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潜熱(せんねつ)

※長い性描写が続きます。苦手な方はご注意ください。 夏の終わりの午後。ふと街を歩く、かつての恋人の姿をビルの影から偶然見つけてしまった。 九条 遙(くじょう はるか)が、笑っているではないか。 柔らかく笑って、隣の若い青年に視線を向けていた。茶髪の、遙より少し身長の低い、いわゆる中性的な美形。 「ふぅん……成程ねぇ」 都会の喧騒に紛れるように、一ノ瀬 朔(いちのせ さく)は小さく笑った。形の整った唇が、静かに吊り上がる。紫色の長い前髪をかきわけると灰色の瞳が覗く。この数ヶ月、どんなに探しても音信不通だった男が、あんなにも穏やかな表情で、誰かと並んで歩いている。信じられなかった。いや、信じたくなかった。あの遙が、自分以外の人間に微笑みを向けているなんて。しかもあんな顔、自分は見た事があっただろうか。 「……隣の子は、一体何者だろう……?」 遙の傍で歩く、あの青年は自分にとって障害に他ならない。朔の青白い指が、スマートフォンを軽く撫でる。画面には、遙の住むマンションの住所が表示された。その視線はもう、匠ではなく遙をまっすぐに見据えていた。 「君の隣は僕こそが相応しいんだよ……遙」 空気は温く、しかし彼の内側は熱く濁っていく。朔は無言でポケットから取り出したカードキーを見つめる。数年前に渡されたもの。普通は別れた後に返すだろうが、遙はそれを忘れていたのか、返せとは言われなかった。未練がましく、こんなものを未だに取っておいた自分を嘲笑う。 「……まだ、使えると良いんだけど」 眉一つ動かさず、朔はカードキーをポケットにそっとしまう。再び二人に視線を送るその目は、狂おしいほどの執着と、張り裂けるほどの嫉妬で滲んでいた。 夕闇は既に街を覆い始めていた。アスファルトの上に残る熱気と、湿った風が入り混じる。信号待ちの間、藤宮 匠(ふじみや たくみ)は無意識に遙から少し距離を取る。 「……そんなに離れるな」 低い声がすぐ耳元に落ちる。匠はビクリと肩を揺らし、反射的に足を止める。 「……別に、離れてねぇし」 「……そうか」 短い返事の後、遙は溜め息をつくように小さく笑った。そして、匠の手首を強引に掴んだ。 「……ちょっ……おい……何すんだよ!」 「静かにしていろ」 言葉と同時に、掴まれた手首は引き寄せられ、腰が支配的に抱き寄せられる。周囲の視線が無い場所とはいえ、その近さに匠の頬はすぐに赤く染まった。 「……ここ、外だぞ……っ」 「知っている。……だが、こうでもしないとお前は直ぐ逃げようとするからな」 囁く声が熱を帯び、匠の鼓膜を掠める。小さく震えた指先は、もう力なく遙の腕に縋るしかなかった。ようやく信号が変わると、遙は匠を離さないまま歩き出した。まるで鎖で繋がれているような感覚が、匠の胸の奥にじわりと広がる。マンションに着くと、玄関を閉めた瞬間、張り詰めていた空気が一気に弾けた。 「……今日は、随分と良い子だったな」 背後から回される腕。布越しに触れる手のひらの熱が、あっという間に肌を侵してくる。 「……や、やめろ……っ、暑い……風呂……」 「後で良い……」 低く断言され、髪に唇が落ちる。匠は抵抗するように頭を振ろうとするが、すぐに無理だと悟る。 「っ……や……あぅ……」 遙の舌が首筋を這うと、匠の足元が崩れかける。腹に回った手は迷わずに、弱い所を探り当てるように滑る。 「……か、帰ってきて早々これかよ……」 言いかけた声は遙に塞がれ、途切れた。深いキスが肺の奥まで空気を奪う。 「……期待していたんだろう?」 そう囁かれると、匠の全身が微かに震えた。薄暗い廊下に小さな呻き声が漏れる。玄関の空気が重く溶け、ただ二人の呼吸音だけが響く。 「……ふふ。もう腰が動いている。