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第2話
この世界には生まれた時に決まる第一次性と第二次成長期にわかる第二次性がある。
生まれた時に決まるのは男女二つの性で、成長期に決まるのはアルファ/ベータ/オメガの三つの種だ。
アルファは肉体的にも精神的にも富み、強く勇ましい人が多い。オメガはかわいらしく可憐で人を引き付ける魅力がある。
ベータはというと…実に平凡的で普通の人間といった感じだ。
男女の比率が半分半分、その中の八割がベータで、残り一割ずつがアルファとオメガだと言われているこの世界。
俺は半分の男性性で八割のベータだった。
成長期の時に聞いたときは安心した。平々凡々な俺がアルファというのも違和感があるし、発情期のあるオメガは大変そうで嫌だった。
アルファ男性がオメガ女性を抱く、ベータ男性がアルファ男性を抱く、オメガ男性がオメガ男性を抱く…自由恋愛の効くこの世界で、俺は失恋をしている。
した、と言い切れないのは未だに相手から別れようという言葉がないからだ。意気地なしな俺は自分から別れを切り出すこともできず、ズルズル、ズルズルと関係を続けてしまっている。
俺は男性しか好きになれず、しかもネコだった。オメガ女性やベータ女性なら需要のあるものだが、俺は男だったためなかなか恋愛は難しく、そんな中で見つけた唯一の愛だった。
でもそれもつい最近壊れてしまった。
―運命の番
結婚まで約束した俺たちの前に立ちふさがったそれは、俺たちの愛し合った時間をまるで無に帰すかのようだった。
俺の交際相手の名前は、野田 晶。アルファ男性で、出会いは冬初めの合コンである。友達が俺のためにと(若干ふざけていたような気もする)開催してくれた合コンに、彼はいた。友達にゲイだと伝えていたおかげでその場には男性しかおらず、しかも珍しいことにアルファ男性である晶がいたのだ。
オメガに混じったベータの俺は、ああ、今回はだめだなと早々に諦めた。
アルファは自然とオメガに惹かれるもの。曰くお互いに”匂い”というものがあるらしく、自然と惹かれ合ってしまうらしい。
その合コンではオメガが三人、ネコのベータの俺と、タチのベータが三人、アルファが一人という構成だった。
すぐに友達を恨んだ。これじゃ俺は場違いじゃないか、と。
オメガはみなアルファの晶に群がり、しかし諦めきれないタチのベータのがオメガと必死に会話する…そんな地獄絵図が出来上がってしまった。俺は完全に疎外されてしまって、もう帰ろうかな…と思ったとき、場がお開きになる。
二次会に行くという彼らに、俺は帰るからと伝えて帰路に着こうとした時だった。
後ろから誰かに話しかけられた。
「ねぇ、キミ!」
「えっ」
「ねぇ、別の場所で飲み直さない?」
振り返ると帰っちゃうのー?というオメガの甘い声が聞こえてきた。ベータの彼らはきっと内心喜んでいるんだろう。
なんでこの人は自分をちやほやしてくれるオメガじゃなくて自分のようなベータを選んだんだろう。そう思いながら、イイデスケド…と片言で言った。
彼はやった、と喜び、俺の隣に並んだ。
「伊藤くん…悠太…悠って呼んでいい?」
「あ、うん」
呼び捨てまでの五段活用を吹っ飛ばしていきなりあだ名か、と思うけどアルファである晶が呼んでくれるのがなんだか嬉しくて思わず頷いてしまう。
「俺のことも好きに呼んでくれていいから」
「じゃあ、晶」
「うん、なぁに」
ニカッと晶は人懐っこい笑みを浮かべた。確かにこの笑みには誰も勝てそうもない。
これが、アルファ。今まで関わり合いのなかったバースだ。
高校の時はクラスに一人オメガがいた。だが発情期を薬で完全に抑え込んでいた彼女は容姿こそオメガのものであったがほとんどベータ女性と同じで、特に関わり合うことはなかった。
大学に入ってからはもっと人口が増えたため同じ教室内にアルファやオメガが混じっていることが多くなったものの、関わり合いはほとんどなかった。
彼らは独特なグループを形成しており、アルファ一人にオメガが三~四人という形でいつも行動しているからだ。
そんな感じで今までベータ以外に話してこなかった俺はアルファとの初めての関りに緊張していた。
晶に知っている店があるからそこに行こう、と言われ連れてこられたのは隠れ家のような雰囲気のバーだった。
ドアに着いたちいさなベルを鳴らしながらドアを開けば、カウンターと三っつの相席が並ぶ店内が見える。
「マスター、こんばんは」
そう晶が声をかければ、カウンターの中にいる黒いベストを着た男性が微笑んでこんばんはと返してくれた。彼の美しさからつい見惚れてしまい、こんばんはと返すのを忘れてしまう。晶に声をかけられるまで見つめてしまい、慌てて挨拶をした。
「お前が人を連れてくるなんて久しぶりだな」
「ふふ、さっきの合コンで気に入ったから連れてきたんだ」
「へぇ…」
ちらりとバーのマスターが見定めるように俺を観察してくる。視線に耐え切れず目を逸らすと、晶が悠、こっち、と声をかけてくれた。
気づけば晶はすでに座っており、隣に座るよう勧められる。大人しく隣に座れば、ね、と顔を覗き込まれた。
「さっきの合コン、退屈じゃなかった?」
