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第1話

 曇空は案の定泣き出した。  朝、御機嫌が斜めのまま所用のために外出した藍ちゃんは傘を持って行っただろうか。お供に多蔵がいるはずだから大丈夫だとは思うが…… 「はぁー……」  縁側で煙草を吹かすが、湿気のせいであまり美味くない。そもそも煙草に旨味は求めていないからどうでも良い。 「お前、なんでいるんだ……?」 「……貴方こそ、なんでいるんですか? 「お前は今日藍様の共をするはずだろ!?」 「……はぁ?」  そんなこと初耳だ。藍ちゃんにそんなことを言われた覚えもないし、そもそも一緒に呼ばれるようなことなんて滅多にない。 「藍様は何も言わなかったのか?」 「聞いてませんね……」 「チッ……」  舌打ちをしたいのはこっちだ。もしも俺達二人で呼び出されていて、藍ちゃんが俺を庇って…… 「藍ちゃんは何処に行った!」 「それすら知らないのか!?」 「良いから早く教えろ」 「藍様は行き先も言わずに出かけられた。不本意だが、貴様がいると思っていたし言及しないように言われた」  こいつは藍様の言うことならどんな命令も遵守する。普段ならば無理矢理にでも着いていくだろうが、それをしなかったと言うことは余程キツく言われたのだろう。 「探しに行く」  後ろでごちゃごちゃと何か言っていた気がするが、そんなのに構っていられない。一刻も早く藍ちゃんを探さなければ、もしも藍ちゃんに何かあったら。一人でいつも以上の“御役目”を強いらていたら……  ただでさえ俺は“御役目”には反対だ。あんなクソどもが容易く藍ちゃんに触れていることさえ、不快なのに。それでも代々我ら一族が出雲で生きていくには“御役目”を務めることは半ば義務となっている。藍ちゃんの前の先代も同じように“御役目”を果たしていたのだろう。 「何処に行った……?」  出ていってから数十分。多蔵を連れていないのなら徒歩で行ったに違いない。此処から一番近い家に行っても藍ちゃんはいないと言う。嘘か本当かはわからないが、止まっている暇はない。  ふと、ポケットに入れていた携帯が震える。ディスプレイに表示された名前を見て、急いで通話ボタンを押せば滝の音に混じって小さな声が聞こえてきた。 『翠』 「どうしたの、藍ちゃん」  藍ちゃんは俺の名前だけ呼ぶと黙ってしまった。 「藍ちゃん、今行くから待ってて」  通話は切らず、目的の場所へ向かう。この辺りで滝があるところはいくつかある。けれど、思い当たるところは一つ。きっと其処に藍ちゃんがいるはずだ。 「藍ちゃん!」  走って、走って、心当たりのある場所に向かう。今はもう使われていない屋敷で、其処は子どもの頃藍ちゃんと出会った場所だ。  滝の近くには小さな祠みたいなものがあって、藍ちゃんは雨に打たれながらその前に立っていた。 「こんなところにいたの」  声をかけても返事はない。藍ちゃんに近寄って細い腕を掴めば、案の定藍ちゃんの身体は冷たく冷えていて今にも体調を崩してしまいそうだ。 「身体、冷えてる」 「……遅いんですよ」 「ごめん」 「だから嫌なんですよ、貴方は」  責められるようなことをした覚えはないけれど、藍ちゃんの機嫌が悪い時は謝る癖が出来てしまった。理由もなく俺が謝ることを藍ちゃんはよく思っていないけれど、癖になってしまったのと少しでも愛ちゃんと話すきっかけが欲しかったから。 「藍ちゃん、ごめん」  冷え切った藍ちゃんの身体を抱き締めれば、抵抗なく藍ちゃんは俺の腕の中に収まってくれる。服が濡れるとかどうでも良いし、この雨の中俺も駆け回ったから既に服は濡れている。  藍ちゃんが何を思っているかはわからない、どうしたかったのかもわからない。けれど藍ちゃんは俺のことを待ってくれていた。それだけはなんとなくわかる。 「寂しい思いをさせてごめん」  そう伝えれば藍ちゃんが腕の中で笑った気がした。

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