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断絶(だんぜつ)
※性描写があります。苦手な方はご注意下さい。
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全裸の朔を冷たく見下ろしながら、遙はゆっくりと脚を組み替えた。
「使え、と言ったな。どうしても俺を、その気にさせたいのなら……」
低く吐き捨てる。
「……先ずは、そこで自慰をしろ」
青灰色の瞳は一切の温度を失い、ただ冷たい月のように光る。
「っ……!?」
朔の身体がビクリと反応する。涙が頬を伝い落ち、その雫が床に染みを作ると唇を震わせた。
「……はっ、遙……」
怯えた声と、それでも決意を捨てない目。
「どうした。早くやれ……」
低音の短い一言。その命令は朔の心を容赦なく羞恥で抉った。しかし決心したように震える手を腿へと伸ばし、白い指先で自分自身を探ると、息を詰まらせ苦しげな吐息が漏れ出す。
「あ……っ」
控えめな嬌声。
「朔……」
低声が、まるで氷刃の如く耳へと突き刺さる。
「……俺を見ろ」
羞恥と快楽の狭間で揺れ始めた灰色の瞳で、無表情の遙を捉える。
「っ……は……あぁ……っ」
声は震え、涙が溢れ出す。
「お前が、どれ程浅ましいか……俺に見せてみろ」
細い肩が小さく跳ね、先端を弄る指先の動きは早くなる。
「……あっ……んぁっ……」
吐息混じりの声。ソファに深く腰掛け、脚を組み、冷たい青灰の瞳で見下ろし続ける男を必死に見つめて離さない。しかし、その表情には憐憫も情も、何一つ含まれてはいない。朔の白い指が、すんなりと自分の秘部へと埋もれていくと、細い喉からは掠れた喘ぎと嗚咽が交じる。
「あ、っ……く……っ」
甘い声が夜の静寂に響く。その背中は弓なりにしなり、崩れ落ちそうなほど儚い。
「……遙……僕を見て……お願い……っ」
涙で滲み、焦点の合わない潤んだ灰の瞳で必死に見つめる朔と、組んでいた脚を解いて顎に手を置きながら尚も無表情のまま見下ろす遙。何とも対照的な二人。
「尻を此方に向けろ……」
静かに低く囁かれ指の動きを止める。小さく震えながら四つん這いになり、濡れた秘部を遙の方へと向けた。
「良く見えるように、もっと突き出せ……」
更に冷たく、切り裂くような低声。朔は顔を真っ赤に染め、唇を噛み、ゆっくりと尻を高く上げる。
「ふむ、良い眺めだな。実に無様で惨めだ……」
蔑むような視線が、朔の恥部を貫く。
「お前が如何に醜いか……俺に教えてみろ」
乱れる髪、震える肩、露わになった陰部。朔は声を出すたびに涙を溢し、嗚咽を押し殺しながら指を動かす。
「……ぁ……あっ……あぁんっ」
喉の奥で噛み殺すような声が続く中、遙は微動だにせず、その姿を見つめていた。
「……分かっているとは思うが、勝手に射精するなよ。お前の精液で俺の家を汚されては困るんでな」
容赦と慈悲の無い言葉。鼓膜を犯す、低い命令。
「……返事はどうした」
朔の肩がビクンと震える。唇を小さく開き、涙に濡れた顔を恐る恐る遙の方へと向ける。
「……っ、わ、わかった……」
掠れた声で必死に返事をする朔。青灰の瞳から放たれる冷たい視線は、まるで商人が奴隷を値踏みするかのよう。
「……理解したなら、続けろ」
静かな一言が朔の脳内で残酷に響く。羞恥で頬を赤く染めながらも更に脚を大きく開き、指を奥へと滑らせる。
「……っ、あっ……っ、んん……っ」
微かに震える声が喉を裂き、細い身体が小刻みに揺れる。
「……もっと激しくやってみせろ。俺を欲情させたいのだろう?」
その言葉に、朔は必死に頷く。
「……ぅ、う……あぁっ……!」
指で奥を探り、何度も何度も掻き回し、出し入れを繰り返す。卑猥で粘着質のある水音が、余計に朔の羞恥心を煽る。汗と涙で濡れた白い肌は月光に照らされ、とても美しい。
「……遙、遙……お願い……もっと見て……」
腰を揺らし、甘えた声で懇願する。
「……見ている。お前の情けない姿をな」
視線は冷たく、非情。それでも朔は懸命に指を動かし、いよいよ羞恥を捨て去ったのか大きな声量で喘ぎ始めた。
「あっ! あ……んあぁっ……や、はるかぁっ!」
もはや言葉にならない声が溢れ、震える脚は限界を訴えている。だが、朔は止まらない。ただ、目の前で視姦する男の為だけに自分の醜態を曝し、精神を削り続ける。
夜の公園。街灯の光がぼんやりと揺れて、虫の声が風に流れる。チェーンが軋む音を響かせながら匠は一人ブランコに乗り、ゆらゆらと揺れていた。
(……大丈夫、だよな……)
足元を見つめたまま、小さく息を吐く。
(遙なら、大丈夫。信じるって決めただろ! で、でも……)
想像したくない映像が、頭の奥でチラつく。
(バカ……! 何考えてんだ俺!)
