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第37話 自業自得

年明けから数日、部署には妙な噂が流れていた。 「部長、最近丸くなったよな」 「うん、前より声かけやすい気がする」 その囁きに透は胸が温かくなる。 (……それ、俺のせいなんだろうな) 口には出さないが、誇らしい気持ちがあった。 *** 新年会は居酒屋の広間で行われた。 鍋を囲んで盛り上がる中、普段は近寄りがたい部長が珍しく部下たちと談笑していた。 「今年も頼りにしてます!」 「部長の指示、ほんと分かりやすいです」 いつもなら遠巻きにされるはずなのに、部長の周囲には人が集まっていた。 透は離れた席からその光景を眺めていた。 胸の奥がじわじわ熱を持ち、酒を口に運ぶたびにざらつく気持ちが膨らんでいく。 (……みんな、楽しそうに……蓮と……) 酔いが回った透は立ち上がり、ふらりと部長の隣へ。 「ぶちょー……じゃなくて、蓮!」 一瞬で空気が凍った。 「蓮は俺のだからぁ〜、みなさん近寄らないでくださいね〜」 明るい声色で言い放つ。 場の空気が張り詰め、誰も笑えなかった。 部長は眉一つ動かさず、淡々とグラスを持ち直した。 「——飲みすぎだ。水を」 短く言うと、社員たちは慌てて動き出す。 透はその肩に頭を預け、小さく呟いた。 「……すき……」 隣の者にしか聞こえないほどの声で。 *** その日は、部長のマンションに泊まった。 朝食後、ソファでくつろぐ透に、部長が不意に言った。 「月曜、大変だから覚悟しておいた方がいいぞ」 「……え? なんのことですか?」 ぽかんとする透に、部長は口の端を上げる。 「……自業自得だからな」 意味が分からず首を傾げる透に、部長は笑ってグラスを傾けた。 *** 出社した透を待っていたのは、同僚たちの視線だった。 「篠崎さん、本当に部長のこと好きなんですか!?」 「新年会の“蓮は俺のだから”って……あれ本気ですか!?」 「部長って呼び捨てする仲なんですか!?」 質問攻めに、透は耳まで真っ赤にして逃げるように席についた。 (……俺、なに言ったんだ……!) 頭を抱えるしかなかった。 *** その頃、廊下の片隅で。 部長が悠を呼び止めた。 「佐藤」 「はい、部長」 黒い瞳が真っ直ぐに向けられる。 「お前、篠崎のこと好きだっただろ」 悠は一瞬固まり、それから唇を噛んで答えた。 「……はい」 沈黙が落ちる。 部長はただ視線を落とし、悠を見つめた。 「でも——先輩、幸せそうだから」 悠の声はかすかに震えていた。 「俺じゃ、あんな顔させられなかったと思います。……でも、先輩が泣きそうな時は、遠慮せず行きますから」 静寂を破ったのは、低い笑いだった。 「……いい度胸だな」 部長は視線を逸らさずに言う。 「そうならないようにするよ」 悠は軽く頭を下げ、去っていった。 残された部長の横顔は、僅かに柔らかさを帯びていた。

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