お前も俺と早く繋がりたかったんだな……」 「ちがっ……そんな……」 「……素直になれ。身体の方が正直だな……」 言葉のたびに匠の顔は赤く染まり、濡れた琥珀色の瞳が揺れる。重なる音、震える指、肌に散る汗。全てが、二人の「好き」を超えた執着と狂気を映し出す。 「あっ……!も、もうむり……っ」 「……駄目だ」 深く、執拗に、遙の身体が絡みつく。感度を極限まで高められた匠は、何度も白く意識を飛ばされそうになりながらも、それでもまだ縋るように腕を回す。 「……すき……すき……っ、だからっ……!」 途切れ途切れの声。それを聞いた瞬間、遙の奥にある冷たい理性が、僅かに溶ける。 「……知ってる……俺も、好きだ」 低く甘い声が耳を溶かすように響く。何度目かも分からない熱が訪れるまで行為は終わる気配を見せない。 「……ほら、もっと奥まで入る……」 低い声が、首筋を這うように落ちる。額に張り付いた髪が汗に濡れ、廊下に淡い影を作る。 「やぁっ、んん……っ!」 声を押し殺そうとしても、勝手に喉の奥から熱い声が漏れる。肩を抱き寄せる遙の手が、更に強く匠を引き寄せた。 「……お前のここは、俺を誘っている。もうこんなに濡れてるぞ……」 そう言うと、指先が秘部を軽く撫でる。既に潤ったそこが小さく震え、匠は無意識に腰を揺らした。 「っ……や……そんなこと……いうな……っ!」 「言わせているのは誰だ……?」 掠れた声で否定する匠の頬を、遙の唇が何度も食むように這う。触れられるたびに涙が零れ、呼吸が熱に変わっていく。 「……もっと鳴け」 耳元に低く響く声に、匠の腰は自然と後ろへ突き出される。それを待ち構えるように、深く沈められる感覚。全身が白く、痺れるように焼ける。 「あ、あぁ……んっ……や……も、もう……っ」 「もう?……もっと、の間違いだろう?」 更に深く、内臓を抉るように貫かれると匠の指先は靴箱にしがみつき、何もかも忘れたように震える。 「いやっ、あっ……す、き……っ!」 「……そうだ。お前は俺のものだ……」 言葉と共に一層激しく打ち込まれる。快楽の波が押し寄せるたび匠の背は何度も反り返り、呼吸は壊れたように途切れる。 「……もっと乱れろ。もっと縋れ。俺だけに、その可愛い姿を見せろ……」 遙の声が甘く低音で響くたび、匠の瞳にはまた新しい涙が溜まる。それを舌で掬うように舐め取り、遙は嬉しそうに笑う。 「……お前の泣き顔が、一番好きだな」 「ひあ……っ、や……やだっ……あぁっ!」 もう何を言っているのか、自分でも分からない。けれど、それでも言葉を吐き出さずにはいられなかった。 「……あ、ぁ……や……っ、もう……だめっ……!」 遙の動きが最後に一度深く、力強く沈むと匠の全身が強張り、そのまま崩れるように脱力した。背中に落ちる遙の長い銀髪が、匠の涙混じりの汗と絡む。その乱れた姿を見下ろしながら、遙は静かに息を吐いた。 「……良い子だ」 どこまでも甘く、どこまでも残酷な褒美の言葉。薄闇に包まれた玄関で、二人の荒い呼吸だけが残る。 「……そんなに震えて。本当に、いやらしい身体になったな……」 遙の低い声が、まるで熱を孕んだ刃のように耳の奥を撫でるように落ちる。匠は唇を噛んで声を堪えようとするが、その震えが逆に遙の欲を煽るように見えてしまう。 「やぁ……んぁっ……」 掠れた吐息が喉を震わせ、首筋に沿って零れる汗が床に垂れる。遙の指は、匠の乳首をゆっくり、執拗に転がす。そのたびに匠の背は跳ね、切ない声が漏れ出る。 「……ここ、もうずっと固くしてたのか?……やっと触られて嬉しいか……」 「いや……っ……!」 弱い抵抗の声も、遙にとっては燃料にしかならない。指先で挟み、撫で、捻る。敏感に反応する身体を、じっくり、じわじわと責め立てる。 「……ほら、こっちも」 下腹部に回された手が太腿の内側をゆっくり撫でると、匠の身体はビクリと痙攣する。触れられる前から、熱が迸るように疼く。 