膝に肘を置き、頭を抱える。吐く息は夜気に溶け、指が小さく震えてしまう。
「……はるか……っ」
その時。足音一つ立てず、スッと背後に影が落ちる。
「こんばんは♡ こんな時間に、こんなところで、アンタ一体何してるの?」
軽く、何処か揶揄うような声色。振り返ると、そこには月光を浴びて妖艶に微笑むアリスの姿。
「アリス……」
匠は驚いて瞬きをするが、すぐに目を伏せた。
「……別に、何でもねぇよ……」
「ウフフ♡ 嘘が下手ね♡」
アリスはくるりと踊るようにブランコの前に立ち、スカートの裾をヒラヒラと揺らす。
「……性欲バカモンスターの事が心配で、不安で、仕方ないんでしょう?」
図星を突かれ、匠は唇をギュッと噛む。
「……俺は……信じてる……。でも……でも、アイツ……すぐ無茶すんだよ……」
視界が滲み、涙が落ちる前に指の背で拭う。
「それに……俺が信じなきゃ、誰が信じんだよ……」
アリスはそっと隣の空いているブランコに座り、自分の唇に細い指を当てる。
「フーン。少しは成長したわね……あのバケモノ相手に。流石ね、匠」
微笑むアリスの真紅の瞳の奥には、何処か優しさが漂う。
「……でも、信じ過ぎるのも、どうかと思うわ。あのモンスターよりも、まずは自分を信じなさい」
匠は鼻を啜り、大きく息を吐き、首を傾げた。
「お前の言ってる事、よく分かんねぇ。哲学か?」
夜の風が少し強く吹き、ブランコのチェーンが軋む。
「……クソガキねぇ♡ まぁいいわ。バカな方がアンタらしいし♡」
アリスは匠の頭をポンッと軽く叩くと、小さく笑った。
暗い部屋の中、汗と涙で濡れた朔が必死に指を動かし、甘い声を漏らしていた。
「……っ、はっ……あぁ……っ」
まるで壊れた人形のように、ただひたすらに、ふやけた指が出たり入ったり。そんな朔を無表情で見下ろしていた遙が鼻で笑う。
「……もう良い」
低く、冷たい声だった。思わず指の動きが止まる。灰色の瞳は揺れ、それでも何とか唇を震わせながら小さく問う。
「……遙……?」
目の前の男はゆっくりと立ち上がり、ソファの脇に置かれていた服を無造作に拾うと、それをそのまま朔に向かって放り投げた。
「……帰れ」
乾いた音と共に、服が朔の素肌に当たる。
「っ……え……?」
声は酷く掠れ、信じられないものを見るように見上げる朔と、狼狽する朔を気にも留めず冷たい眼差しを向ける遙。
「やはり全然駄目だ……」
その声は静かだったが、同時に心臓を貫くほどの冷気を帯びた音。
「お前では何も感じない。俺は匠にしか欲情しないようだ……」
朔の瞳に、みるみると絶望の色が広がる。その証拠に溢れる涙。
「時間の無駄だったな……」
低声で呟くと、そっと背を向ける。
「……っ……いや……いやだ……はるかぁ……っ!」
悲痛な声で縋るも、遙は不動のまま。
「……さっさと失せろ。二度も言わせるな」
その一言が最後の刃となって朔の胸を切り裂いた。崩れるように床に膝をつき、震える手で服を抱き締め、濡れた灰の瞳で広い背中を見つめるも……。
その背は決して振り返る事は無かった。
遙は部屋を出ると一直線に走った。
(匠……!)
