38 / 38

第38話 言葉のあとで(完)

「……あんなふうに、みんなの前で言うとはな」 低い声に、透の背筋が固まった。 週明けの夜、蓮の部屋。 透は思わず正座のように座り直し、頭を下げる。 「す、すみません! 困らせてませんか?」 「なんでだ?」 「だって……会社で、しかも男同士で恋愛なんて……。部長の立場も考えず……本当にすみません。俺ってダメなやつですよね」 自分で言いながら、胸がきしんだ。 怖くて顔を上げられない。 少しの間を置いて、蓮は静かに息を吐いた。 「そうか? 俺は……みんなの前で言ってくれたの、なんか嬉しかった」 「……え」 思わず顔を上げると、黒い瞳がまっすぐ自分を見ていた。 からかう色はなく、淡々と告げる口調にだけ熱が滲んでいた。 「でも」 短く続ける。 「次は酔った勢いじゃなくて、自分の意思で言え。……俺の隣にいるのはお前だって」 胸が大きく波打った。 (……部長は、やっぱり……俺を……) 透は唇を噛み、そして震えながら言葉を落とした。 「……はい。次は、ちゃんと……」 蓮の指が伸びてきて、そっと頭を撫でる。 乱暴でもなく、支配でもなく。 ただ確かめるように。 「俺だって不器用だ。うまく言えないし、態度も冷たいかもしれない」 低い声が耳に響く。 「でも……透、お前が好きだ。だから俺の隣にいろ」 その瞬間、胸の奥に絡まっていた不安がほどけた。 涙が零れそうになり、慌てて笑顔に変える。 「……はい。ずっと、隣にいます。……蓮」 その名を呼んだ瞬間、蓮の腕が強く抱き寄せた。 腕の中の温もりが、すべての答えだった。 *** 外は冬の夜気に包まれていた。 けれど、二人の間には静かな熱が宿っていた。 思えば最初は、力で従わせられただけで。 嫌悪と混乱と、どうしようもない抵抗ばかりで。 そこにあるのは「矛盾」そのものだった。 けれど今は違う。 たとえ言葉と態度が食い違う瞬間があっても、 たとえまた矛盾のように思える出来事が起きても—— それはきっと、二人の絆を深めるために必要なものだと信じられる。 もう、矛盾じゃない。 隣にいるのは、かけがえのない“恋人”だから。 ──完──

ともだちにシェアしよう!