「え、っと」
あなたはチヤホヤされてるのに退屈だったんですか、と言いたいのを我慢して退屈でした、と言う。
「なんで敬語。ため口でいいよ、同い年でしょ、大学生だし」
「う、ん…」
「…なに、緊張してるの?」
見透かされたかのようにそう言われ、こくりと小さく頷いた。
「アルファと、あんまり話したことないから」
「え~普通の人間と一緒だよ?」
「いや、でも」
普通の人間と一緒、ではないと俺は思う。
アルファのほとんどが社長をしており、名家に属している。スポーツ選手だって協議はアルファ/ベータ/オメガと別れているが、高得点を出すのはアルファが多い。
そんな人間の一端が何事においても平均的なベータと同じ人間であるはずがない。
さすがにそんな差別的なことは言えず、黙ってしまうと、晶がふふと笑い声をあげた。
「やっぱり、キミは他と違うね」
「え…」
「オメガはほら、俺たちに媚び売ってくることが多いからさ。逆にベータからはやっかみ買うことが多くてさ。ほら、俺らこんなだし」
手をひらひらさせて愚痴…?を吐き出す晶はどこか疲れて見えた。しかし次の瞬間には表情を変えてにっこり微笑んできた。
「キミは思っても口にしない。俺に喧嘩を売ることもないし、オメガみたいに媚びを売ってくることもない。俺が出会ってきた中で珍しい人種なんだよ。さっきの合コンだってタチのベータのを取られても俺を睨むこともなかったし」
「だって、世界はそういうものだし…」
そう、世界はそうやって回っているのだ。それに逆らう力など、俺にはない。
また黙ってしまうと、キミのその、達観したところ好きだよと言われてしまう。今まで言われたことのない言葉に、頬に紅がさす。
「お前…またそうやってからかって」
声をかけられびくりと肩を揺らす。そういえばここはバーでマスターもいるのだった。それより、からかってって…?
顔を上げればマスターは晶の方を向いて何か酒を出している。いつの間に注文したのだろう。
「からかってねぇし。本気でそう思ってるし」
「そう言って何人落としてきた?いい加減刺されるぞ」
「えぇ~ヒロちゃんひどい!」
ヒロちゃんと呼ばれた彼は俺の方を向き直ると、何飲みたい?と聞いてくれた。俺は勝手がわからないため、なにか甘いお酒ありますか?と答えた。
「甘いのね。おっけ。…ところで君さ、こいつと付き合おうとか思ってる?」
「えっ、い、いえ…」
付き合うどころか友達にすらなれそうにないですけど。
「ならいいけど。こいつ、女たらしならぬベータたらしってやつでさ。付き合っても苦労するのがオチだよ。俺が付き合った時も大変だった」
ベータたらしらしい晶と付き合ったことがある…ということは、この人もベータなのだろうか。見た目がどちらかと言えばΩ寄りに見えることに驚いていると、マスターは俺の思っていることが分かったのか失笑した。
「君が今思っていること、よくわかるよ。この容姿のせいでΩに間違われることが多くてね、結構苦労したんだよ」
シェイカーを片手に振る彼の顔からは本当に苦労したのだろう疲れが見て取れ、まるでここが異世界のように感じた。
アルファということでベータに突っかかられΩにすり寄られそれに飽き飽きしている晶と、ベータなのにΩと間違われて苦労してきたマスターと。俺は…自分の悩みがちっぽけなような気がした。
Ω男性なら後ろが濡れるということで需要があるものの、ベータ男性はただの男性であるため必要とされないことが多い。ゲイのベータ男性だってどうせならΩ男性としたいと思うことの方が多いと聞く。そんな中で同じ性癖の人間を見つけるというのはとても困難なことだった。
しかし二人の会話を聞いていると、自分の悩みなんて宇宙の中にぽつりと浮かぶ地球のようである。自分しか人間を住まわせてる惑星じゃないか、なんて、一人で、小さな悩みを抱えているところがそっくりだ。
お酒は晶にあげて支払いをしてさっさと帰ろう。そう決意して立ち上がると、晶に手を掴まれた。
「ちょ、どこ行くの」
「帰ります。ありがとうございました」
「え待って待って」
カバンから財布を取りだし1000円札を置く。それから手を振り払おうとして…力の差があることに気づいた。自分だって男なのにこんなところでアルファとの差に気づかされるなんて。
少しみじめに思いながら離してくださいと言う。
しかし晶は諦めず、自分も立ち上がって俺の行く手を阻む。
「俺なんかした?謝るからさ…行かないでよ」
「もしかして俺、余計なこと言っちゃった?ごめんね…えっと、こいつ悪い奴じゃないからさ。付き合うとかそういうのがないなら普通に良い奴だと、思うよ」
「そこは思う、で確信してよヒロちゃん」
「いえ、ほんと…大丈夫ですから」
「じゃあ、これ!」
晶は俺から手を離すと慌ててカバンからペンを取り出し、酒の下に置かれた紙のコースターにさらさらと何かを書いて俺に渡してきた。
「連絡先!なんかあったらかけてきて!」
十一桁の数字が書かれた紙を、晶は俺の手に握りしめさせる。…なんでそんなに俺に執着するんだろう。そう思いながら俺はマスターにお辞儀をして店を出た。
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