張り裂けそうなほどに高鳴る鼓動。凍てついていた青灰の瞳の奥では、今はただ一人の存在だけが映っている。夜風が頬を打ち、呼吸が荒れる。それでも足は止まらない。
(……あいつを、抱きたい……)
そして辿り着いたのは公園の入口。ブランコに座る匠と、その横で立つアリスが見えた。
「……匠……」
息を切らせて駆け寄る。
「……っ、は……遙?」
驚いて振り向く匠。見開かれた琥珀の目が、徐々に安堵の色に染まっていく。
「匠……っ」
躊躇せず匠を強く抱き締める。小さな背中に回した腕は、まるで二度と離さないと言わんばかりに力強い。
「ちょ……遙……おいっ! お前……急に何だよ……っ!」
抱き締められた匠の頬が紅潮していく。
「もう……お前しか要らん……」
耳元で低く囁かれた声は掠れていた。アリスは少し離れてその光景を眺め、薄く口元を歪めて微笑む。
「はぁ〜……全く。アタシの事は無視? 相変わらず気持ち悪いわねぇ……」
その声を聞いた瞬間、匠の小さな手が遙の背中を軽く叩く。
「ハッ! ば、バカ! 人前だぞ! アリスが見てんぞ!」
それでも尚、遙の腕は緩まず、寧ろ更に強く抱き締められた。
「外野など、どうでも良い。見たいなら見せてやれ。そんな事より……俺にはお前だけが必要だ……」
震える低音の声が珍しく、匠の心臓も思わず大きく跳ねた。小さく息を吐き、力無く遙の白いワイシャツを掴む。
「ったく、しょうがねぇな……」
その言葉に、遙の腕の力は更に強くなる。
「はいはい、キモいキモい。じゃ、アタシは帰るわね」
アリスは月夜に目を細め、小さく拍手をするように手を叩いた後、スカートを翻した。
家に戻るとリビングは静まり返っていた。朔の姿は既に何処にも無く、玄関の靴も、リビングに散らばっていた服も、何も無い。まるで、最初から居なかったかのよう。匠は一瞬だけ周囲を見渡すが、その身体はすぐに遙に包まれた。
「……は、はる……っ」
言い終わる前に遙の大きな両手が匠の頬を優しく包み込む。
「もう……どうでも良い」
低い声が、耳の奥に響く。
「お前が居れば、他の事など……どうでも良い……」
言葉を終えると同時に、唇を強く奪われる。
「ん……っ!」
突然の深いキスに戸惑いつつ、ビクリと反応してしまう。抵抗しようとした手は、いつの間にか遙の胸元を掴むだけになっていた。熱い舌が容赦なく絡み、奥の奥へと侵入してくる。強引で濃厚な、何処までも支配的な接吻。
「……はっ、ん……んんっ……!」
呼吸を奪われ匠の身体は崩れかける。しかし、その腰はしっかりと遙の力強い腕で固定されていて。
「……お前だけだ……」
間近で吐き出される言葉に、心臓が跳ね上がる。
「……他の誰も要らん。お前以外、何も要らん……」
唇を離し、濡れた吐息を互いに感じ合うように額を重ねる。
「お前は……俺だけの可愛い恋人だ……」
低く、でも何処か脆い声。匠は頬を赤くしたまま微かに息を切らし、俯きながら小さく頷く。
「……んなの、もうとっくに知ってるっつうの。バーカ……」
長い指が顎を持ち上げ再度深く、深く口付ける。支配と独占、愛と狂気が入り混じる静かな夜がまた、始まろうとしていた。
街灯が疎らに灯るだけの薄暗い公園。ベンチに一人座り込む朔の姿があった。肩を震わせ、顔を覆ったまま、声を押し殺して泣いている。
「……っ、う……っ……」
何度も、何度も、震える息が夜気に滲む。指の間から落ちる涙で、灰色のスラックスに次々と小さな染みが出来ていく。
(……僕は、どうして、こんなにも……遙じゃなきゃ駄目なんだろう……)
胸を抉るような想いが何度も波のように押し寄せる。しかしもう二度と、あの熱には触れられない。
「……はるかぁ……っ」
名前を呼ぶ声は掠れ、哀願にも似た残響が空に散る。不意に、微かに土を踏む音が小さく聞こえた。朔が顔を上げると月明かりの中に静かに佇む影があった。
「……こんばんは」
突如現れた男性は軽く会釈をすると青灰色の瞳を細め、朔の隣に腰を下ろした。月光に照らされた銀髪が眩しい。
「お久しぶりです。……と言っても、覚えていらっしゃらないと思うので一応自己紹介を。俺は、透弥。九条 透弥 と申します」
朔の灰色の瞳が揺れ動く。震える唇を薄く開いた。
「と……とうや……?」
「はい。改めて、以後お見知り置きを」
静かな声で呟き、穏やかな目つきで朔を見つめると手を伸ばした。そのまま紫色の髪をそっと梳き、優しく撫でる。
「……そんなに泣いて、一体どうしたのですか?」
朔は小さく、無力に首を振ってみせた。
「全部……失ったんだ。全部……」
掠れた声が、また涙に溺れる。透弥は首を傾げ、溜め息をつく。
「お言葉ですが……兄さんと貴方は、既に終わった筈では?」
涙で濡れた頬が、夜風に吹かれ冷たくなぞる。
「まだ交際していたのですか? それとも、復縁を?」
震える朔の瞳に、微かに恋慕が滲み出す。
「僕は……ただ欲しかっただけなんだ。……欲しい。欲しいよ……」
弱々しく、それでも確かな声。透弥は涙に塗れた顔を見つめると、柔らかい微笑を浮かべた。
「……そうですか。でも、俺なら……貴方をこんな風に泣かせたりはしません」
透弥の白く長い指が朔の涙を優しく拭う。月の光に照らされた笑顔には妖艶な美しさが漂っている。
「さっきから……君は僕を知っているみたいだけど……君は一体……」
そう呟いた後、何かに気づいた朔は涙目で目の前の美しい男性を凝視。
(面影が……。そうだ、確か今、九条って。あ、兄さん、とも言ってた。……ま、まさか……)
「朔さん。俺は、貴方を愛しています……」
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