「……やだ……っ、もう……!」 「……俺がまだ満足していない」 耳元に囁きが落ちる。その声だけで、奥がギュッと締め付けられる。遙は片手で匠の顎を掴み、顔を無理やりこちらに向け、上げさせる。潤んだ瞳、濡れた睫毛、震える唇。その全てを、欲望と執着に溶けるほどじっくりと見つめる。 「……お前の存在で、俺の欲は無尽蔵になる……」 唇を近づけ、匠の舌をゆっくりと絡め取る。深く、濃く、呼吸が出来なくなるほどのキス。唾液が溢れ、繋がった糸が途切れるたび、匠の身体はひくりと跳ねる。 「はぁ……っ、ふぁ……」 「……もっと舌を動かしてみろ」 更に深く舌を滑り込ませ、口内を貪る。喉の奥で溺れるように漏れる声は、もう言葉にならない。まるで歯列を確認するかのように遙の舌が暴れ、匠はただ必死に舌先を小さく動かす。 「こ……これいじょう……むりっ……!」 「……お前の無理、は……可能、と捉えている」 囁きながら、遙は再び匠の体内に侵入する。深く、ゆっくりと、全てを塗り替えるように。 「……ほら、上の口はいい加減な事ばかり言って、下の口は悦んでいる……」 再び涙が溢れ、喉から苦しげな甘い声が漏れる。全身が震え、奥の奥が遙を飲み込むように締め付ける。 「……ひ、あ……っ、やぁっ……!」 「……ふふ、良い子だ」 遙の低い声が、酩酊にも似た状態の匠の脳に直接注ぎ込まれる。重なる水音、湿った吐息、肌に散る汗。永遠に続くかのように濃密だった。何度も何度も、果てを超え、やがて匠は痙攣するように力を失い、遙の腕に支えられると広い胸板に沈んでいった。 「もう終わりにするか?……残念だが、お前が完全に蕩けるまでは終わらせない」 暗い闇の中で遙の青灰色の瞳だけが熱く、狂気と愛を灯していた。 「ん、やぁ……あぁっ……!」 匠の声が喉の奥で細く震え、涙が頬を滑り落ちる。遙は容赦無く中を突き上げ、荒い呼吸を交わすたびに匠の膝が笑う。 「……後背位もたまには良いな。お前の感じている顔が見れないのが残念だが……」 遙が低く囁いた、その瞬間。 ピンポーン。 不意に鳴り響くインターホンの音。玄関に満ちた熱が、一瞬だけ張り詰める。 「えっ……」 匠が目を見開き、震える声を漏らす。汗で濡れた胸が小刻みに上下し、頬は真っ赤に染まっている。 「……無視だ」 遙の答えは短く、そして決定的だった。匠は目を泳がせ、首を横に振る。 「ま、まって……やっ……!」 「……誰が来ようが関係無い。今は、こっちに集中しろ」 遙はそう呟き、更に深く自身の熱を沈めて匠の声を無理やり出させようとする。背中が仰け反り、熱い涙がまた冷たい大理石の床に零れ落ちる。 ピンポーン。 もう一度鳴る音。それが却って匠の羞恥と恐怖を煽った。 「……や、やだ……きこえちまう……っ!」 「……そうだな。お前の喘ぎ声が外に漏れるかも知れないな」 遙の言葉に、匠は全身を震わせて首を振る。けれど、秘部は既に遙を迎え入れ結合し、更に遙の手が匠の腰をがっしりと掴んでいる。もはや逃げる術を失っていた。 「……もう、ほんとにむり……っ、やだっ……!」 「……駄目だ。何度言えば分かる。俺はまだ満足していないんだ。まさか、自分だけ満足して終わらせる気か?」 遙は耳元で低く囁いて、唇で匠の涙を啄むように舐め取る。 ピンポーン。 何度も鳴るインターホンの音が、遠い世界のように響いた。 「……つうか、でたほうがよくないか……?」 「どうでもいい。……いや、この状態で出てみるか?それはそれで面白いな」 「や……やだ!ぜったいやだ!おまえ、ふざけんなよ……っ」 掠れた声と濡れた視線が絡み合い、更に深い熱が二人を呑み込んだ。 ピンポーン。 無情に鳴り続ける呼び鈴の音。しかし、誰が来ていようと、この空間に割って入れる者など、存在しなかった。

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