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ちゃんとした人間だと思っていたのにまさかあんな輩と付き合っている人だっただなんて、自分の見る目を疑ってしまいそうだ。…いや、優は多分人を騙すのが得意な分類なんだろう。そうやって騙して、今までもああやってベータを実験台にしてきたのかもしれない。
俺は会う予定はもうありません、と言って携帯をポケットから取り出すと、すぐに優をブロックした。
ヒロにブロックした画面を見せるとうんうんと頷いてくれた。俺ははぁ、とため息をく。
「すごく、いい人だと思ったんですけど…」
俺から溢れた沈黙が部屋を暗くする。晶が俺の頭をぽんぽん、と叩いた。
「どこで知り合ったの?」
恥ずかしさも相まってマッチングアプリ、とにべもなく晶に答えると、彼は気にした風もなくそっか、と言う。
「まあ、マッチングアプリってそんなもんだって。大体がヤリモクで一部が本気な人って感じ」
「そうだね。あんまり気にしない方がいいよ…って言っても少しの間は引きずるだろうけど」
「……はい」
二人の慰めが心に沁み入る。
それでも今は、過去の優の優しさを思い出しては暗くなってしまうのだ。
彼は、優しかった。メッセージの返信はいつも早く、食事代はほぼ毎回出してくれて、割り勘の時も彼がいつも少し多く出してくれていた。荷物が多ければ持ってくれるし、ドアは必ず先回りして開けてくれた。
それが偽りの優しさだったとしても、自分の恋心は本物だったと言える。
静かになってしまう俺にヒロと晶が顔を見合せてどうする?という顔をする。それにすら返事する元気が今はない。
ふと窓を見れば、既に空は明るい。結構自分が寝てしまったことに気づき慌ててベッドから立ち上がった。
「そろそろ帰ります」
だが、一瞬ふらついてしまいすぐに晶に支えられてしまう。
「まだ体調万全じゃないじゃん。休んでいきなよ」
電話で助けを求めしまった上に家にまで上がらせてもらった。これ以上手を煩わせるわけにはいかない。
「で、でも…迷惑…」
「迷惑じゃないから。むしろ俺としては嬉しい」
え?と顔を上げれば晶があの笑顔をして俺を見ていた。それはまるで冬の日に時々出るお日様のような温かさをしている。その温かさに俺は安心感を感じてしまい、俺は大人しく家にいることに舌。
そのあと1日は晶の家で休ませてもらい、何事もなく次の日家に帰った。
以降晶は俺とよく会ってくれるようになった。色々と心配なのか、それとも別の目的か。どっちにしろ俺と晶が仲良くなるのに時間はかからなかった。
晶は誰とでも仲が良く、俺と会う時以外はほとんど遊び歩いているようだった。それは悪い意味ではなく、いい意味で、だ。朝から出かけて友達と遊び、夜は友達と飲みに行く。もちろんそれだけじゃなくて友達のお悩み相談にも乗っているし、大学生だからとしっかり勉強会もしているようだった。
そんな時間の合間に晶は俺と会ってくれている。遊びに出かけたり、飲みに行ったり。でも、アルファはアルファと仲良くすることが普通だと思っていた自分はどこかでこの関係性は何なのだろうと考えてもいる。俺はベータで、晶はアルファ。第二次性が男女の性別より優位になっているこの世界は、アルファはアルファ、ベータはベータ、オメガはオメガとつるむ傾向がある。でも晶はそれに準ずることなく、様々なバースと付き合いがあった。その中の一例だと言われてしまえばそうなのだが、晶は俺をみんなに紹介することはなかった。その理由はわからなかったけど、自分だけの時間を作ってくれていることに俺は少し優越感を覚えていた。
「悠!」
今日も今日とて晶は俺と会ってくれている。駅の大きな時計塔の前で待ち合わせで、服を見に行くことになっていた。晶はいつもお洒落で、正直服も顔も平凡な俺が隣にいるのは恥ずかしくないのかと問いたいほどである。晶はそう、アルファらしく筋肉質でイケメンだった。身長も百八十を優に超えているそうだ。
「最近一段と寒くなったろ?服揃えたくてさー」
そう言う彼は、ベータの夫婦から生まれたらしい。しかしあまり家族仲は良くなく、家によりつかない晶に仕送りとしてお金が定期的に振り込まれるそうだ。曰く、アルファだからと期待値が高すぎるのだとか。使わないと使えと言う電話がかかってくるらしく、今日はその金を使って服を買うらしい。普段晶はコンビニでバイトしているらしい。これは最近聞いた話。
晶が俺に気を使わなくなってきているのはなんとなくわかっていた、だからこそ、こうして家の踏み込んだ話まで話してくれるのは嬉しかった。
「たしかに最近特に寒いね」
「だろー。俺寒いの嫌い。悠は?」
「俺は寒い方がいい。暑いの苦手」
「わ、俺と全く逆。俺暑い方が好き」
晶らしい返答だと思った。暖かな光のような彼に、冬は似合わない。俺は雪国出身なこともあってそもそも冬の方が得意なのだ。そういえばこの話はしただろうか。言ったような気がするけど、話してない気もする。晶に話してもきっとうんうんと二度目であってもきちんと反応してくれるためあてにならない。悠の話は何度だって聞きたい、そんなことを言われて照れない人間はいるだろうか。いや、いない。なんたって彼はかっこいいんだから、そんなことを言われたにんげんはきっとみんな一様にして照れてしまうだろう。俺以外に言ってほしくないけど。
晶は行きつけのバーのほかに行きつけの服屋もあるらしく、来店した服屋でいらっしゃいませーという声と共に晶じゃん!という言葉が返ってきたほどだ。レジのカウンターから女の人が出てきて晶の肩を叩く。
「久しぶりじゃん!元気してた?」
「元気元気!春子さんも元気?」
「元気よ~ありがと!」
どうやらなかなかに親しい仲のようで会話が弾んでいる。俺は二人の間に入るなんて無粋なことはせず、服を見て回ることにした。自分でも着れそうな丈のズボンを選別し、身に合わせてみる。
「悠、こっち来て」
そのうちに晶に呼ばれて大人しくそばに行くと、晶は春子さん、俺の叔母さん!と紹介をしてくれた。まさか親族を紹介されるなんて思ってもみなくて、俺はおっかなびっくりしつつも初めましてとお辞儀をした。
「あらかわいい。お友達?」
「そ!今日はこいつの服見て欲しくてさ。悠もベータだし気が合うかなって。金は俺が出すから安心して」
びっくりして振り返れば、いつものにこにこ笑顔の晶がいた。
「えっ、ちょっと、聞いてないよっ?」
「言ってないもん。言ったところで遠慮して買わせてくれないだろー」
そりゃ遠慮するよ。そのお金は晶のご両親が晶のためを思って送ったお金だ。俺に使われるのは間違いである。あわあわと両手を振って必死にいいよ!というも、春子が既に了解してしまい後ろから押される。
「いや待って、マジで、俺服大丈夫だし!」
「君結構かわいい顔してるね!似合う服絶対見つけてあげるから安心しなよ~」
そういうことじゃない!という俺の悲鳴は試着室に消えていった。
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