇ ◆◇ 僕とアンリとアナマリーが過ごした日々  アンリと一日中遊んで、勉強して、食事をして、眠る。すぐに一緒に僕の部屋で寝る様になった。眠るまで、ずっといろんな話をしている。僕たちは元々ひとつの魂だったものがふたつの体に分かれちゃったんじゃないかってくらい、一緒にいると安心できた。もう、アンリのいない日常とか考えられない。アンリがいなくなったらきっと、ずっと心がヒリヒリしそうな気がする。  アナマリーは二人の面倒をまとめてみてくれていた。寝る時にアナマリーが話す色んな話が面白い。アナマリーの故郷に伝わる昔話とか言い伝え。故郷の高原の景色、暮らしぶり。    アナマリーは古の流民の血が流れていた。昔、広い大陸の東の端に不思議な島国があって、とても古い時代に栄えた楽園の末裔たちが住んでいた。その島国で重用されていた武人・文人には四つの流れがあり、アナマリーはその中の一族の末裔。その島は流行病によって滅んでしまった。その島の民だけがかかる業病。絶滅から逃れ、流民となり、ある者達はその卓越した資質を生かし移り住んだ国の中枢で活躍したり、暗躍したり、あるいは鄙に隠れ住んでいたりする。アナマリーの民族はゾルタン王国とカリエ王国の境目の山あいにひっそりと生きていたんだけど、優秀さはカリエ王国の中枢でも知られていた。それで、アンリを託されていた。 「この黒髪と黒眼が東国流民の証よ」  アナマリーは見た目も若くて、一緒にいた五年間、歳をとらないかのようだった。 「アンリ様も、シャルル様も。」  失敗した時にまとめて二人を抱きしめて、慰めてくれる。アナマリーが居なかったら、六歳で国許を離れたアンリも、母を亡くして(この一年後)天涯孤独(国王は僕だけの父じゃないし、存在が希薄)になった僕も生きていられなかったはずだ。  ただ、東国流民は未だに流行病に追いかけられているらしい。アナマリーはただ一人でゾルタン王国の宮殿の中にいるから大丈夫だと思うけど。

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