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第1話 扉の向こう

午前十時を回ったフロアに、コピー機の紙詰まりの音と電話のベルが混ざる。 「……や、やってしまいました……」 資料を抱えて立ち尽くす佐藤悠が青ざめた顔で震えていた。 篠原透は椅子を引き、彼の手から紙を受け取る。数字の一列が食い違っていた。 「悠、深呼吸しろ。まだ間に合う」 「でも……もう送ってしまって……僕のせいで……」 「俺が部長に報告する。その間に修正版を作れ」 悠の肩が小刻みに震えている。透は心の中で「守る」と決め、部長席の方へ歩いた。 部長の椎名蓮は同じフロアの一角に座っていた。呼びかけると、すぐ隣の応接室を指で示す。 入った途端、冷たい声が落ちた。 「座れ」 透は経緯を報告し、修正の段取りを伝えた。 部長は、簡潔に言う。 「先方には私から連絡する。対処は任せてもらって構わない。」 安堵が胸を抜けた――その直後。 「……だが責任は残る。この件、お前と佐藤、どちらが取る?」 喉が固まる。 「……俺が、取ります」 部長は表情を変えずに透を見据える。 「庇うなら背負え。どう責任を取るか、考えておけ」 命令ではない、だが逃げ場はなかった。 *** 金曜の夜。退勤後のフロアが静まった頃、スマートフォンが震えた。 【来い】 位置情報はホテル街の入り口。 (……逃げられない) 透はタクシーに乗り込んだ。 指定された扉をノックすると、すぐに内側から開いた。 いつも、きちんと着られているスーツからネクタイを外しボタンも開けていて誰も知らない部長がそこにいた。 「遅い」 部屋に足を踏み入れた瞬間、空気が重く沈む。 「考えたか。どう責任を取るのか」 透は乾いた唇を動かす。 「……俺が……なんでも言うことを聞きます」 「それは、どういう意味だ」 「……」 「体を差し出せと言えばそうする。そういうことか」 透は震える声で「はい」と答えた。 「いいだろう。ただし――俺を拒否することは許さない」 刃のような言葉が胸に刺さる。 「脱げ」 短い命令。透は硬直した。 背に汗が流れる。 シャツのボタンに手をかける。 指が震えて一つ目を外すのに時間がかかる。 二つ目で爪が滑り、手元が空回りする。 「……っ」 屈辱で胸が焼ける。 その時、部長の指が伸び、透の手を払いのけた。 布を傷めないように、ボタンを静かに外していく。 一つ、二つ――全てのボタンを外し終わる… 透は顔を背け、唇を噛んだ。 引き裂かれると思っていたのに、妙に丁寧に剥がされる。 矛盾が余計に屈辱を強くした。 やがてシャツが滑り落ち、肩に冷たい空気が触れる。 透は身を縮め、絞り出すように言った。 「……これで……」 部長は返さない。顎を掴まれ、顔を上げさせられた。 「証明しろ」 膝が床に沈む。 柔らかい絨毯が屈辱を際立たせる。 目の前の熱から視線を逸らせない。 「……っ、や、め……」 必死の声も無視され、ベルトの金具が乾いた音を立てた。 「責任を取るんだろう」 その言葉で逃げ場は消えた。 後頭部を押さえつけられ、唇に熱が触れる。 喉が軋み、吐き出そうとしても許されない。 涙が頬を伝い、床に落ちた。 (なんで……俺が……) 羞恥と屈辱で胸が潰れる。 ようやく頭から指が離れ、透は咳き込みながら崩れ落ちそうになる。 (……終わった……これで……) 安堵しかけた瞬間、冷徹な声が落ちた。 「立て。――まだ終わりじゃない」 腕を掴まれ、ベッドへ押し倒される。 強引に背を向かされ、腰を掴まれる。 「膝をつけ。腰を上げろ」 四つん這いに追い込まれる。 背後からの視線に全身が火照る。 太ももに押し当てられる熱に喉が震えた。 「……っ、あ……」 嫌悪で逃げたいのに、身体は勝手に反応する。 腰を打ち付けられるたび、堪えようと腕に噛みつくが声が漏れた。 「や……っ、いやだ……」 否定するほど、背を支える掌の温度が身体を裏切る。 (違う……感じてない……!) 必死に否定しても、腰が勝手に揺れてしまう。 羞恥と罪悪感で胸が焼け、涙がこぼれた。 部長は無言のまま透を支配する。 声で責められるより、その沈黙が残酷だった。 やがて部長の呼吸が荒くなりつつあったが動きを止めた。 透の肩越しに吐息が触れる。 「忘れるな。俺を拒否することは許さない」 背に残る掌の熱が、皮膚を火照らせたまま消えなかった。 (……これで終わりだ。終わりに……) 声を堪えて噛んだ腕がジンジンするのを感じながら、必死にそう思い込もうとする透の目から、また涙が落ちた。

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