37 / 38
第37話 自業自得
年明けから数日、部署には妙な噂が流れていた。
「部長、最近丸くなったよな」
「うん、前より声かけやすい気がする」
その囁きに透は胸が温かくなる。
(……それ、俺のせいなんだろうな)
口には出さないが、誇らしい気持ちがあった。
***
新年会は居酒屋の広間で行われた。
鍋を囲んで盛り上がる中、普段は近寄りがたい部長が珍しく部下たちと談笑していた。
「今年も頼りにしてます!」
「部長の指示、ほんと分かりやすいです」
いつもなら遠巻きにされるはずなのに、部長の周囲には人が集まっていた。
透は離れた席からその光景を眺めていた。
胸の奥がじわじわ熱を持ち、酒を口に運ぶたびにざらつく気持ちが膨らんでいく。
(……みんな、楽しそうに……蓮と……)
酔いが回った透は立ち上がり、ふらりと部長の隣へ。
「ぶちょー……じゃなくて、蓮!」
一瞬で空気が凍った。
「蓮は俺のだからぁ〜、みなさん近寄らないでくださいね〜」
明るい声色で言い放つ。
場の空気が張り詰め、誰も笑えなかった。
部長は眉一つ動かさず、淡々とグラスを持ち直した。
「——飲みすぎだ。水を」
短く言うと、社員たちは慌てて動き出す。
透はその肩に頭を預け、小さく呟いた。
「……すき……」
隣の者にしか聞こえないほどの声で。
***
その日は、部長のマンションに泊まった。
朝食後、ソファでくつろぐ透に、部長が不意に言った。
「月曜、大変だから覚悟しておいた方がいいぞ」
「……え? なんのことですか?」
ぽかんとする透に、部長は口の端を上げる。
「……自業自得だからな」
意味が分からず首を傾げる透に、部長は笑ってグラスを傾けた。
***
出社した透を待っていたのは、同僚たちの視線だった。
「篠崎さん、本当に部長のこと好きなんですか!?」
「新年会の“蓮は俺のだから”って……あれ本気ですか!?」
「部長って呼び捨てする仲なんですか!?」
質問攻めに、透は耳まで真っ赤にして逃げるように席についた。
(……俺、なに言ったんだ……!)
頭を抱えるしかなかった。
***
その頃、廊下の片隅で。
部長が悠を呼び止めた。
「佐藤」
「はい、部長」
黒い瞳が真っ直ぐに向けられる。
「お前、篠崎のこと好きだっただろ」
悠は一瞬固まり、それから唇を噛んで答えた。
「……はい」
沈黙が落ちる。
部長はただ視線を落とし、悠を見つめた。
「でも——先輩、幸せそうだから」
悠の声はかすかに震えていた。
「俺じゃ、あんな顔させられなかったと思います。……でも、先輩が泣きそうな時は、遠慮せず行きますから」
静寂を破ったのは、低い笑いだった。
「……いい度胸だな」
部長は視線を逸らさずに言う。
「そうならないようにするよ」
悠は軽く頭を下げ、去っていった。
残された部長の横顔は、僅かに柔らかさを帯びていた。
ともだちにシェアしよう!

